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苦手な方はご注意ください。

一つだろうと、二つだろうと。

作者: 新巻 世界樹

ほのぼのホラーです。この世界観を味わっていただけたらと思います。

一つだろうと二つだろうと


それは8月に12時間近く営業周りをして、汗が染み込んだスーツとすり減った靴で帰路に着く夜更けだった。仕事の疲労からかいつもと別の道に入ってしまった。決まった道しか歩かないので一歩道を違えるとまるで別世界のような感覚に陥る。奥にいつも通っているコンビニが見えているのでまた右に曲がれば元の道に戻るだろうと考えているとどこからか ひゅーーー。と音がする。風など吹かない熱帯夜にすきま風か?と疑問に思っているとどうやら家の塀と塀の人が一人ギリギリ通れるくらいの隙間から鳴っているようだ。いつもなら一瞥もくれず素通りするところだったが、この時は何となくもしかしたら猫でもいるのかもしれないと思い、歩み寄ることにした。両側の家も電気を落としていたのでスマホで明かりを点けながら歩を進める。六歩、七歩、と進んでも何もないので引き返そうとしたところ ドン! と足元に軽い衝撃が走る。何かがぶつかったようだ。照らすとそこには未就学児ほどの少年が、ぶつかった衝撃からか倒れていた。そして身体が硬直する。紺色の甚平に紺色の鼻緒で結ばれた下駄。そこまでは良い。この時期は掛川納涼祭りなどもやっているし自分と関係がなかったから知らなかっただけでそういう催しがあることも考えられる。それより目が行くのは顔に一つしか付いていない大きな目だ。くりりとした目は何故か今にも泣き出しそうに震えている。そう観察していると急に「助けてえぇぇえええ!!!!!攫われるううううぅぅぅうううう!!」と叫び出した。少年は腰が抜けているのか、立ちあがれず地を這うように後退する。スマホのライトで照らしていて気付かなかったが後ろに棒付きの提灯が転がっている。

「いやいや…攫わないよ。てか、どっちかと言うとそういうのってそっちじゃない?」と普通では考えられないようなものを見た動揺は残っているものの、余りにも怯えきっている相手に毒気を抜かれ、相手を落ち着かせるために努めて優しい声色で話す。

「お兄ちゃん…妖怪攫い…じゃないの?」突然現れた男を警戒しつつ少年が返す。

「妖怪攫い?なにそれ、そんなものがいるのか?」

いきなり知らない単語がぽこぽこと出てきて何がなにやら分からないといった様子で目頭を抑えると気付いた。今いる場所は塀と塀の隙間ではないことに。足元は石畳になっていて、両側には自分の肩くらいある垣根が両側に植えられていた。その垣根は先の先まで続いていた。また、その垣根には見た事のない小さく白い花が付いていた。そんな辺りに気を取られていると

「もしかして兄ちゃん怪人様か!?それならここに来られるのも納得だ!父上に報せなきゃ!」

矢継ぎ早にまくし立て、俺を引っ張っていく。怪人様という単語には引っかかるし、帰った方がいいのかと頭に過ぎったが、好奇心に負けて引っ張られるがままに身を任せる。五分も小走りをすると大きな屋敷に着いた。先程みた垣根でぐるりと囲われており、平屋の瓦はてらてらと光沢のある素材を上から塗っているようだ。ざっと見たところ百坪以上あるよう感じる。「こっちこっち!」と急かされて屋敷内に入っていく。引き戸を開けた少年の後を追う。少年は奥の部屋へ向かい「父上!」と声をかけると同時に襖を開けていた。追随していたのでそのまま中の様子が見えたのだが、そこにいたのは俺の3倍は優に超える大きな身体を持つ着物姿の大男が胡座をかいて座っていた。口には煙管が咥えられている。一番の特徴はなんと言っても少年と同じような大きな一つ目だろう。尚、こっちの大きな一つ目は少しくせっ毛の髪の毛が頭頂部に少し乗っかっている。

「こんな夜中になんだァ。また、外に行って……おい、そいつはどこの誰だァ?」

煙管を吸う手を止め、間延びしているもののやや怒気を孕んだ声でこちらに質問をしてくる。その大きな目と低く野太い声と威圧感で膝はガタガタ震え、なにか話そうにも上手く話せそうにもない。

