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ウェルキエル学院のアタナシア  作者: 葉月エルナ


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第14話

 ウェルキエル帝国学院上層フロア。


「……来たぞ、アルヴィス。試験前日に何の用だ?」


 例によって呼び出されたセヴラールは、ニーナを連れてアルヴィス・チェスカーの占拠する空き教室までわざわざ足を運ぶ羽目になっていた。心なしか、前回訪れた時よりもさらに改造されたように感じる教室は一種の要塞と化している。ニーナとの戦闘で壊れてしまった備品も含め、自身の工房として全面的に模様替えしたのだろう。


 セヴラールはアルヴィスの正面に位置するソファーに腰を下ろすと、()()()()()()用意されていたコーヒーカップに手を伸ばした。ニーナは警戒しているのかセヴラールの後ろに立ち、制服のポケットに手を入れてASSの感触を強く意識している。いつ仕掛けられても迎撃できる万全の体勢だ。


「そう急くな。心配せずとも今日はすぐに開放してやる。娘、お前もだ。試験日前日に無駄な体力を消耗したくはないだろう? 座ったらどうだ? コーヒーが飲めないならココアでも用意させてやろう」

「……では、失礼します」


 そう断りを入れてからニーナはセヴラールの隣に座る。直後、目の前のテーブル上に温かなココアが入ったカップが置かれた。一体どういう絡繰りなのだろうか。ニーナがココアに口をつけたことを確認し、アルヴィスは二人の前に数枚の資料を差し出す。そこにはご丁寧に盗撮写真まで添付されていた。


「……」


 セヴラールは無言でコーヒーカップをテーブルに戻し、資料と写真に目を通す。写真には食堂でセヴラールとベレスが言い争っている姿がしっかりと写っていた。資料の方は会話記録のようだ。


「よく撮れたな、こんなもの。視線に敏感なニーナにさえ気づかせないとは、恐れ入る」

「そのための隠形だ」

「なるほど。で、用件は?」


 まさか事実確認をするためだけに呼び出したわけではないだろう。セヴラールが出方を窺っているとアルヴィスはようやく本題を口にした。


「決まっている。この決闘、勝てるんだろうな?」

「…………は?」


 質問の意図が即座には理解できず、セヴラールとニーナは互いに顔を見合わせ数秒硬直したのちに間抜けな声を出してしまう。


「……つまり、なんだ。お前は、俺たちに勝ってほしいのか?」

「当然だろう。万が一にも負けたらお前を殺す。わかっていると思うがお前もだぞ、娘」

「なんで私まで……」

「何か言ったか?」

「い、いえ、何も……」


 唐突かつ理不尽な殺害予告にセヴラールは頭痛と軽い眩暈を覚えた。ニーナも小声で抗議の声を上げかけたもののアルヴィスの鋭い視線に射抜かれて黙り込む。


「とにかく、どんな手を使ってでも勝て。俺はあの男が心底気に食わん」

「あぁ、そういえばお前迷宮から追い出されたんだってな。それでいつにもまして機嫌が悪いのか……」


 アルヴィスは去年の謹慎期間中、学生寮ではなく迷宮の地下四階に籠っていた。その時の習慣がなかなか抜けず、今でも校舎と迷宮を行き来する生活を送っていたらしい。だが、今期の中間試験で迷宮の使用が決まったため、最近は部外者の立ち入りが禁止されてしまった。迷宮に棲みついているアルヴィスからしてみれば、迷惑な話だろう。


「あいつ、俺を潰すためだけに無茶しすぎじゃないか? お前に喧嘩売るとか、命知らずにもほどがある……」

「まったくだ。まぁ、その命知らずを殺すのは俺の仕事だとばかり思っていたのだがな。お前が代わりに奴を仕留めるというのであれば話が早い」


 アルヴィスは一度コーヒーカップに口をつけると、すでに冷めてしまった中身を一気に飲み干した。


「ウチのノエルを貸してやる。試験期間中は好きに使っていい。手段は選ばず確実に勝て」

「……可能な限り、部外者は巻き込みたくないんだが。ニーナも人付き合いが苦手だし、いきなり知らない奴をつけられたら気まずいはずだ」

「何、気にするな。あいつは隠形の達人だ。いざというとき意外は姿を見せないよう徹底させる」

「そういう話じゃないんだが……」


 どうやらアルヴィス・チェスカーに常人の感覚は通用しないらしい。セヴラールはニーナがココアを飲み干したことを確認すると立ち上がり、教室の扉に手をかけた。


「……必ず勝てるとは言わないが、俺はこの子を信頼してる。だからあの子はつけなくていい。じゃあな」


 一方的にそう伝え、セヴラールはニーナを連れて空き教室を後にする。その後ろ姿が廊下に消えるとアルヴィスはため息をついて口を開いた。


「ノエル、いるか?」

「こちらに」


 即座に暗闇から声が返り、一人の少女が姿を現す。夜闇に溶け込む黒髪と、落ち着いた藍色の瞳を併せ持った小柄な少女。幼少の頃、接続回路に無理な調整を施されたせいで第二次性徴を迎えた直後に成長が止まったその身体は小柄すぎると言ってもいい。


「話は聞いていたな? 今回の決闘は何としてでもアグラシアを勝たせろ」

「かしこまりました」


 下された命令に対して、ノエルは間髪入れず頷くと頭を下げた。


「それと、試験期間中はアグラシアに張り付いて見張っておけ。捕捉されない距離から監視しているだけでいい」

「承知いたしました。ベレス・ラシアイムおよびニーナ・アグラシアの方はいかがいたしますか?」

「その場の判断に任せる。自分で考えて好きに動け。ただし、優先順位は忘れるなよ」

「無論です。任務は必ず遂行いたします」


 アルヴィスはノエルの忠誠心あふれる返答に満足げに頷くと、一枚の紙を手渡した。


「これを一年のエリノラ・アビゲイルに届けてこい。用件はわかるな?」

「はい、心得ております」

「任せたぞ。俺はもう寝る。試験開始までは自由にしていろ」


 必要最低限の指示だけですべてを理解したノエルは、主の背に再び一礼すると一瞬で姿を消した。隠形の少女に、暗闇はいつでも見方する。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。どちらにせよ各方面には根回し済みだが……」


 アルヴィスは制服を脱ぎ捨てると床に放った。こうしておくと次に目が覚めた時には綺麗に折り畳まれた状態でテーブルに置いてあるのだから不思議なものだ。十中八九、ノエルの働きだろうが。


「それにしても……エリノラ・アビゲイル。予想より手間取らせてくれたな。戦果次第では今回の試験終了と同時に潰すか」


 不穏な台詞を口走り、アルヴィスは一枚の写真にナイフを突き立てる。ノエルに隠し撮りさせたその少女は、写真の奥で暗い笑みを湛えていた。

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