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第18話

 翌日、狭い穴底で一夜を過ごしたニーナとユーフィアに上から声がかけられた。


「お前ら、こんな初歩的な罠にかかったのか?」


 ルドウィン・アケルナルの声だ。ニーナが上を見上げると、ルドウィンだけでなく他の三人もニーナたちの様子を窺っている。


「少し前までは一人でやるなんて意気込んでおいてこのざまとは、聞いて呆れるな」

「ち、違うんです! 罠に気付けなかったのは私で、ニーナさんは私を追って降りてきてくれただけで……」


 ユーフィアが必死にルドウィンの発言を訂正しようと口を開いた。だがルドウィンは一切聞く耳を持たない。


「どうだか。フォーマルハウト、お前こいつを庇ってるんじゃないのか? 入学試験第一位のお前が落とし穴なんかに落ちるとは思えない」

「おい、もういいだろ。やめろよ、ルドウィン。二人とも、今上げてやるからな!」


 見かねたライオネルがルドウィンをたしなめ、見事な体捌きで穴の中に降りてきた。


「いや、あなたまで降りてきてどうするのよ……」

「ん? あぁ、アグラシアは知らねぇのか。ほら、俺の能力、身体強化だから。この程度の深さなら人一人抱えて上がるなんて朝飯前なんだよ!」


 そう自身の能力を開示して、ライオネルはニーナに手を伸ばす。だがニーナは首を横に振った。


「私はいいから、ユーフィアをお願い」

「……? あぁ、分かった。よし! 行くぞ、フォーマルハウト! しっかり掴まってろよ」

「え? ちょっと待ってくださ……きゃぁあぁあ!」


 いきなり抱え上げられ身体が地面から浮いたユーフィアは思わず悲鳴を上げる。足が地につくと、初めての経験に腰が抜けたらしいユーフィアはその場へ崩れ落ちた。


「あとはアグラシアだけだな! 待ってろ、すぐに……」

「結構よ。私は一人で上がれるもの」


 再び降りてこようとするライオネルをニーナは静かに制止する。そのやり取りを聞いていたルドウィンが眉を顰めた。


「おい、どういうつもりだ? 変な意地張ってないで……」

「あなたこそ勘違いするのはやめて頂戴。私はセヴの一番弟子よ。このくらいの危機、自分でいくらでも乗り越えられるわ」


 そう吐き捨てたニーナは全身に埋め込まれた疑似接続回路を意識する。そして体内を循環しているマナを足元へ集中させ、跳んだ。


 一同が驚愕に目を見開く。ニーナは華麗に着地を決めて見せるとルドウィンを一瞥した。


「これで理解してもらえたかしら? 理解できたなら、今後私の能力を自分の物差しで測るのはやめてね。不愉快だから」

「ち、ちょっと待ってください! 今の技は接続回路の一部にマナを集めて身体能力を一時的に強化するものでしょう?」


 唖然とするルドウィンに代わってスピカがニーナを問いただす。彼女にしては珍しく、かなり取り乱している様子だ。


「確かに優秀な魔導師はそういった技術も体得していると聞いたことがありますが、あれは接続回路に絶大な負荷がかかるはず。そのため帝国では成人するまで、技の伝承、使用ともに推奨していません。一体、誰に……」

「誰って、もちろんセヴだけど」


 当然のことのようにニーナは答えた。スピカは信じられない様子でリーヴィアを見る。同意してもらえると思っていたのだろう。だがリーヴィアは軽くため息をつくのみだ。


「気にしたら負けよ。アイツの身体は()()()なんだから。そうでしょ?」

「ご推察にお任せするわ」


 やはりリーヴィアはニーナの欠陥に気が付いている。皆と同じ接続回路を有していないこと。ニーナが【無能力者(ノーネーム)】であることに。


「どういうことですか? リーヴィア」

「さぁね」


 しかしそのことを言いふらすつもりは今のところ、ないようだ。ニーナは警告の意味を込めてリーヴィアを睨み付ける。視線に気が付いたリーヴィアも真っ向からニーナの瞳を見つめ返した。


「なんかよくわかんねぇけど、とにかくアグラシアはすげぇってことだよな?」

「そんな単純な話じゃないと思うが……」


 と、気を取り直したルドウィンが背嚢から一枚の地図を取り出してニーナに差し出す。


「これは僕の能力を使って作り直した地図だ。ここが現在地。これを見てお前らはC地点の給水スポットを目指せ。僕たちはB地点を拠点にしているが、いつ陥落するかわからないしもう一つくらい押さえておきたい」

「……わかった。もう占拠されている可能性もあるけれど、その時は精々私の特別休暇になってもらうわ」


 そしてニーナは穴底よりも暗い、昏い笑みを浮かべた。

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