「この人はきっと怪人様だよ!だって八ノ門から急に出てきたんだよ!」

「怪人様だァ?なんでェ今更怪人様が出て来るってェんだァ。だったら空を飛べるか見せてもらおうかァ。」

「そっか!それもそうだよね!ね、お兄ちゃん!飛んでみせて??」

と、怯えている間にも話は進んでいき、よく分からない単語もいくつか出てきたところで急に俺にお鉢が回ってきた。

「い、いや、飛べと言われても…俺はここに迷ってきたというか、気付いたらここにいたというか…」

しどろもどろになりながらもなんとか意志を伝える。

「あれぇ?怪人様じゃないの!?」

少年が驚いていると大男は頭をガシガシと掻き毟り

「そのようだなァ。迷い込んじまっただけだなァ。珍しいが無い事じゃァないなァ。」

以前にもここに来た人間がいたようだ。大男が煙を燻らせ再度話し出す。

「まあ、コイツが連れてきちまったならお客様だァ。悪いヤツにも見えねえし。茶でも飲んでけやァ。」

そう言い、少年の頭をグリグリ撫で付けると、火鉢にかけられてあった急須からお茶を注いでだしてくれた。

3人の前にお茶が揃ったところで再び大男は話し始める。すっかり声に篭もる怒気は消え去っていた。

「そういえばまだ名乗ってなかったなァ。ワシは龍鬼ってんだァ。こっちのは貫太だァ。龍鬼って呼んでくれえかまわねェ。」

「オイラも貫太でいいよ!」

紹介された貫太は気恥しそうに頬を搔いている。

「お、俺は望月晴明っていいます。」

「そうかァ、ハルアキか。良い名だァ。そんでェ折角来たんだァ。色々気になってるなァ?聞きたいことはねえのかァ?」

俺を客人と認めたのか笑顔で質問してくる。

「それでは…先程の話に出た八ノ門って言うのがなんなのか…それよりここはなんなんですか?あなた達は…俺とは、その、少し変わった見た目をしていますが、どう言ったもの、なのか……」

どう伝えていいか支離滅裂な伝え方をしてしまう。何が失礼になるか分からないことに気付き、言葉尻がすぼんでしまう。

「そうだなァ。ハルアキは何がなにやらさっぱり分からないよなァ。さてェ、何から話したものかァ。」

龍鬼がすこし逡巡した後再び口を開く。

「まずここはなァ、そっちの世界の掛川市から繋がっている所謂妖怪達の住処なんだァ。妖の類が平和に暮らしとる。先程言ってた八ノ門というのは掛川市に十あるここへ繋がる門の内の一つだァ。」

貫太がふんふんと頷きながら聞いている。

「さっき言ってた怪人様ってェのはここを作ったとされてる人だァ。どこかから結界に必要な鐘を持ち出してきて人の目に触れないような場所を作ってくれたんだなァ。その怪人様の姿を見たものは居なくてなァ。だが、ここの者はみんな崇拝してる神様みたいなもんだァ。だからここは怪人の里って呼んでる。」

そう言う龍鬼の指差す先を見ると奥にペットボトル大の木彫り像が見える。錫杖を持った僧侶のような見た目だが、錫杖に支えられ身体が浮いている。会話にも出てきたので恐らく宙に浮くことが出来たとされているのだろう。

「まァ。そんな結界があるんで基本ここに人間が入り込むことはまず無いんだがァ。たまにハルアキみてェに迷い込んじまうヤツもいるんだァ。大半は直ぐに引き返すんだがァ、今回は貫太に会っちまったからなァ。」

そう言うと貫太は身体を縮こませる。

「あァ。まァこれは言わなくてもわかると思うがワシらは所謂一つ目小僧ってやつだァ。ハルアキ達からすれば化け物に見えるんだろうが人間達となにも変わらねェよ。」

龍鬼が少し哀しそうな顔を見せる。慰める訳では無いがつい口を挟んでしまった。

「龍鬼が一つ目小僧…?どちらかと言うと一つ目親分って感じだけど。」

一瞬大きな目をぱちくりとさせた龍鬼だったが「ガッハッハッハッハ!」と大きい笑い声をあげる。

「そうかそうかァ。それもそうだなァ。よしっ!これからワシはァ一つ目親分と名乗ることにするかァ。ハルアキ、おめェ面白いやつだなァ。」

そう言われた2人は心底愉快そうに笑っている。

「ところでハルアキ。一つ頼み事を聞いちゃくれねェかァ?」

急に真剣な表情でこちらを伺ってくる。

「俺に出来ることがあれば。」

「なァに。やること自体は簡単だァ。掛川市内にある呪具屋から札を貰ってきて指定したところに貼ってきてくれねェかァ?」

何かと思えば聞いた事のない不思議な依頼をされた。

「札?呪具屋?まぁ別にいいけど…なんなの?それは」

「あァ。最近この里に侵入しようと目論んでるやつがいてなァ。妖怪攫いなんて呼ばれてるんだァ。そいつはワシらのような人間と違う見た目の生き物を攫って剥製にして金持ちの好事家に売りさばくって話だァ。」

