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ウェルキエル学院のアタナシア  作者: 葉月エルナ


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第9話

 やがて一通りの模擬戦が終了すると、セヴラールからペアの組み直しが指示される。ニーナはユーフィアと別れるとセヴラールの隣に腰を下ろした。


「おい、もう一戦やれよ。それとも昨日の傷が痛むのか?」

「そういうんじゃ、ないけど……」


 ニーナは積極的に声をかけるタイプではないため、この手の場面では苦労する。ユーフィアも人見知りが激しい方だが、話しかけられれば友好的に対応するおかげか、すぐに金髪の少女とペアが成立したようだった。ニーナはユーフィアと違って話しかけるなオーラが普段から全開だし、先ほどの攻防を見せつけられた後では他の一年生が気後れしてしまうのも無理はない。


 ニーナがしばらく周囲の様子を観察していると、一人の少女がこちらに近づいてくるのが見えた。目を引く鮮やかな青髪を肩の辺りで切り揃えているミディアムヘアの少女だ。


「アンタ、組む相手いないんでしょ。私が組んであげてもいいけど」

「……無理しなくていいのよ。あなただって組む相手がいなくて仕方なく私に声をかけたんでしょう。二人でサボればいいわ。お互いのために、ね」


 ニーナの言葉を挑発と受け取ったのか、少女は懐から蒼く輝く鉱石を取り出して口を開く。


「私、アンタに負けると思ってないんだけど」

「……そう、ならやりましょうか。私はニーナ。ニーナ・アグラシア。あなたの名前は?」

「リーヴィア・リブレーゼ」


 それが開戦の合図だった。ニーナは《アルクトゥルスの宝剣》を起動させるとリーヴィアとの間合いを一息で詰める。対するリーヴィアが選んだのはリボルバー型のASS。


「識別コード《セイファートの六つ子》起動」


 リボルバーの銃口がニーナを狙い、一切の躊躇なく引き金が引かれる。かなり至近距離からの発砲だったが、ニーナはわずかに身を屈めるだけで躱して見せた。そこから即座に接近戦に持ち込み、レイピアを振るう。


 リーヴィアは《セイファートの六つ子》を鉱石に戻すとニーナの斬撃を避け、上段回し蹴りを放った。普段のニーナであれば躱すことは造作もない速度の攻撃。だが一連の攻防で体勢を崩されていたニーナは回避が間に合わず、リーヴィアの靴先が頬を掠めた。芝生の上を転がるようにして間合いの外に逃げ、傷口を押さえて出血の有無を確認する。薄く皮膚が裂けていたものの、深くはない。


「てっきり、遠距離戦が得意なタイプかと思ったんだけどね」


 正確無比な射撃精度に加え、素人ではありえない身のこなし。そして今一番の懸念材料はリーヴィアの異能力がわからないことだ。使用回数や発動時間に制限があるのか、もしくは何らかの発動条件を満たさなければならないのか。


 一瞬の膠着を経て、ニーナは使用武器を《アルクトゥルスの宝剣》から《シリウスの降星》に変更する。本来飛び道具相手に距離を取るのは愚策だが、少なくともリーヴィアと接近戦をやりたいとは思わない。至近距離から被弾するリスクを考慮すれば妥当な選択だろう。リーヴィアほどではないが、ニーナも銃器全般は扱い慣れている。射撃にもそこそこの自信があった。


 だが。


術式転移(エスケープ)


 ニーナが拳銃の銃口をリーヴィアに向けた瞬間、その姿が掻き消える。幻影の類ではない。彼女は確かにそこにいた。ならば。


(まさか、空間転移ッ?)


 そしてニーナが結論を弾き出すとほぼ同時に背後に感じた殺気。即座に身体を反転させて後退しようとするが、リーヴィアの方がわずかに早い。直後、ニーナの腹部にリーヴィアの肘打ちが叩き込まれニーナは地面に膝をついた。


「ぐ、ぅ」


 よりにもよって昨日アルヴィスとの戦闘で負傷した部位を狙われるとは。確実にまぐれだろうがニーナからしてみれば絶望的なまでに運が悪かった。それにしても能力発動前のマナの変動さえ感知できないなど、数年前のニーナならばあり得ない。あまりにも感覚が鈍ってしまっている。ニーナは思わず自嘲気味に苦笑した。


 一瞬だけ暗転する視界の中、気力を振り絞って意識を保ちニーナはポケットから《カノープスの雷鳴》を複数取り出して投擲する。付け焼き刃の攻撃だが、これならばリーヴィアもニーナから離れざるを得ない。リーヴィアは一度舌打ちすると、後ろに跳んで爆発から逃れた。


 訓練場に爆風が吹き荒れ、両者の視界は一時的に遮られる。その隙にニーナはゆっくりと立ち上がった。


「アンタ、なんで能力使わないわけ?」

「……使うまでもないからよ」


 身体が動くことを確認して《シリウスの降星》を起動。ろくに狙いも定めぬまま引き金を引き、リーヴィアが怯んだところで素早く間合いに踏み込む。続けて《シリウスの降星》を鉱石状態に戻すと地面に投げ捨て、ニーナは両手でリーヴィアに掴みかかった。


 結局、最後に頼りになるのは己の拳なのだ。ニーナは抵抗する余地も与えぬままリーヴィアを投げ飛ばし、再展開した《シリウスの降星》を眉間に突き付ける。


「か、はっ!」


 一時的に呼吸が止まり、リーヴィアの視界がぼやけて歪んだ。辛うじて動く指先で《セイファートの六つ子》に手を伸ばすが、あと数ミリの距離が届かない。


「やっぱり、アンタ……」


 その言葉が終わるよりも早く、ニーナは無慈悲に引き金を引いた。


「気が付かなくていいところに気が付いたからって、無用な詮索はおすすめしないわ」


 直後、脳全体を揺さぶるような衝撃がリーヴィアを襲う。


「好奇心が猫だけを殺すと思ったら大間違いよ」


 久方ぶりの完敗を肌で感じながら入学試験第十六位、リーヴィア・リブレーゼの意識は暗闇の淵へと沈んでいった。

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