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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

慣れの果て

作者: 原井 太陽

グロいのが苦手な方には、あまりお勧めしませんがミステリー・ホラー好きには、最後まで読んでみてほしいです。

「はぁー。やっぱり女は素手で殺すのがいちばんだな。」

死体を殴り終えた腕にこびりついた返り血を念入りに水で洗い流しながら満足げに呟いた。部屋にはまだ生温い空気がうっすらと残っている。足元を見れば、ついさっきまで楽しく会話やら食事やらをしていた女の成れの果てが転がっていた。ほんの数分前までは表情豊かであった彼女も今となっては表情が分からないほどぐちゃぐちゃの顔になっている。頬にはバタフライナイフの刃が見えないほど深く刺さっている。人間はなんて脆く儚いのだろうか。足元の死体を見つめながら思った。今となっては死体が目の前に転がっているというこの光景も見慣れてしまった。町中でバイクの二人乗りを見かける程度のもので特に驚くといったともない。少なくとも自分の中で非日常ではないのは確かだ。


初めて自分が人を殺めたときは、うっかりだった。大雨の降る深夜に、周りに田んぼしかない見晴らしの良い道を、うとうしながら軽自動車で走っているときに老人を撥ねてしまった。(正確には老人がふらっと車道に飛び出してきたということが後から見たドライブレコーダーに記録されていた。)ドンという鈍い音と段ボールがぶつかったような衝撃が車内に響き渡った。老人の方は車に弾かれ近くの電柱にぶつかった後、上半身だけ田んぼに突っ込んだ姿勢になったようだった。そんなにスピードは出ていなかったはずなのでまさか死んではないよなと思ったが、自分が殺人犯になってしまわないか心配で急いで車を降り、「大丈夫ですか。」と声をかけた。しかし、期待とは裏腹に返事も呼吸も無く、素人目からも死んでいるのが分かった。人間の死体が眼前に転がるという普通に生きていればまずありえない光景にパニックになったものだ。それと同時に人間の儚さや脆さを痛感した。さっきまで道を歩いていた老人が大量の血を流し、どろんとうつろな目をして、無機物へ段々と変容していく様はどこか美しささえ感じた。


バタフライナイフを顔から引き抜くと、用意しておいた車に死体を運ぶために腕を体の背中の下に滑らせ、持ち上げた。学生の時、バイトで古着屋のマネキンを運んだのが思い出された。心底どうでもいいことを考えながら家の近くに止めていた軽トラまで運んでいると、死体のズボンのポケットからポロっと何かが落ちた。ピンクのブランド物の革財布だった。

「そういや名前なんだったかな。」

いつもは全く気にならないのに今回だけは急に殺した奴の名前が気になって、身分証とか名前が分かるものが入っていないか中身を確認した。一枚のクレジットカードを見つけた。

サヤマ ヒカル の文字が目に入る。

「ああ、そうだった。自分と下の名前が同じだったな。」

名前同じですねという女の声が彼方の記憶から呼び起こされた。仕事の打合せで初めて会ったときの自己紹介の時にこんな無駄な会話をした気がする。

なぜこんなことが気になったのか自分でもわからなかった。財布をポケットに戻すといつも通り、死体を大きめのごみ袋で覆い、さっさとガムテープで薄いブルーシートを巻き、最後に濃い緑色の寝袋に足から入れた。山に捨てるには、寝袋が一番目立たない。木々の色に紛れて人々の目に留まらなくなるからだ。軽自動車のトランクに立てかけるて乗せるとエンジンをかけていつもの山へと車を走らせた。


自分は都会育ちだが昔から山や自然が好きだ。子供のころから緑の生い茂る光景を見るとなぜかとても心が落ち着く。特に親の実家付近にあった日没後の真っ暗な森が大好きだった。夜風に揺れる木々のさざめき、暗闇に飲み込まれ、この世界に自分しかいなくなったような感覚。夜の山には自分の好きがすべて詰まっていた。そして何よりも虫を潰すのに誰の目も気にしなくていいことが最高だった。生息するありとあらゆる虫を足で踏みつぶしたり、手で引きちぎったりした。生きていた虫が透明な液体をバラまきながらゆっくりと、動きを止め、最終的にはそこら辺の石や落ち葉と変わらない無機物になる瞬間がたまらなく好きだった。特にムカデはちぎってもしばらく動いているのでどれくらい時間が経てば動かなくなるか時間を計ってみたこともあった。夏休みの自由研究のために飼っていたクワガタも観察日記を書き終え、クワガタ自体が必要なくなると親に隠れてこっそり足をもいだりして殺したりもした。中学生になり部活やら受験やらで虫で遊ぶ時間は激減したが通学路に虫がいるのを見かけるとつい遊んでしまいたくなった。大学生になると長く住んでいた東京を離れ、大学が群馬にあるため、引っ越した。自然に囲まれて生活したいと思い、家も最寄駅から車で三十分ほどの物件にした。山奥に一人で住むのは危ないと猛反対する両親を何とか説得して山奥の家に一人暮らしを始めた。住み始めたころは、すぐにお湯が出なかったり、近くにコンビニが無かったりと都会では当たり前にある便利さや快適さはなかった。しかし、面倒なご近所付き合いや人目を気にせずに生活できること、さらに家が広く家具がたくさん置けることは大きな利点だった。なによりも自然に囲まれ、スマホのアラームでなく朝日と小鳥の囀りに起こされる最高の環境からは離れられなかった。