ここへ来た時に貫太が攫われる!と叫んでいた理由が判明した。

「そいつはワシらの力を封じる道具を持ってるらしくてなァ。最初の頃はとっちめようと思ったんだが、向かったやつが帰ってこねェんで調べたらそんなことがわかったんだァ。」

「虎太郎兄ちゃん…」

貫太が大きな目を潤ませながら俯いている。実の兄かわからないが、かなり近しい人物も被害に遭っているようだ。

「そこで直接刃向かうことは難しくてもこの里を守ることは出来ると考えたんだァ。一ノ門から十ノ門が掛川市に繋がってる。今も人間が簡単に入って来れないような結界が張ってあるがァ、それを強化するためのお札って訳だァ。その札を作ってる店に行って門に貼って回ってくれねェかァ?店が掛川の方にあって行くに行けねェんだァ。」

そう頼む龍鬼は申し訳なさそうにしているが本当に困っているということがひしひしと伝わってくる。

「お札を貼るだけなんでしょ?いいよ。何かの縁だよ。」

そう言うと龍鬼は破顔して

「あ、ありがとなァ!今、札を受け取る店と貼る場所を紙に書くからよォ。」

「お兄ちゃんありがとう!」

貫太はあまり話に入ってこなかったが話を理解していたようで一緒に感謝の意を示してくる。龍鬼が話している間、口を挟まなかったのはきっと教育の賜物なのだろう。と普段の2人に思いを馳せていると

「そうだァ。ハルアキ、今日はもう遅いからウチに泊まってけェ。それまでに色々用意するからなァ。」

「え!お兄ちゃん泊まってくの!?一緒に寝られる?」

龍鬼がとんでもないことを言い出し、貫太がキラキラとした目を向けてくる。確かに腕時計を見やると日付を跨いでいるようだが、先ほどの門?入り口からウチまで15分ほどの距離なので別に帰ることに問題はない。だがこの大きいキラキラとした目を向けられて断れる人が果たしているのだろうか。

「じゃ、じゃあお言葉に甘えようかな。っと着替えがないな…」

スーツのまま寝るのは忍びない。どうしたものかと思案していると

「客人用の寝巻きがあるからそれを使いなァ。なんなら一風呂浴びてくればいいさァ。」

「やったー!お風呂も一緒に入ろ!!こっちこっち!!」

最初とは打って変わって懐いている貫太に引っ張られながら風呂場へ向かう。中は龍鬼が入れるような大浴場になっていて、貫太と2人でのんびり浸かることができた。中で話したことは割愛しておく。用意された浴衣を着てから浴場を出ると寝床には既に布団が敷かれていていつでも寝られるようにしてある。朝早くから仕事に出ていて一日歩き回って疲れた身体を布団に沈めると一気に身体が疲れを感じ重くなる。気付いたら一瞬で眠りに落ちていた。

翌朝目を覚ますと見知らぬ天井だった。

「あー、昨日泊めてもらったんだった。」

そう独りごちり身体を起こすと違和感がある。ふと横に目をやると貫太が布団に潜り込んでいた。どうやら俺が寝た後、布団に入ってきて昨日は一緒に寝たらしい。あまりにも気持ちの良さそうな寝顔なので、起こさないようそーっと洗面台へ向かう。簡単な身支度を済ませたあと龍鬼のところへ顔を出すと、

既に龍鬼は起きているばかりか朝食の準備をしていた。白米、海苔、焼き鮭、卵焼き、味噌汁とザ日本食が3人分並んでいた。龍鬼の分に関しては白米がラーメン丼に盛られていた。添えられた緑茶が鼻腔をくすぐる。おそらくこの濃い香りは掛川茶だろう。

