第11話
「さて、お前ら。ある程度察しているとは思うが、今学期中間試験の試験内容が発表された。それに伴い、資料を配布する。配られた生徒から目を通してくれ」
いつも通り教壇に立ったセヴラールはそう宣言すると、前列に座る生徒から順に資料を配り始めた。ニーナを含め多くの生徒が覚悟していた中間試験。だがいざその時になってみると、やはりかすかな緊張感は拭えない。
手渡された資料に視線を落とし、ニーナは手早くページをめくる。午後の授業は毎日のように寝落ちしている普段のニーナからは考えられない所業だ。最後列まで配り終わったタイミングでセヴラールが口を開く。
「今回の試験期間は一週間。お前たちにはその間、学院が保有する迷宮内で過ごしてもらうことになる。先に言っておくが、中は罠だらけだ。流石に死ぬようなトラップはないが、気をつけろよ」
淡々と説明するセヴラールの声を聴き流しながら、ニーナは早速ルールの穴を探し始めた。ルールを知悉しておけば、いざというときに舌戦で役に立つ。
「今回の試験において、能力の使用は自由。ASSの使用も自由だ。何か質問がある奴はいるか?」
簡易的な説明を終えたセヴラールの問いかけに、最前列に座るユーフィアがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……食事はどうすれば……?」
「陸軍でも採用されている野戦糧食が一週間分、事前に支給される。飲み水に関しては争奪戦だ。迷宮内の五か所に給水スポットが用意されるが、ここを他クラスに占拠された場合かなり厳しい戦いになるだろう。今回の試験ではある程度集団で行動し、給水スポットを中心に押さえることをおすすめする」
つまり、水に限っては生徒同士で奪い合う構図になるということだ。何らかの異能力を持っていれば話は別だが、常人が水なしで一週間過ごすのはほとんど不可能である。交戦は避けられない。そして資料には特別報酬として一名撃破ごとに一日の休暇を支給するという記載があった。ニーナはその欄を食い入るように見つめる。
「ねぇ、私からも一つ質問があるんだけど」
と、そこで最後列から凛とした声が響き小柄な少女が立ち上がった。入学試験第十六位、リーヴィア・リブレーゼだ。
「脱落したらどうなるの? 退学?」
「いい質問だが、今回の試験で退学措置が取られることはない。今の帝国にとっては、成績下位者ですら切り捨てるには惜しい存在ってことだ。厳しいようならリタイアしてもいい。ただし、リタイアした場合には夏季休暇中の一週間、成績に関係なく補習を受けてもらう」
リタイア、そして補習という単語にいち早く反応しニーナはページをめくる手を止める。確認すると確かにリタイア可、と記載されていた。しかしリタイアした場合、補習に加え学科試験での合格ラインが三十点から五十点に引き上げられるらしい。むやみやたらと脱落者を出さないための対策だろう。しかもリタイアすると撃破報酬は手に入らなくなってしまうようだ。十人ほど狩った後にリタイアすればいいというニーナの目論見は悲しくも早々に破られた。
「じゃあ今日は残りの時間を自習にするから各自好きに話し合ってくれて構わない。でも騒ぎすぎるなよ、隣から苦情が来るからな」
セヴラールの宣言に教室中から小さな歓声が上がり、皆が思い思いに席を立つ。
「あ、あのニーナさん。当日は……」
「ねぇ! フォーマルハウトさん、試験の間は私たちのグループに入らない?」
「それいいね! フォーマルハウトさん、すごく強いし!」
ユーフィアがニーナにかけた声は女子グループの勧誘に搔き消され、ユーフィアは困ったように苦笑した。
「えっと、お誘いはとても嬉しいのですが……」
そう言ってユーフィアはニーナを横目で見やる。だが女子グループは何が何でもユーフィアと組みたくて仕方がないらしい。
「もしかして、アグラシアさんと組むの?」
「やめておきなよ」
「アグラシアさん、付き合い悪いし……」
「それにちょっと怖いよね……」
「強いのはわかるけどさ、授業もずっと寝てるし……正直特待生なのもお父さんが教師だからって噂だよ?」
「そうそう、親の七光りだよね」
声を潜めているつもりなのだろうが、隣に座っているニーナにはすべて筒抜けである。
「ひどい言われようだな」
「そうかしら? 彼女たちは事実を言っているだけよ。私は放課後誰かと遊ぶこともないし、授業はまともに聞いていない。特待生になれたのもセヴが捻じ込んでくれたおかげでしょ? ほら、何も間違っていないじゃない」
だが、当のニーナは彼女たちの陰口などまるで意に介していない様子だった。しかしそれを聞いていた意外な人物が勢いよく立ち上がると声を張り上げる。
「や、やめてください! ニーナさんはそんな方ではありません! わ、私は皆さんと組むつもりはありませんので、他を、当たって、ください……」
だんだん尻すぼみになっていく声。気弱なユーフィアにとっては勇気を振り絞ったのだろうが、周囲の注目を集めてしまったユーフィアは恥ずかしそうに椅子に座り直した。
「そ、そっか。残念……」
「仕方ないよ、もう行こ」
「何? あの態度、感じ悪……」
「しっ! 相手はあのフォーマルハウト家よ! 敵に回したら潰されるわ!」
名残惜しそうに、ある者は不満げにその場を後にする。その一連の流れを見ていたニーナはポツリと呟いた。
「馬鹿ね、彼女たちと組めばよかったのに」
「い、いえ。私はニーナさんと組みたいので……」
「組むなんて一言も言っていないわよ」
「……やっぱりダメ、ですか?」
どこか哀愁さえ感じるユーフィアの瞳を見ていられなくなったニーナは思わず目を逸らす。
「考えておくわ」
それだけ答えたニーナは席を立ち教卓の上に腰を下ろした。
「そんなとこに座るなよ」
「いいでしょ、別に」
「フォーマルハウトと組むのか?」
「まだ決めてない」
ニーナがユーフィアと組むことを渋っているのは、何も集団行動が苦手だからというだけの理由ではない。今回の試験がベレス・ラシアイム考案のものだからだ。ニーナとセヴラールに一方的な敵対心を抱いているあの男が、主催する試験で何の行動も起こさないはずがない。個人の問題にユーフィアを巻き込んでしまう可能性がある以上、ニーナの選択が慎重になるのは致し方ないことだった。
「思い切ったことするよなぁ、あいつも」
「ほんとにね。潰す気満々って感じ?」
「大丈夫そうか?」
「まぁ、何とかするわよ」
幸い、戦闘ならばニーナの得意分野だ。
「セヴの方はどうなの?」
「俺が負けると思うのか?」
「思わない」
「そういうことだ」
ニーナはセヴラールに向けて拳を突き出す。セヴラールもそれに呼応するように拳を合わせた。
「勝とうぜ、二人で」
「もちろん」
そして二人はつい一週間ほど前の出来事へ思いを馳せる。