第12話
ウェルキエル帝国学院下層食堂にて。
セヴラールはいつものようにニーナを連れて学食に足を運んでいた。もはや誰もが見慣れた光景だが、今日の目的は食事だけではない。
少なくともセヴラールは普段の何倍も周囲に気を配り、どこかうんざりした様子にも見える。それを長い付き合いであるニーナに気付かれないはずがなく、彼女にまで警戒を強いている始末だ。
「ねぇ、セヴ。今日どうしたの?」
「まずは飯を食おうぜ。話はそれからだ」
何気なく探りを入れてくるニーナをセヴラールが適当にあしらって誤魔化していると、前方から一人の男が歩いてきた。隣のクラスの担当教諭、ベレス・ラシアイムである。セヴラールは素知らぬふりで通り過ぎようとしたのだが、案の定と言うべきかベレスは声をかけてきた。
「おい、聞いたぞ、セヴラール・アグラシア。貴様、教師にあるまじき態度らしいな?」
「……今度は何だよ、勘弁してくれ」
セヴラールとしては無視したかったのだが、ベレスは二人の前に立ち塞がりそれを許さない。
「授業で居眠りしている生徒を注意しないどころか、模擬戦では好き勝手にやらせているそうじゃないか。一体どういうつもりだ?」
「授業で寝てるのって基本的にニーナだけだぞ。この子は俺の適当な授業なんて聞かなくても満点が取れる天才だし、模擬戦に至っては実践的でいいって学院長のお墨付きをいただいているんだがな? 何か問題があるのか?」
安い挑発を挑発で返し、セヴラールとベレスが睨み合う。先に視線を切ったのはベレスだった。
「笑わせるなよ。なら次の中間試験、当然お前の娘は一週間生き残れるんだろうな?」
「当たり前だろう。簡単すぎるくらいだ。遠慮してあんな楽な試験にしてくれなくてもよかったんだぞ?」
「え、私まだ何も聞かされてないんだけど……?」
話についていけなくなったニーナは思わず二人の口論に口を挟むが、セヴラールにチョコレートを渡されて口を閉ざす。セヴラールがニーナに食べ物を与えるのは、これでも食べて少し黙っていてくれという意味だ。
「なら、お前にこれが受けられるのか?」
勢いよく叩きつけられ、床に落ちた手袋を無感情な瞳で眺めてセヴラールが問う。
「……正気か? お前」
「それとも公共の場で俺とやり合うのは怖くてたまらないとでも?」
「まさか。やってやるよ、場所は?」
その手袋を拾い上げ、セヴラールはベレスに向けて投げ返した。決闘成立である。
「待て、貴様のご自慢の娘なら俺の考案した試験を一週間生き残れるのだろう?」
「ニーナの戦績に賭けようって言うのか? それなら俺は降りる」
愛娘を自分たちの賭けに利用することなどできないと、セヴラールは首を横に振った。しかしニーナは構わずセヴラールの背中を押す。
「いいわよ、セヴ。どんな試験かは知らないけれど私は絶対負けないから」
「そうは言ってもな……」
「私は本気よ。だからこんな奴相手に退いたりしないで! セヴの敵は私の敵! 絶対に許さないわ!」
相手が教師であることも忘れ、ニーナは不退転の決意を固めた。目の前の男に屈するくらいなら舌を噛み切って死んだ方がマシだとさえ、心の底から思う。年下の少女に好き放題言われたベレスは悔しそうに歯噛みしたものの、努めて余裕の表情を取り繕うと二人の様子を鼻で笑った。
「どうやら成立と見ていいようだな? 貴様が負けた場合は当然、親子共々この学院から出て行ってもらうぞ?」
「え、じゃあわざと負けようかな……」
「ちょっと待ってくれ、ニーナ。俺を勝たせてくれないのかッ?」
「な、何を言っているのよ、セヴ。じ、冗談に決まっているじゃない。もちろん、勝つわよ……?」
負けた際の条件があまりにも魅力的だったせいか、ニーナの心が一瞬揺らぐ。だが退学できるとしてもこの男に負けるなど、やはりニーナのプライドが許さない。二人が茶番を始めると蚊帳の外に追い出されたベレスは、不満げに食堂を去っていく。その後ろ姿が完全に見えなくなると、セヴラールは静かに息を吐いた。
「悪いな、ニーナ。俺のせいで……」
「セヴが気にすることじゃないでしょ。悪いのは全部アイツなんだから」
「俺のために無理だけはしないでくれよ。最悪は負けてもいい」
「だから勝つって。セヴは勝ったあと私に要求されるであろう購買新作スイーツの心配だけしておいてくれればいいわ」
そしてニーナは器用にウインクを決めて見せる。
「あぁ、確かにそれは怖いな」
財布の中身が干上がる光景を想像してセヴラールは思わず苦笑した。