「おォハルアキ起きたかァ。飯にするから貫太を起こしてきてくれないかァ。」

そう言いながらテキパキと麦茶をグラスに注いでいる。言われた通りむにゃむにゃ言っている貫太を布団から引っ張り、先程の部屋へ戻ると朝食の準備が完了したようで

「さァ食べようかァ。貫太もしゃんとしなァ。」

そう言いつつ皆で手を合わせて食事を始める。思えば普段は朝ごはんを食べてる時間など無いので、コーヒーをのんだりカロリーバーを齧るだけのことが多いのでさながら旅館に来ているかのような贅沢感を味わう。俺より何倍も量があった龍鬼とほぼ同じタイミングで食べ終わり、片付けを手伝おうとすると

「座ってなァ。ハルアキはお客様だし仕事を引き受けてくれたんだァ。このくらいさせてもらわないとなァ。」

そう言い自分のお椀に俺が食べた食器を器用に重ねて下膳する。

「これが終わったらお札に関するメモを渡すからちょいとくつろいでなァ。」

そう言い龍鬼が部屋を後にしたのでお言葉に甘えて部屋に戻りくつろぐ。少ししてから食べ終わった貫太が食器を龍鬼の元へ持っていって戻ってきたので話をしながら身支度を済ませる。貫太の身の上話を聞いているうちに龍鬼も戻ってきた。手には巻物が握りしめられている。見てもいいか訊ねると首肯されたので巻物を開く。そこにはお札を貰う場所、貼る場所、注意事項などがかなりの達筆で書かれていた。場所はそれぞれ住所とその場所の特徴が書かれている。全て掛川市内のようだ。注意事項としてお札を貰う場所にいる“あやし屋”と名乗る店主がちょっと変わったヤツで意地悪をされると思うが無視しても構わないと書かれていた。

「ありがとう。気を付けるよ。じゃあ飯もいただいたことだし、ちょっと行ってくるよ。」

と声をかけて出ていこうとすると

「お兄ちゃんちょっと待って!僕が門まで送るよ!」

奥から貫太が慌てた様子で出てきた。手には貫太の顔を同じ大きさのサッカーボールを抱えていた。

「これから遊びに行くところだったんだろ?いいのか?」

「うん!お兄ちゃん一人だと里の中で迷子になりそうだし!…時間があれば里案内もしたかったなぁー。」

確かによく考えたら行きは真っ暗の中引っ張られるがままに進んだのでどこから来たのか分かっていなかった。

「そっか……ありがとな。また来た時にでも案内してくれよ。」

「うん…!うん!絶対だよ!約束だよ!!」

最初の怯えていた貫太を見る影もなく懐いている。

「では父上!いってきます!」

「あァ。しっかり遊んでくるんだァ。ハルアキも無事に帰ってこいやァ…っと忘れてたァ。これ持ってきなァ。」

と龍は着物の襟から手を突っ込んで何かを探している。

「これだァ。」

見せられたものは寺などにある鐘を5cmくらいにしたサイズのキーホルダーみたいなものだ。少し揺すってみたが、本物のように鐘の音は鳴らせないらしい。赤金の紐で編まれたストラップがキーホルダー感を増長させている。

「これはなァ。怪人様がこの里を作る時に持ってきた大きな鐘のミニチュアだァ。これには神聖な力が篭っていて、これを持ってる人間は里への出入りが可能になるんだァ。」

「怪人様が持ってきた大きな鐘?」

「そう言われてるんだァ。何のためかワシにはわからんが、今も零ノ門から出たところに置かれてるんだァ。ワシらの中では神聖な場所として余程のことがない限りは近寄らないようになってるんだァ。…それでもいつかハルアキにみせてやりてぇなァ。」

脳内に鐘が浮かんでんいるのか龍鬼は眩しそうに目を細めている。貫太は見たことがないのかきょとんとしている。

「今度見せてくれるのを楽しみにしてるよ。」

そう言い先程もらった鐘を失くさないよう胸ポケットにしまい、家を出る。外に出てみるとこの里の者達が生活を開始しているようで数は多くないが活気はあるようだった。当然人ではなく一つ目が多い。龍鬼と貫太にしか会ったことが無かったが、成人サイズの一つ目小僧も普通にいるようだ。他の種族としては番傘に一つだけ目が付いている唐傘お化けと一般的に類される者や、提灯に一つ目が付いている提灯お化けなどがいた。それぞれ赤色のイメージが先行していたが、ここの者達はそんな事ないらしく、正に十人十色の色合いだ。行き交う妖怪達は一瞬こちらを伺う様子を見せるが、「あぁ…龍鬼さんの客か…」と何かを納得し、視線を外していた。

