表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/35

第16話

「ちょっと、いくら何でもいきなりすぎるでしょッ?」


 思わずそう叫ぶニーナの声を皮切りに、大広間全体が狂騒に包まれる。だが音声だけを室内に拡散させているベレスの姿はどこにもなく、マナの変動も感じられない。すでに大広間は外界と隔離され、文字通り完全な迷宮状態。喚くだけ無駄だろう。


 混乱は一瞬だった。


「行くわよ、ユーフィア」


 ニーナは素早く意識を切り替えると硬直しているユーフィアの背を押して走り出す。


「右と左、どっちですかッ?」

「右!」


 理由はない。ただの勘だ。横目で周囲の様子を窺うとスピカ、リーヴィアの二名が左の扉に向かうのが見えた。


 開け放たれた右端の扉に飛び込み、舗装された石畳の通路を一直線に駆け抜ける。ニーナの頭には地下一階の地図が完璧にインプットされているのだ。が。


「ニーナさん、なんだかおかしくありませんか……?」


 それは無意味だった。一週間前に配布された地図とは明らかに構造が異なる。迷宮は一年を通して内部構造が変わり続けているが、一瞬で変化することはない。多くの場合、ゆっくりと時間をかけて変動していくものなのだ。だとすれば考えられる要因はただ一つ。


「クソ、やられた……!」

「に、ニーナさん?」

「嵌められたのよ! ベレス・ラシアイムに!」


 そう、ベレスは生徒用の資料に細工をしたのだ。そして恐らく、自クラスの生徒には正しい地図を渡したのだろう。その地図を授業時間内に暗記させ、すぐに焼却処分してしまえば証拠は残らない。口裏合わせも完璧なはずだ。


 確実かつ絶対の勝利を欲するベレスは、多少のリスクを負ってでも不正に手を染めたのだろう。ニーナがそう推測をまとめたところで、前を走るユーフィアが悲鳴を上げた。


「止まってください!」

「……っ!」


 一度意識を切り替え、ニーナが前方に目を凝らすと眼前の十字路から二頭の召喚獣が二人の前に躍り出る。召喚獣とは召喚系の能力を持つ異能力者が召喚した()()の総称だ。自我を持って活動するが実際に生きているわけではなく、マナの集合体が生物の形を取っただけである。


 召喚者の好みによってある程度姿形は変えられるが、二人の前に現れた召喚獣は獰猛な大型犬によく似ていた。だが大きさは犬の比ではなく、全長は人間の背を優に超えている。道幅が狭い迷宮内では、その姿はさらに大きく感じられた。


 事前に召喚獣が出没するとは聞かされていたが、開始早々遭遇することになるとは運が悪い。


「ニーナさん、どうしますか?」


 ユーフィアはニーナに近づき、声を潜めて問いかけた。それを受けてニーナはしばし黙考する。引き返してもいいが、二人の背後からは騒々しい足音が徐々に迫ってきていた。


 音の反響具合から察するに五、六人程度だろうか。可能な限り交戦は避けたい人数だ。どこかに隠れられそうな場所でもあれば身を隠し、生徒と召喚獣を食い合わせて勝ち残った方を潰すのが一番楽な方法なのだが。


「……仕方がないわね。最短で仕留めて離脱しましょう」

「了解です」


 ユーフィアは一度頷くと、腰を落として居合の構えを取る。瞬時に大気中のマナが渦巻き、ユーフィアの手元へと収束を始めた。ニーナも素早く《シリウスの降星》を展開し後ろに下がる。前衛のユーフィアを主軸に、ニーナは後衛としてバックアップに徹する作戦だ。


 ユーフィアの攻撃範囲は自身を中心とした半径五メートル以内。その領域内ならば、ユーフィアはほぼ無敵の強さを誇る。そのため戦闘時のバランスを考慮した結果、よほどの緊急事態でない限りニーナは援護に専念することにした。ただし、生徒と交戦になった場合は特別報酬を獲得するためニーナに獲物を譲るようユーフィアと交渉を済ませている。とはいえユーフィアは特段、休暇に関心がない様子だったが。


「ユーフィア・フォーマルハウト、推して参ります」


 刹那の間に呼吸を整え、ユーフィアは愛刀の柄に手をかけて抜き放つ。立て続けに再度刀を振るうと二筋の銀閃が迸り、一体の召喚獣の首を切り落とした。切り伏せられた召喚獣は光の粒子となって掻き消える。


 ニーナは《シリウスの降星》を構えると片割れの召喚獣に狙いを定め、引き金を引いた。放たれた光弾は狙い過たず召喚獣の胸元に直撃する。だが火力が足りていないのか、その双眸はユーフィアを捉えたままだ。


 眼前で消滅した仲間の姿を見て警戒しているのだろう。ニーナには視線を向けることすらない。


(これでも最高出力に設定しておいたんだけど……やっぱり実銃の方が威力は上ね)


 仕方なく至近距離から目を狙おうとニーナが一歩前に出る。だが、それよりもわずかに早くユーフィアの刀が召喚獣の首を切り落とした。収束していたマナが大気中に霧散し、淡い輝きを放つ。その中心で一人静かに佇みながら、ユーフィアはポツリと呟いた。


「……ごめんね」


 納刀することさえ忘れ、虚空を見つめ続けるユーフィアの瞳はどこか悲しそうだ。彼らに死の概念などないとはいえ、自我を持つモノを切る行為にはいまだ抵抗があるらしい。


(だから、それじゃダメなんだってば。あなたは優しすぎる……)


 呆然と立ち尽くすユーフィアを促し、ニーナはその場を後にする。できればこのまま給水スポットを探したいところだが、今のユーフィアの心理状態でそれが可能だろうか。開始早々、問題は山積みだ。


※※※


 中間試験開始から約二十分。


 ニーナ・アグラシアおよびユーフィア・フォーマルハウト。召喚獣二体を撃破。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