相棒の〇〇さん
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本部のオペレーションルームである。カタカタカタカタッと小気味よくマシンのキーボードを叩いているのは○○だ。俺は生真面目な○○のことがえらく大好きだからいつか抱きたいと思っている――なんて考えていると相棒の○○さんに後頭部を小突かれてしまった。相棒は心が読めるのだ。
俺は顔をしかめながら煙草の先端に火を灯した、アメスピのメンソール。以前のエメラルドグリーンのソフトパックが好きだった――なんて言ったら相棒になおも頭をどつかれそうな気がする、実際、そうだった。俺のつまらないこだわりを無下にする。相棒にはそんなくっだらねぇところがある――死ね。
「この馬鹿ぁっ! 女を抱きたいなら私を抱けばいいじゃないっ!」
「だからっ、そんな話誰もしてねーよ! べつに○○を抱きたいとか、そんなこと、思ったわけじゃねーしよ!!」
「だったら○○ちゃんのこと、どう思ったの? 彼女、メチャクチャ美人だよ? きっとアソコもメチャクチャエロいんだよ! とろっとろなんだよ?」
「かもしんねーけど、アメスピよりは!!」
「アメスピよりはなによ! なによ!!」
「俺はおまえ以外、抱くつもりはねーよ」
すると○○さんはきょとんとした顔になり。
「それ、本気?」
「当たり前だろうが、二回も言わせんな」
○○さんは一瞬、気難しい顔をすると、それからすぐに笑みをこぼした。
「わかった。信じるっ!」
「最初からそう言ってろ、ばーか」
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まだオペレーションルームにいるのである。現状、次の案件が直滑降で来ていることはない。だったらいましばらくは○○の相手をしてやっても――いや、それは失礼だな。○○はあらゆるデータを得、突き詰めることにことのほか長けているのだから。尊敬の限りである。その旨、疑いようがない。
「で、どうするの、○○ちゃん。来るの?」
○○さんがそんなふうに訊ねると、○○は「行きます!」と勢い良く声を上げた。
「得することなんてないよ?」
「ですが、○○さん。私だって現場に慣れないと」
○○さんは「そりゃそうだ」と笑った。○○さんは「だったらとっとと行こうよ。現場、割れてるんでしょ?」と続けた。
俺は反対だった。
「俺たちが行く分にはかまわねー。けど、○○ちゃんを連れるには反対だ」
すると○○が「鍛えてください!!」と大きく一言。
「だったらまぁ、そうしてやるしかねーな」
俺は仏陀のごとく寛大である。
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「うーん、ちょっとまいったな」
俺はいっとうの街の路地裏にてそう述べた。右手には九ミリ――どうやら囲まれたらしい。準備不足だったとでも言うべきだろうか。だとしても、まあいい。このくらいの窮地はいくらでも切り抜けてきた。重ねてになるが○○だって無能ではない。とはいえ、だったらどうしたものか……。
「○○さん!」
「なんだ? つーかでけー声出すな、○○ちゃんよぅ」
「私がおとりになります。そのあいだに逃げてください!」
「なっ!」
馬鹿!
何の策もなしに怖がって引っ込んでるわけじゃねーんだぞ!
少し離れた位置にいる女傑の○○さんからのインカム。
「ばっか、あんた! どうして○○ちゃんが飛び出したの!!」
「知るかよ、馬鹿! 知らねーよ、馬鹿!」
「フォローしな!」
「おまえもしろよ!」
「わかってるよ!」
「だったらとっととしろ!
「オーライ!」
「こっちもオーライだ!」
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俺が銃弾をこさえた上で身体中に浴びたのは「例のごとく」と言ったところだろう。そのへんすばしっこいので、俺の相棒たる○○さんは無傷だった。だったら良かったのだ。俺の身体は人一倍頑丈に出来ている。そのへんの銃撃でへたれるかってんだ、くそったれ。
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本部のオペレーションルーム。薄暗いというかほぼ真っ暗というか、そんな中で○○は今日もマシンを使って情報収集にご熱心だ。
あちこちを包帯で巻かれたままの俺は、○○に「よっ」と右手を上げてみせた。○○ちゃんはぱたぱた駆けて近づいてくると、いまにも泣きだしそうな顔をした。
「ごめんなさい、○○さん、ほんとうにごめんなさい……」○○はしくしく泣きだしてしまった。「私が出てしまったせいで、ご迷惑をおかけしてしまいました。ほんとうに、ごめんなさい……」
「それはおまえ、俺が怪我しまくりだから言ってんのか?」
「えっ?」
「仮にそうだとするなら気にすんな。俺は沈まねーよ。頑丈だからな」
「でも……でもっ」
「気にすんな。じゃなきゃゆるさねー。俺たちはそういう関係なんだよ」
「……はい、はいっ、わかりました」
「○はそのへん、すぐに忘れそうになんのな。だからこそ気にすんな。だったら楽しいことになんぜ、これから先も」
俺はにっと笑うと、○○の頭をぐしぐしと撫でてやった。すると○○は目線を視線を強くした。「がんばります!」と元気良く言うあたりに好感が持てた。もともと強い女なんだ。さすがは元自衛官、根っこはちゃんとできてやがる。
がんばろうぜと言い、グータッチのポーズ。
○○きちんとは応えてくれた。
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本部から出ようと――地下駐車場に出たところで、俺の相棒たる〇〇さんが待っていた。とっとと帰ってくれてもよかったのにと思ったのだけれど、「やっほ相棒、用事は済んだ?」などと言われると、ああ、こいつはそれはそれでかわいい奴なのかもしれないなと思い知らされてしまった。
「あたしね? ときどき思うんだ」
「なにをだよ、○○さん」
「あんたって頑丈じゃん?」
「そりゃそうだ」
「だったらもっと盾にならないとね。わかってる?」
俺はにぃと顔を歪めるようにして我って、わかってるよとなおも笑んだ。
「守ってやんよ」
「誰を?」
「おまえも○○も守ってやる」
○○さんは心底おかしそうに笑った。
「やめなよ、そんなの。誰も得なんてしないんだからさ」
「俺には俺の美学がある」
「それって女を守ってやるってこと?」
「知るかよ、馬鹿。そんなの知るかってんだ、馬鹿」
○○さんが真っ向から抱きついてきた。なにせ俺は体幹がしっかりしているので容赦なく抱き止めた。俺は強い。強いからこそ、弱い奴の盾になってやるんだ。
「なあ、○○さんよ」
「なあに?」
「俺の考え方は、間違いだと思うか?」
「あんたの考えって、それこそ弱い奴を守るってこと?」
「ああ。俺にはそれができると思うか? ……ときどき、わかんなくなる」
○○さんは俺に抱きついたまま、耳元で、「間違ってないよ。だから安心しな」などと呟いた。
「でもな、○○さんよ」
「あんたが揺らいじゃったら、私が揺らいじゃうよ。だからいまの自分を信じていてよ。お願いだから、お願いだから」
○○さんに強くキスをしてしまった。
そんなことするつもりなんて微塵もなかったのに。
そのへん、さすがは〇〇さんの魅力あってということなのだろう。
「ビッグキスだね」
「そんな言葉、初めて聞いた」
「愛してよ、愛してるから」
「わかってるよ」
天井を仰ぐ。
駐車場の白いコンクリートはえらく無愛想だ。
俺は○○さんのことを抱き締めながら前を向く。
ああ、そうだ。
まだ何一つ、終わっちゃいない。