「お兄ちゃんこっちだよ!!」

と再び引っ張られながら小路を抜けていく。まるで映画で見たことのあるような江戸の街並みのようでわくわくしてしまう。龍鬼の家から少し離れた場所では「に、人間…!」とざわざわすることがあるものの、その度に「お兄ちゃんがお札を貼りに行ってくれるんだって!」と貫太がフォローを入れて回っている。よく出来た子だ。もしかしたらこういうことも考慮して見送り役を引き受けてくれたのかもしれない。そうこうしている内に八ノ門と書かれた門の前に着いた。来た時には気付かなかったがこちら側からはちゃんとアーチ状の石門がかかっている。

「また遊びに来てね!!」

そう貫太が手をブンブン振りながら送り出してくれる。こちらも手を振り返し門を潜ると一瞬にして景色が急変する。見覚えの無いところに来たかと思ったがどうやら来る時に通った塀の隙間のようだ。幸いにして通りにも人がいないので不審者として通報されずに済む。早速お札を受け取る場所を巻物とスマホで照らし合わせる。掛川市北側の山奥でひっそりとやってるようなところかと思い込んでいたが、どうやら掛川駅からすぐ近くにある個人経営の薬局らしい。お札を貼る場所も簡単に調べてみたが、天浜線を使えば一日で回れるくらい主要部に集中しているようだ。ドライブがてらレンタカーでも借りようかと思っていたので少し拍子抜けだ。今いるところから20分くらいで到着するとスマホの案内に出ていたので、それに従って歩き出す。勝手知ったる駅前なので迷うことなく目的地にたどり着いた。駅から近くだったが、風景と化していてすっかり脳から抜け落ちていた。何度も通ったこともあるので不思議に思う。それは木造でできた古い建物で、床に木の板が立てかけており、筆で“あやし屋”と書かれている。その字も年所々掠れて読みにくくなっている。入口は擦りガラスの扉で出来ており、そのまま入っていいものか悩ませるが「すみませーん」と声をかけてガラス戸を開ける。中は見た目通りこじんまりとしている。端の方に朝鮮人参が漬けられている瓶などもあるが大概は市販薬で埋め尽くされている。正面にはカウンターが置かれており、その奥が居住スペースになっているようだ。暖簾の奥から少し畳が見えている。そんな風に辺りを見渡していると、奥から暖簾をかき分けて銀髪糸目の青年が顔を覗かせた。何故か上は甚平なのに下は7分丈のジャージを着ている。どちらもグレーだから問題ないとでも言わんばかりだ。

「おや、お客さんかい?珍しいネ。いらっしゃい。」

おっとりとした涼し気な声だ。

「龍鬼さんに頼まれて来た、と言えば分かりますかね。」

と小さい鐘を見せる。

「ああ!龍鬼さんの依頼かあ!どうもね。私の事はあやし屋って呼んでくれればいいよ。んーなるほどネ。それで、何が必要だって?」

「ここを訪ねればお札をいただけると聞きました。」

「お札?あぁー…アレのことかな?ちょっとまっててネ。」

と奥の方へ戻っていく。少ししてあやし屋さんが桐箱を携えて戻ってくる。

「これダース売りしてるから一箱12枚入りなんだけど何箱必要?」

龍鬼は10箇所に貼ってほしいと言っていたので一箱でも充分だ。

「一箱でお願いします。」

「毎度あり。1枚10万円だから1ダースで120万円ね。」

と手を突き出してくる。そういえばお金のことを考えてなかった。なんとなく受け取るだけだと思っていて、そんなお金は払えそうにないとあやし屋さんの顔を見ると楽しそうにニヤニヤしていて、そこでからかわれていることに気付いた。じとっと睨めつけると彼は降参したようなおどけたポーズをとる。

「あはは。ごめんね、君の反応が面白くてサ。」

と言って箱を手渡される。お礼を言って中を確認すると読めないほどの達筆で書かれた何かの背面に朱色の毛筆で鳥居が描かれている物が十二枚。調べる手段はないが本物だと信じるしかない。先ほどのことから信用ならないが。長居するとまたからかわれると思い、早々にお暇しようとしたが呼び止められてしまう。