軽を登山道入り口の駐車場に止めると、後部座席に載せた寝袋を地面に下ろし、登山用リュックに詰め込んだ。もし人に見つかった場合もリュックに入れておけば、かろうじて言い訳ができるかもという安易な考えではあったが、実際に持ってきてみれば寝袋だけよりもかなり運びやすかった。右腕の腕時計を見るともう十二時を回っていた。

「時間ねえな。」

明日は朝から仕事があるから、さっさと終えて早く帰りたい。この馬鹿みたいに重い荷物を処理しなければ。適当に道端とかに放置しておくか。いや、今回は穴を掘って埋めよう。天気予報をスマホで確認したが幸い雨は降らなそうだ。今回殺したサヤマはうちの会社と取引している会社の奴で三つぐらい年下だったはずだ。そんなことはともかく、警察に気づかれないように念入りに行動しなければ。田舎だし、周りに人もいないはずだから捕まることはまずないと思うが、万が一にも疑われたりしたら生活に支障が出るから困る。結局、簡単には見つからなそうな場所として山道を少し入ったところの斜面にリュックごと埋めることにした。スマホのライトを頭につけながら持ってきたシャベルで淡々と穴を掘り進める。土が思いのほか湿っていて地面が滑りやすく、体も何となくだるい。その疲れからか思うように手が進まない。いつものことだがこの死体処理作業のほうが殺人よりも体力を使う。片付けの方が大変だなんて思いもしなかった(そもそも人を殺さない常人は考えもしないだろうが)が自ら進んで人を殺すようになってからは後片付けをどうするか、具体的にはどういう所と方法ならば死体を見つからずに隠せるかを常に考えるようになっていた。最初の死体処理(事故)の時には焦って、警察に通報するか数分悩んだ結果、すぐそばの田んぼに落として埋め、隠し通すことに決めた。こうすれば見つからずに済むと思ったが、数日で見つかってしまったらしい。テレビの地元ニュースでもそのことが軽く報じられていた。幸い犯人の特定どころか事件として扱われるには至らなかったようで、酔った老人が誤って田んぼに落下し、窒息死した事故として報道されていた。それを見て、いくら田舎とは言え、警察とか鑑識も適当な仕事をするんだなと思った。


穴を掘り終えて、リュックごと埋めるころには二時になろうとしていた。軍手をしていたのにもかかわらず真っ黒になった両手を見て、えも言えぬ達成感を感じた。これでしばらくは安泰だろう。ようやく大きな仕事を終えて、帰宅途中の車の中で缶コーヒーをすすりながら今週の殺人までの流れを思い返していた。


始まりは仕事の打ち合わせをしていたらサヤマの方から食事に誘ってきたことだった。先週の四度目のオンライン会議の時の終わり際に、

「日立さん、今度の水曜の昼って空いてます?」と聞いてきた。

「うん。空いてるけど、なんで。」

「最近ウチの会社の近くに新しいパスタ屋さん出来たんですけど、なんかお洒落すぎて一人じゃ入りづらい雰囲気でして…。ほら日立さん、自炊でパスタ作ってるって言ってたからいいかなと思って。」

なんて気弱な女なんだと思った。そもそも、一人で来た客のことなんて誰も気にしていないだろうに。そんなとこぐらい大人ひとりでいけなくてどうすると内心突っ込みを入れつつも

「あー。そういう店あるよね。いいよ、行こうか。」

と快諾したような言い方をしておいた。

相手はさも嬉しそうな表情で

「じゃ忘れないでくださいね。時間はあとから連絡するので、それでお願いします。」

サヤマはそう言ってその日の打ち合わせは終わった。


水曜日、駅前で一時ごろ待ち合わせをした。サヤマは十六分遅れてきた。

「すいません、遅れて。仕事長引いちゃって」

「ああ、全然気にしないで。ランチの時間終わっちゃうからさ。早くいこいこ。」貴重な自分の時間を削られた上に、向こうが指定してきた時間に仕事を切り上げることもできないのか、事前に一言ぐらい連絡するのが普通だろと内心穏やかではなかったが外ではいい人で通しているのもあり、無難だと思われる返しをしておいた。

