表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

有能マンが転生したら無能だった

作者: 白来婆

唐突に前世の記憶が蘇ったのは、10歳の頃だった。

理由はわからないが、他人の人生を経験した実感がある。


その人生では勤勉に学び、努力し、社会へ貢献し、幸福を目指して生き抜いた。

歴史に名を残す程ではなかったが、それなりに有能な人物だったと周りからは評価を得ていたと思う。死んだ時の未練が全く無かったわけではないが、それでも納得できる人生だったと思いながら、幕を下ろした。


記憶の渦に飲まれながらぼーっとしている。


記憶を取り戻す前の自分には、きっと戻れないだろう。性格や趣向も変わってしまった。熱中していたゲームよりも、今は色んなことを学びたい。友達や家族に対してどう向き合えばいいだろう。今ある関係性は間違いなく崩れる。孤独になってしまうかもしれない。


それでも自信があった。1番大事なものは前世で培った。全ては心持ち1つで変わる。常に向上心を持ち、他人を思いやる。面倒だからと苦労やリスクを避けず、たくさん挑戦すること。

たとえ自分に才能が無くても、諦めない根性さえ有ればたいていはなんとかなるものだ。


前世の記憶があるということは、もしかしたら何か成すべき天命があるのかもしれない。大丈夫、きっとそれを見つけてみせる。


当初はそう思っていた。










最初に違和感を覚えたのは"会話"だった。

まず相手の言っていることを理解しにくい。言葉が耳に入っていき、それを脳が認識するまで数瞬のタイムラグがある。まだ理解しないうちに次の言葉が入ってくるため、取りこぼすことが多かった。何秒か前に相手が喋っていたことが何だったのか思い出せないことがよくあった。まだ子供のせいなのか?と考えたが、それが治ることは一生治ることはなかった。以前はもっと明瞭に相手の話すこと、自分の話すことが太いパイプのようにつながっていたはずだ。

話す能力も落ちていた。何かを質問されたとき、質問が何かを理解し、回答を考え、それを言葉にする、という作業に酷く手間取った。説明する、言葉にするとなると、何も思い浮かばない。リアルタイムのコミュニケーションでは速度についていけず、他人から責められることが多かった。


辛いことだがまだ人生を諦めることはしなかった。会話をする能力が低いのはかなり残念だが、他の領域であればまだ見ぬ才能が眠っているかもしれない。もしくはなんの才もなくても、努力でなんとかしてみせる。学生時代まではそう思っていた。


社会に出ようにも正式に雇ってくれるというところはなかった。ことごとく面接で落ちた。安い時給のバイトで食いつなぐ。うすぼんやりした前世の記憶を今と比べて落ちる。


無能なやつは努力が足りないのだと思っていた。信念や気力、精神力の差しかないと、本気で思っていた。それをやらないのは性根が腐っているからだと決めつけていた。


頭の良い人に、もっと他人を思いやれと言われた。

そういえば、前世で大事にしていたような気がする。具体的にはどうすればいいのかわからなかった。


相手のことを思いやるとは、どういうことなのかと聞いてみたことがある。自分がもし相手の立場に立ったらどうするか、どう思うかを考えることなのだそうだ。自分は相手ではないのに、どうすれば相手の立場になった時のことを考えられるのかと聞き返すと、やろうとすればできるだろうという返答があった。

頭の良い普通の人は通常、相手のことを思いやるための脳の回路が存在しているらしい。


思考停止をしながら、ぼんやり日々を過ごしている。

頭の良い人達は常に考え、常識を疑うことができるらしい。

確かに前世ではそうしていたような気がする。今の私には言葉の意味すら分からなかった。


あいまいに生き、死との境もわからない。

身体は自動運転に任せ、その日を乗り切る。苦しい。

全てがあやふやで生きているか、死んでいるかもわからない。何を食べて、何を見て、何を聞いているのか。

しかし、胸の苦しみだけは本物で、早くなくなれと祈るばかりだった。


胸の中央に剣が刺さっている。大きくて太い剣。騎士が持つバスタードソードのような形をしている。身体が貫通しており、背から先端が飛び出ている。ずっしりと重くバランスが悪いが、なぜか体から抜け落ちない。

刺さったまま一歩、また一歩と進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