「あーキミはなんでこんなことを手伝うンだい?メリットがないだろう。」

「一晩お世話になった龍鬼が困っていたから、ですかね。たまたま休日でしたし。」

「龍鬼が良い者かはわからないダロ?彼らは、君らとは違う。騙されて利用されているかもしれないヨ。」

「そうかな。確かに一晩しかいなかったし詳しくは分からないけど話をする限り人間と一緒だったよ。龍鬼が騙してるとは思えないな。」

一瞬またからかわれているのかもしれないとあやし屋さんを見るとこちらを値踏みするような視線を向けていたことに気付いた。やがてふっと表情を緩めて

「大丈夫そうだね。じゃあ頼んだよ。私も彼らの現状を憂いていたところだったンだ。」

表情からして本気のようだ。ふと思ったことを聞いてみる。

「こちらの世界で生活しているのであればあやし屋さんがお札を貼りに回ったら良かったんじゃないですか?」

そう言うとあやし屋さんが嘆息し

「そうしたいのは山々なんだけど、現状を知ってるからネ。迂闊にうろうろする訳にはいかないんだヨ…まあ龍鬼さんと知り合いならいいか。」

そう言うとポンッと音を立て、あやし屋さんの周りに白煙が舞う。煙が晴れた中から出てきたのは狐の耳と尻尾を生やしたあやし屋さんだった。

「なっ…ケモ耳…」

それはまさに狐色と言った色合いで、とてもふわふわしていて、触ったら天国へ誘われそうな毛並みをしている。

「妖狐ってやつだ。だからお札を貼って回ってたら妖怪攫いに捕まっちまうヨ。」

モフりたい気持ちを抑え真剣な顔で頷く。

「そういう理由ならしょうがないですね。俺が貼ってきますよ。」

「あぁ、頼んだヨ。」

そういうあやし屋さんはどこか嬉しそうで尻尾がパタパタと揺れている。伸ばしかけた手をグッと抑えて店を出る。先ほどの巻物をもう一回確認してスマホと照らし合わせる。一番近い門を調べ出し、順番にお札を貼っていくことにする。一つ目はここから歩いて15分くらいの駅前にある路地の隙間だった。そこを眺めていると、事前に場所を聞いているからか確かにこの場所があの場所に繋がっているような気がしてきた。とりあえず桐箱からお札を取り出し貼る場所を探す。具体的にどこへ貼るのか聞いてなかったなと迷っていると手の中のお札が門の方へ引っ張られていくような感覚を覚える。手を離すと突風が吹いたかのような勢いで門の中央付近の空間で留まったかと思えば、その空間から渦巻き状に消えていってしまった。これで貼れたということだろうか。妖力と妖力が磁石のように引っ張りあってくっつくのかな?とこの現状に毒された考えが浮かぶが、答えてくれる人はいないので考えを無理矢理頭の隅へ押し込み、次の場所へ向かうことにする。そうして一箇所目を貼り終えたが他のところも拍子抜けするくらい簡単に貼っていくことが出来た。掛川市内で土地勘も多少あったこともあり、スムーズに辿り着くことが出来たのも大きい。路地の隙間みたいなところが多かったが、神社から外れた細い道の裏、何故かいつまで経っても取り壊されない家屋のお勝手口、掛川城にある櫓の開かない扉にも門があった。九箇所貼り終えたところで時計は五時を指していた。真夏ということもあり、まだ日は翳っていない。十箇所目は掛川駅から五駅離れた細谷から少し歩いた路地にあった。ここで最後かとやや感慨深げに歩みを進めると背後からぞわりとした気配が漂う。振り向くとそこには浴衣を来た妙齢の男性が佇んでいた。その表情は険しく、怒気を孕んでいた。

「妖力の乱れがあると思ったら…お前、何モンだ?」

「お前に正直に言うことは無いね。お前こそ何者だ。」

ビリビリとするような空気で怒気が放たれているが龍鬼の圧に比べればなんのそのだ。

「まあ、粗方一つ目たちの仲間だろ。お前を攫えば良い値が付くに違いない。」

そういい彼は舌なめずりをする。それより聞き捨てならない発言があった。

「お前…もしかして妖怪攫いか?」

「ハハ。ご名答だ。それを知ってるということはどうやらお前は一つ目だな。どうやって人間に化けてるかは知らんが、身体に聞きゃいいだろ。」

やはりこの相対している男性は龍鬼たちから散々聞かされてきていた妖怪攫いのようだ。

「何を勘違いしているか知らないが俺は人間だ。」

「人間???ハハ。面白い。アイツらに肩入れしている人間がいるとは!!これは好都合だ。アイツらに協力した人間がどうなるか見せつけてやる!」

そう言うと妖怪攫いの身体の周りに黒い靄のようなものがかかる。それが一瞬で晴れると彼の姿が変貌していた。顔に付いていた二つの目の周りにもいくつか目が付いており、腕や浴衣の裾から見える足先にも目玉がびっしりと付いている。それを見て一瞬にして理解してしまう。彼は妖怪攫いにして妖怪である百々目鬼ということに。解放された力に当てられて、身が竦みへたりこんでしまう。そんな身体の横を一陣の風が掠める。背後を振り返ると妖怪攫いの手刀が壁に刺さっている。その腕に視線が行くと腕にあるいくつもの目がぎょろりとこちらを睨む。

