第17話
深層迷宮をさまようこと早一時間。
ニーナとユーフィアはいまだ給水スポットにたどり着けず迷宮内を歩き続けていた。
「やはり地図なしでは厳しいですね」
「修正しながら進もうにも現在地がわからないんじゃあ、ね……」
と、ため息をついたニーナは小さな異変に気が付く。
「ユーフィア、止まって!」
「え……?」
が、時すでに遅し。ユーフィアが一歩踏み出すと同時に石畳が崩落を始めた。罠だ。
「……っ!」
ニーナは背後に跳んで崩落から逃れたものの、一瞬で足場を失ったユーフィアは反応が間に合わず穴に向かって真っ逆さまに落ちていく。鈍い音が迷宮に反響し、ニーナは空いた大穴の下を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「うぅ、はい。何とか……」
ユーフィアは痛みを堪えながらも上体を起こす。どうやら受け身を取って衝撃を殺したらしい。穴の深さは大体目算で三メートルほどだろうか。
「這い上がってこられそう?」
「いえ、ちょっと厳しいかもしれません……」
穴の中を歩き回りながら足がかりになりそうなものを探していたユーフィアが、困ったように言う。
「ニーナさん、私のことはいいですからお一人で先に進まれてください」
「あなたはどうするの?」
「スピカさんたちが来てくださるのを待ちます。恐らく一、二日で見つけてもらえると思いますので」
ニーナはわずかに考え込んでから穴の中に飛び降りた。
「ニーナさん、どうして……?」
それを見たユーフィアが驚いたように瞳を見開く。ニーナは息を吐き出すと大穴の壁に背を預けて座り込んだ。そして隣に来るよう、ユーフィアを誘う。
「……私、もしかしたら、ニーナさんに嫌われてるんじゃないかって、不安だったんです」
ニーナの左隣に腰を下ろし、ユーフィアが口を開いた。初めて聞いたその本音にニーナは苦笑する。
「まぁ、そう思われて当然よね。私はいつもあなたに冷たくしていたから。でも、それは決してあなたのことが嫌いだからではないわ」
「じゃあ、なんで……」
「怖かったからよ、あなたを失うのが」
「え……」
即座には意味を理解できず、ユーフィアはニーナの瞳を見つめた。
「ちょっと長くなるけれど、いい機会だから話しておきましょうか。私の過去を」
そしてニーナは語りだす。七年前の『災厄』について。自身の生い立ち、そのすべてを。
「私はね、『アイアビィリの災厄』唯一の生き残りなの。当時、陸軍で特務部隊に配属されていたセヴが一人泣いていた私を見つけてくれて私は助かった」
あの時セヴラールが引き取ってくれなければ、ニーナは孤児院に送られ今のような生活をすることはできなかっただろう。戦争孤児など、戦時下の帝国では珍しくもないが。
「でも、私は七年前の災厄ですべてを失ったわ。家族、故郷、色々なものを」
だから、ニーナはセヴラール以外の人間と極力関わりを持たずに生きてきた。大切なものを作ることが怖かった。それを失った時の悲しみを知ってしまっているから。あんな思いをするのは人生一度きりで十分だ。
「それが、ニーナさんが人を遠ざける理由なのですか?」
「えぇ、今の私に誰かを守れるだけの強さなんてない。自分のことで精いっぱい。いつ死ぬかもわからないこんな学院で友達なんて作って、また目の前で死なれたら? そう考えたら一人の方が気楽だった。こんな私に優しくしてくれたあなたにも冷たく当たったのはそれが理由よ」
ずっとセヴラールと二人で生きてきたニーナは友人などいなくとも辛くなかった。六年間、それでいいと思っていた。ただニーナにとって誤算だったのは、ルームメイトになったユーフィアがニーナを嫌わなかったこと。二か月も冷たくあしらい続ければ大抵の人間がニーナを嫌う。初めは声をかけてきたクラスメイトも一週間もすれば離れていった。それが普通の反応だろう。
「これで私のあなたに対する態度の理由がわかってもらえたと思うわ。だからね、もう私に関わるのはやめてもらいたいの。この試験が終わったら、私たちはまた仲のいいルームメイト同士でいましょう」
それは暗にユーフィアと親しくなるつもりはないというニーナの拒絶の現れ。だがユーフィアの返答は意外なものだった。
「ニーナさん、私は死にません」
「え……?」
「ニーナさんを置いて死んだりなんて絶対にしません! だから、だからずっと一人でいいなんて、そんな悲しいこと、言わないでください……!」
「ユーフィア……」
気が付けばユーフィアはニーナの身体を抱きしめていた。
「そうは言われてもね……」
「私、頑張りますから……! ニーナさんより強くなって、ニーナさんに心配かけないように! 今はまだこんな私ですけど……! 必ず、強く、なりますから!」
嗚咽混じりに訴えるユーフィアに、ニーナの呼吸が一瞬止まる。ユーフィアの必死の訴えはニーナにセヴラールとの過去を思い出させていた。セヴラールも家族を失って塞ぎ込んでいたニーナにユーフィアと同じようなことを言っていたのだ。
『俺がお前を守る。絶対に死なせない。もちろん俺も死なない。だから……』
「だから私と……」
『俺と家族になってくれないか』
「友達になってください!」
七年前、ニーナがセヴラールの手を取った時。ニーナは泣いた。そして今、ニーナの頬には一筋の雫が伝っている。
「「約束、だよ……? 私を、置いていかないでね」」




