第13話
ウェルキエル帝国学院入学式典から、一か月以上の日々が過ぎた。中間試験まで残り一週間を切る中、生徒たちは連日自主練習に励んでいる。ニーナはユーフィアに頼み込まれ、珍しく放課後の教室に残っていた。
「それで、ニーナさん。試験のことなのですが……」
ユーフィアは複数人の生徒から勧誘を受けていたが、できる限りニーナと組みたいらしく一旦返答を保留している。夕暮れの教室でニーナは深くため息をついた。
「あなた、意外としつこいのね」
「……申し訳ありません」
「私と組んだっていいことなんて何もないわよ」
「それでも、です」
あくまでユーフィアに退くつもりはないらしい。
「私に団体行動はできない。あなたのことを考えて動くことも、あなたのことを思いやってあげることもできないのよ?」
「大丈夫です。自分の身は自分で守ります。足手まといだと感じたらすぐに見捨てていただいて構いません」
なぜ、そうまでして自分に固執するのか。ニーナには全くわからない。
「あなたに来ていた勧誘はどうするの」
「できれば、お受けしたいと考えています。ニーナさんも一緒に……」
「無理ね」
ユーフィアの意見をニーナは真っ向から否定する。誰も彼もが自分勝手に動くニーナの行動を許容するとは思えない。それならば初めから一人の方が気楽だ。だが。
「そうとは限りませんわよ。少なくとも私は協力し合えると考えています」
かつての模擬戦でユーフィアと戦った金髪の少女、スピカ・ヴァ―ゴが声を上げる。隣にはリーヴィア・リブレーゼの姿もあった。
「協力とまではいかなくとも利用し合うことくらいなら、できるのではないですか? 例えばどちらかが確保した給水スポットの使用許可、および防衛補助などです」
「アンタだって生き残るために水くらいは必要でしょ?」
二人の意見は的を射ている。確かに給水スポットの確保はニーナにとって喫緊の課題であった。他クラスのみならずクラスメイトまで敵に回している今のニーナに水を分けてくれる存在がいるとは思えない。
「なるほどね。そういうことなら給水スポット関連だけは協力し合うこともやぶさかではないわ。流石の私も水は欲しいもの」
「じ、じゃあ……」
と、嬉しそうに口を開きかけたユーフィアを制する声が横から上がった。
「待ってくれ、僕は反対だ。アグラシアが作戦に加わるなら、僕たちは抜けさせてもらう」
入学学科試験第一位のルドウィン・アケルナルである。その少し後ろではライオネル・べクルックスが気まずげに頬を搔いていた。
「ど、どうしてですか?」
「当然だろう。完全な協力関係を築けない人間と行動を共にするなんて危険すぎる」
「ですが、給水スポットの確保と防衛に関しては協力するとニーナさんも言っていますし……」
ユーフィアは必死でルドウィンを説得しようとしていたが、ニーナが椅子から立ち上がると不安げに口を閉ざす。
「ほらね、彼は私と組むのは反対みたいよ。もういいじゃない。私は一人でどうにかするから、ユーフィアはこのメンバーと試験を戦えばいいわ」
「お待ちください」
しかし、さらにスピカがニーナを引き留めた。
「ルドウィンの異能力は半径一キロメートル以内に存在する建物の構造、および人物の把握です。この能力を使えばアグラシアさんの居場所を把握することも当然可能でしょう。ルドウィンは基本的に私たちと行動を共にして安全を確保。一日に何度か能力を使い、アグラシアさんとユーフィアの位置を確認して動けば必要最低限の連携を取ることは可能と考えます」
「それいいじゃん! 俺賛成!」
と、重い空気を払拭するようにライオネルが無理やり明るい声を出す。
「ニーナさん……」
ユーフィアがニーナの意向を伺うように首を傾げた。ニーナは一度ルドウィンに視線を向けると静かに口を開く。
「私はそれで構わない。ただし、この中の一人でもこの作戦に賛成できないという人間がいるのなら私は抜けるわ。そして以後、もう一度話し合うなんてことは絶対にない。これを踏まえた上で、全員で話し合って決めて頂戴」
ニーナの発言に他のメンバーが口々に己の意見を口にし始めた。
「いいんじゃない? 私も仲良しこよしする気なんてさらさらないし」
「私もリーヴィアと同意見です。ただ、できればもう少しアグラシアさんとも仲良くなりたいところですけれど」
「俺は変わらず賛成だぜ! アグラシアめちゃくちゃ強いし!」
「わ、私も! 私もニーナさんと組みたいです!」
そして一同の視線は最後の一人に注がれる。注目を集めたルドウィンは、気まずくなったのか不承不承といった風に頷いた。
「わかったよ! 僕もそれでいい!」
「では、これで全員の意見がまとまりましたわね。改めてこれからよろしくお願いいたします。ニーナ」
初めてその名を口にしたスピカは握手を求めて右手を差し出す。ニーナも拒むことはなく、その手を取った。
「えぇ、よろしく」
こうして歪な関係で繋がれた六人の同盟が誕生する。この関係の行く末を、この時のニーナはまだ知らない。