「痛い目に遭いたくなかったらヤツらの里の場所まで案内しな。そうすればお前の身は助けてやるよ。」

妖怪攫いが身体を起こすので精一杯の俺に近付いて次いで言葉を投げる。

「相手が妖怪なら人間の姿の方がやりやすかったんだが、人間のお前にならこの姿の方がいいな。お前もわかるだろ。俺とお前の絶対的な力の差がな。わかったらさっさと情報を吐きな。」

そう吐き出す妖怪攫いの言葉を噛み砕き、一つの案が脳内に浮かぶ。危険ではあるがこのままでは逃げられそうにもないので危険を冒してでも試す価値があるだろう。

「なんだその目は。気に入らんな。さぁてどこから痛めつけてやろう。腕のひとつでも吹き飛べば大人しくなるかな!」

そう言うと腕に目がけて先程のように手刀を突き出してきた。咄嗟に避けようとするもそれは肩を掠め、一部が抉り取られる。身悶える激痛に歯を食いしばりながら身を翻し、ポケットから取り出したお札を妖怪攫いに貼り付ける。

「ん?なんだこれは?こんなもので俺を倒せるとでも思ったか?」

余裕そうな笑みを浮かべていた妖怪攫いだったが、お札が妖怪攫いの体内にしゅるりと入り込んで消えてからは徐々に険しい顔つきをしていく。また、それと同時に手足などに付いていた無数の目が収縮するように縮んでいき、やがて消えていった。

「な、なんだこれは!クソっ!クソっ!妖力が出やがらねえ!!おいてめぇ!何をしやがった!!」

激昂した妖怪攫いが俺の胸倉を掴み詰め寄る。揺すられるたびに肩の痛みが疼き、身体に力が入る。

「妖力を封じるお札さ。これでお前も俺と同じ人間だな。」

妖力を封じるという部分は想像とハッタリだ。事実妖怪攫いは妖力とやらを出せなくなっているので言い返すことは出来ないだろう。

「ちっ。まずはこれを解いてもらわねえと話にならねえ。次に会った時は必ずお前をぶっ殺す。」

そう言い、俺を地面に投げ捨て左頬に一発拳をいれると去っていった。1ダースでお札をくれたあやし屋さんに心の中で祈りながら痛む頬を擦り、何とか立ち上がりこの近くにある門へと向かう。十枚目ともなると手際が良くなってきたのかスムーズにお札を貼り付けることが出来た。後は龍鬼に報告するだけだな。と、痛む身体を引きずりながら鐘があったからかすんなりと門の中へ入っていくことが出来た。最初に来た場所と似ていたことで安心したのか、肩から止めどなく血が溢れていることもあり膝から崩れ落ちてしまった。

