君の……おかげで、最後に……
……もうすぐ、もうすぐだ。
もうすぐで、俺の、柿沼慎二の長かったプロ野球人生が終わる。
大卒でプロ野球界に入ったとはいえ、長かったなぁ。
よく、42歳まで続けられたな。
名古屋リュウジンズに入るも、育成契約で、全く注目されてなかった。
でも、支配下を目指して猛アピールした。
そして、支配下を勝ち取って、長い間外野のスタメンに居座った。
FA権も取ったけど、ここまで使ってくれる球団に感謝して、残留した。
……だけど、身体の衰えや期待の若い選手の登場で、いつしかベンチスタートが多くなった。
そして今シーズンも、あと少し。本拠地のナゴヤ大ドーム最終戦で、引退試合をしてもらえることになった。
俺は、引退試合に向けて、トレーニングに励んだ。
今日も、街でランニングだ。
日課のランニングをしていた。
……すると、
「……あっ、あろ!」
「ん?」
少し喋り方に違和感がある男の子が話しかけてきた。
「どうしたのかな?」
俺は首を傾げる。
「……るうじんずろ……わぁん、でぇす」
その男の子はとても興奮しながら、何かを伝えようとしていた。
俺は不意にその子のリュックサックに目が入る。……すると、
『SHINJI KAKINUMA 3』
俺の缶バッジが付いていた。
ここで、俺は2つあることに気づいた。
この子は、俺のファンで、耳が聞こえないんだ!
それに気づいた俺は、スマホを取り出し、メモアプリを開いた。
「もしかして、俺のファン?」
と書いたメモを見せる。
男の子は嬉しそうにうなずく。
「いつも、応援ありがとうね!」
メモを見せる。
男の子はうなずく。
「何か、俺に伝えたいことある?」
というメモを見せ、スマホを渡す。
すると、
「僕は、つよしです。この缶バッジに、サインください!」
と返してきた。
俺は笑顔でうなずく。
そして、缶バッジに、
「つよしくんへ」
名前付きでサインをしてあげた。
そして、
「引退試合、頑張ってください! できれば、最後にホームランお願いします」
とメモを見せて、俺にスマホを返した。
俺は、つよしくんとグータッチを交わした。
そして、遂に引退試合の日が来た。
「場内のお客様にお知らせです。本日の試合は、柿沼慎二選手の引退試合です。柿沼選手の現役最終打席では、来場時にお渡しした応援ボードを掲げながら、応援お願いします」
そして、仲間たちと円陣を組む。
「今日は、柿沼さんの引退試合です。絶対勝って、柿沼さんを男にしましょう! いいですか! 行くぞ!」
「おう!」
今のリュウジンズのキャプテンが、そう掛け声を上げた。
さぁ、試合開始だ。
俺は、ベンチスタートだが、みんななら、いい感じに試合を作ってくれる。
試合は、両チーム0点のまま、後半戦へ。
……しかし、8回表。
この回から、先発ピッチャーがマウンドを降りて、リリーフピッチャーが出てきた。
だが、その途端に打たれ始めた。
1アウト満塁、
「うわぁ、打たれた」
思わずベンチで口に出してしまった。
2点タイムリーヒットを打たれた。
その後は、何とかダブルプレーでしのいだ。
……8回裏、そろそろか。
この回の先頭バッターが、バッターボックスに向かった。
俺はこの時、ネクストバッターズサークルに居た。
この回が現役最終打席だ。
「打ちました! ヒットになった! レフト前ヒット。さぁ、ここで監督出てきました。代打です。本日の主役、柿沼慎二、現役最終打席です」
「9番、佐藤に代わりまして、バッター、柿沼慎二! バッター、柿沼! 背番号3」
登場曲が流れ、スタジアムDJがそう言ってるのが聞こえた。
……絶対打つ。そして、あの子にいい報告を!
俺は、バッターボックスに立った。
さぁ、来い!
「さぁ、ピッチャー振りかぶって、第1球を投げました!
初球はアウトコース低めボールです。よく見ました。
第2球を投げました! 打ちました、ファウル! 153キロのストレートです。
第3球、投げました! 打ちました、これもファウル! ドームのお客さんは、柿沼の応援ボードを掲げてます。
柿沼は、大学から育成で入団しました。最初は、苦しい時期もありましたが、支配下を勝ち取り、背番号は1桁の3。リュウジンズの大スター選手にまで成長しました。
さぁ、有終の美を飾れるか、
第4球を投げました……打ちました!
大きな当たりだ! センターバック! 入ったぁぁぁ! 柿沼の最後は、同点の2ランホームランで締めくくった!」
俺は、打った瞬間確信した。これは、いった。最後に、チームにいい置き土産ができた。そんなことを考えながら、ダイヤモンドを一周した。
スタンドは大盛り上がりだったのが見える。
しかし、その後は9回表に勝ち越しタイムリーを打たれ、試合は負けた。
……でも、俺は満足だ。
そして、引退セレモニー、
過去の俺の映像が流れたり、花束をもらったりした。
「続きまして、柿沼選手より、ご挨拶がございます」
俺はスタンドマイクの前に立つ。
「今日は、僕のためにこんな機会を用意していただきありがとうございます。まさか、最後の打席でホームランを打てるとは、思いませんでした」
俺は、ここまで現役生活を続けられた感謝の気持ちを、ファンと球団に伝えた。
そして、
「今日はもう1人、感謝の気持ちを伝えたい人が居ます。この前、ランニングをしてる時に、耳が聞こえないファンの男の子に呼び止められ、文字で会話しました。その時に、できればホームランお願いします。と言われ、本当にホームランが打てました! なので、手話で感謝の気持ちを伝えたいと思います」
そう、俺はこの日のために、ちょっとだけ、手話を練習した。
つよしくん、観てるかな?
「君の……おかげで、最後に……ホームランが……打てたよ……ありがとう!」
俺は手こずりながらも何とか伝えた。
観ててくれたら、いいな。
えっ!? これって僕のことじゃん!
返さないと!
「どう……いだい……まいで」
僕は、テレビの前でしっかり手話で返した。
……あぁ、良かった。妻が手話をマスターしてて。
俺は、いつも支えてくれてる妻にも感謝した。
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