駅から歩いて数分の場所に例の店はあった。決して広いとは言えないが小綺麗な店内には数人いる程度でほとんどが女性客だった。これだったら比較的背の高い自分だってひとりで行ってもたいして目立たないが、わざわざ一人で来たいと思うほどの店ではない。店内には観葉植物がところ狭しと並んでおり、木製の楕円テーブルの端にはメニュー表の近くに小さなサボテンがおいてあった。このサボテンが邪魔で、料理が運ばれたときに水のグラスの置き場に困ったのでそれをどかした。サヤマは机の狭さもお構いなしに

「こういう小さい置物とかもなんかおしゃれでいいですよね。」

などと抜かしていた。たいして美味くもまずくもないパスタを食べながら、サヤマの性格についてぼんやりと考えていた。こういう間の抜けた女は好きじゃない。何も考えずぼんやりとした雰囲気でのほほんと暮らしている感じだ。パスタもスプーンを使わずに、すすりながら食べている。こういう大雑把で女性らしからぬ振る舞いが目に付く。それでいて一人で飲食店にも入れないようなあたり、変に気弱なのだから余計に気に障る。段々と苛立ちに似た殺意がじんわりと腹の下あたりに広がっていくのを感じた。


食事中は、学生時代の話になって互いに自分の今の職に就くに至るまでの経緯とかをだらだらと話した。自分の学生時代は、アパレル関係のバイトをやっており、その後は群馬にある家具の会社に就職した。特にやりたい仕事は無かったが、大学でデザイン学科だったこともあり家からも近かったのでそこでいいやと就活は頑張らずに適当に就職した。今はアラサー目前のデザイナーとして椅子やテーブルのデザインを担当していること。最近までは新しい椅子の構想もひと段落着いたので趣味の登山を再開するようになっていたことなども話した。

「へえー。日立さん、登山が趣味なんですね。なんか意外だな。」と今まで静かに聞いていたサヤマは口を開いた。

「そうかな。別にそんな変な趣味じゃないと思うんだけど。」

「いやだって見た目が結構細いっていうかシュッとしてるし、肌も白いからあんまり運動とか好きじゃないのかなぁなんて思ったりして。」見た目だけで判断する安直さは呆れたものだ。

「肌が白いのは日焼け対策をしっかりしてるからだよ。登山は案外気持のいいものだよ。今度一緒に登ってみようよ。」と笑顔で全く思ってもいない提案をサヤマにしてみる。

「あたし、虫苦手なんですよねえ。結構多いじゃないですか、山の中って。」何を言ってるんだこいつは。虫がいるからいいのだ。まるで良さを分っていない。ことごとく趣味の合わない女だ。同じヒトでもここまで趣味も性格も合わないのか。心の中で愚痴が止まらない。

「そういえば日立さんのデザインした椅子って自宅にもあるんでしたっけ。」サヤマのあまりにも急な話題転換に愚痴が向こうに届いてしまったのかと驚いた。

「あるにはあるけど…。」サヤマの言っている椅子とは、初めて自分がデザインした椅子が実際に商品化したものを指しているが、背もたれが小さく先端が二つに割れていて、脚を六本にして色を濃い茶色にするというカブトムシをイメージした奇抜なデザインのためか、あまり売れなかったので仕方なく店で余ったものを家に置いている。自分としても遊び半分で考えたデザインだったため、何故これが商品として作られるようになったのかいまだに疑問であった。サヤマは家具の小売店に勤めていて、在庫の余っていたこの椅子を気に入ってくれたらしく、今度のモデルルームの展示でその椅子を使いたいと言うのだ。

「今度見に行ってもいいですか。私のレイアウトの仕事の参考にしたくて。」

「でも今、家散らかってるからすごい汚いよ。それにデザイン見るだけなら図面とか残ってるし、それあげるからさ。」

「いや、実際にどんな風に配置されてるのかとか使われ方も見てみたいんですよ。なんとかお願いできませんか。迷惑はかけませんから。」サヤマは何としてでも家に行きたいと懇願するような眼差しをこちらに向けた。

時々サヤマは強引になることがある。打ち合わせ会議の時も部屋全体の色味の話になったときに「絶対この壁の色はベージュがいいですって。」と譲らなかった場面があった。人の気持ちをあまり考えていないんだろうとも思うし、自分の考えが一番いいと思ってそうなところも気に食わない。よし、この際だから招き入れて自分の家でこいつを殺そうと決断したのはこの時だった。そうと決めると、どのように殺すかアイデアが急にいくつも浮かんできて、日曜日が段々と楽しみになってきた。