どれくらい意識を失っていただろうか。覚醒した時には身体がくの字に折れ、上下に揺れていた。どうやら担がれているらしい。

「ハルアキ起きたかァ。今家に着くからなァ。詳しく話を聞かせてくれェ。」

どこでどう見つけてくれたのか龍鬼が運んでくれているらしい。家に着いた俺は龍鬼に患部の手当をしてもらいながら事の顛末を話した。すると龍鬼が困った顔をしながら

「馬鹿野郎。無茶するなって言っただろうがァ。」

と言い、その言葉には一切怒気など含まれておらず、ただただ自分を心配している様子が伺えた。

「そうかァ。百々目鬼かァ。相手が人間ならと二の足を踏んでたがァ。妖怪なら話は別だァ。いくらでもやり方はあるはずだァ。ありがとなァ。ありがとなァ。」

「役に立ったようで良かったよ。ちゃんと出来てたみたいだな。」

「あァ。全部にお札が貼られているのを確認した。これでしばらくは大丈夫だァ。」

そうほっこりした顔をしたかと思うと龍鬼は胸元をガサゴソと探り、赤布の巾着を差し出してきた。

「これは?」

「これはお礼だァ。開けてみてくれェ。」

言われた通り開けるとなかには小判型の金塊がたくさん入っていた。この袋の中だけで相当の価値がありそうだ。

「いやいやいやいや!受け取れないよ!そんなお礼が欲しくてやった訳じゃないし!」

「まァ、感謝の気持ちとして受け取ってくれやァ。」

「貴重なものじゃないのか?…じゃあ1枚だけ!記念に1枚だけ貰ってくよ!友好の証みたいな感じで!」

「友好の証かァ。それはいいなァ。まァ、そういうことならそれで良しとしようかァ。」

押し問答があったがなんとか小判1枚に落ち着いた。これ1枚でもかなり価値がありそうだ。

「そうだ、この鐘のやつ返さないと…」

「それも取っときなァ。それがあればまた来れるさァ。」

「まあそういうことなら…」

と鐘のキーホルダーも貰ってしまった。

「そろそろだなァ。もう1つお礼があるんだァ。こっちも受け取ってくれェ。」

「もう1つ?そんな本当にいいよ!逆に申し訳ないし!」

「とりあえず着いてきてくれェ。」

と龍鬼はテーピングが終わった腕をぱしぱしと叩き立ち上がる。痛いんだけど!?と思いながら後をついて行く。

外に出るとすっかり辺りは薄暗くなっていた。遠くではまだ少し夕焼けが世界をオレンジに照らしている。

「あっちの方を見ててくれェ。」

龍鬼がそう指差す方向を向くと小高い丘のようなものがあった。

「何があるんだ?何も見えないけど…」

「そろそろだァ。」

龍鬼がそう呟くと不意に周りの軒下に吊るされている提灯が目に入る。赤い光がいくつも風に揺られとても幻想的だ。いつか後方席で見たアイドルのライブを想起しながら見とれていると、丘の方から何かが飛来してきていた。近くまで飛んできたそれを見ると、どうやらそれはから傘おばけに掴まっている一つ目小僧たちであることが分かった。様々な色のから傘おばけが赤い提灯に照らされて薄く光っているようにも見える。天の川を至近距離で見ているかのような美しさに身体の芯から震える。その中の一つからぶんぶんと手を振っている一つ目小僧がいる。貫太だ。他の一つ目小僧たちの見分けはつかないが、貫太は何となくわかる。

「良いもんだなァ。」

見せてくれた龍鬼も大きな瞳で空を見据え、満足気な表情を浮かべている。

「本当に綺麗だ。ありがとう。」

「ありがとうはこっちのセリフだァ。」

そう言葉を交わすと二人は無言になり空を見続ける。儚くも美しい夜の時間が静かに過ぎ去っていく。

一通りから傘達が丘と反対側にある空き地に着地した頃、龍鬼が口を開く。

「どうだァ。気に入ってくれたかァ?」

「ああ!とてもいい物を見せてもらったよ…っとそろそろ帰る時間かな。」

辺りはすっかり暗くなっており、提灯の明かりが頼りだ。

「そうかァ。もう帰っちまうかァ。人間社会の事情もあるもんなァ。」

笑顔で首肯すると足元にいつの間にかやってきた貫太が抱き着いていた。

「もういっちゃうの?」

「明日からまた仕事だからね。」

「また一緒にお風呂入ってくれる?」

貫太は別れが寂しいのかうるうる瞳を滲ませていて今にも泣きそうだ。

「また遊びに来るよ。これも貰ったことだし。」

鐘のキーホルダーを見せながら泣きそうな貫太の頭をぐりぐりと撫で付ける。貫太は約束できたことが嬉しかったのか大きな目をゴシゴシと擦り

「絶対また来てね!約束だよ!!」

と笑顔で見送ってくれた。

「百々目鬼との決着がついたらこっちからハルアキのとこに行ってもいいなァ。」

「…そりゃ大騒ぎになりますぜ一つ目親分」

冗談めかしてそう返すと龍鬼は嬉しそうな表情を浮かべる。

「ガッハッハッ!そうだなそうだなァ!また来るのを気長に待つとするかァ。」

突き出された大きい手と固い握手をし、俺はこの場を後にした。一度通った道を帰る。辺りは薄暗いが提灯の明かりが灯されているので心配は無さそうだ。真っ暗な空を見上げ、例え目が一つだろうと二つだろうとこうして手をとりあえたのだ。いずれ百の目があろうと仲良くなれる未来がくるのだろうかと夢想しながら再び門を潜った。

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