「わかったよ、わかった。じゃ日曜までに家掃除しておくからさ。夜まで居られるならここよりおいしいパスタをごちそうするよ。」と仕方なくこちらが折れたという反応にしておいた。

「ほんとですか。やったぁ。あたしもおしゃれしていこっと。」この間抜け女が動かなくなる瞬間を想像して、気持ちが昂ってきた。

「ていうか日立さんがそんなにニコニコしてるの初めて見たかも。」そんな風に見えていたのか、心の声が聞こえたのかと一瞬焦ったが、

「家に人招くなんて久々だからね。どういう家具の配置にしようか考えちゃって。せっかく見に来てくれるならさ。」と相手が納得しそうな言い訳を適当に繕った。

サヤマと店を出て別れた後、会社に戻ったが、頭の中は日曜のことでいっぱいだった。その日は仕事が進まなかったことを上司の三浦に怒られながら退社した。



そして、今日の日曜日に至る。三時頃に自宅の最寄り駅で待ち合わせをした。こちらが駅から車で送ることをあらかじめ向こうには伝えておいて、軽自動車で駅まで向かった。車どおりは少なく、案外すんなりと着いてしまった。なんとなく長く待つことになるなと思ってコンビニで買った缶コーヒーを飲んでいたら案の定、サヤマは約束の時間から十六分遅れてきた。

「遅れましたー。結構待ちましたか。今日は髪、結んでるんですね。いつもと違って新鮮です。」と反省の色も一切見せずに、大きな紙袋の荷物とメッセンジャーバッグを持って、駅前に止めていた軽自動車に乗り込んできた。黒のTシャツに薄茶色のロングスカートに、薄手のカーディガンを羽織っていた。ブランドは全く見たことのない服でとても高価なものには見えなかったが、かなり似合っているように見えた。前々から思っていたが、サヤマは何もかも自分と合わないが、服のセンスだけは敵わない。何を着ても大体の服が似合ってしまう顔とスタイルをしている。

「ううん、こっちも今着いたとこ。荷物預かるから乗ってて。」と言ってサヤマの荷物を後部座席に置いた。この際、遅刻なんてどうでもいい。早く家に行って諸々の準備を進めなければ。車を発進させるために後ろを確認しようとした時ふと、後部座席のサヤマの荷物が目に入った。人の家にただ遊びに行くには、やけに大荷物だとも思ったが、あまり気にしないでおいた。


家に着くと、サヤマはパンプスを脱ぎ棄て「お邪魔しまーす。」と言うや否や、すぐさまスマホを取り出し、部屋の中をパシャパシャと撮影しだした。小学生でも、もう少し礼儀正しそうな気がするのだが、ここまで図々しいともはや清々しい。そう思っているうちにサヤマは廊下を抜けた。リビングに入るとガラスのダイニングテーブルの周りに並べられた四つの椅子を見て

「あ、日立さんの椅子あるじゃないですか。やっぱり、いいですね。」

「正直言うと、あんまり個人的には気に入ってないけどね。」

「そうですか。あたしは好きだけどなあ。この色合いとか実用性を犠牲にしたフォルムとか。」と自分の意見を言い放った。

無断で寝室やトイレまで写真を撮ったところはさすがに少し引いたが、何も触らないんだったら問題が無いので放っておいた。リビングに戻ってくると「一人暮らしなのに結構きれいじゃないですか。芳香剤とかもいたるところにおいてあるし。」と褒めてるのか貶しているのかわからないことを言っていた。サヤマが一人撮影会をやっている間、夕食が食べたたいとサヤマが言い出すことを予測して、自分は仕込んでいたパスタソースを冷蔵庫からコンロに移し、夕食の準備をはじめた。


撮影をしながら、サヤマは家具のデッサンも真剣に行っているようだった。鉛筆とスケッチブックを荷物の中から取り出すと、すらすらと筆を走らせた。部屋の全体的な作りや家具に当たる陰影などは短時間にしてはなかなかうまく書けているように見えた。小一時間ほどしたら、サヤマは案の定「お腹すいてきましたー。」と手を広げ、ソファーに深く座り込みながら言うので、いつもより少し早い夕食にした。

ボロネーゼパスタを食卓に運ぶとサヤマは目を輝かせて

「わあ。おいしそう。」と興奮気味にスマホで写真を撮り、すぐに食べ始めた。「こんなこと言うのもあれですけど、前のパスタのお店のより断然美味しいですよ。お店開けますよ。」とサヤマは言った。こいつの喜怒哀楽の激しさは、何かと気に障る。いちいち大袈裟な反応と幼げな顔立ちも相まって余計にバカっぽく見える。そんなことを考えていたら飲み物が無いことに気が付き、

「飲物は赤ワインでいいんだっけ。」

と聞くとパスタをほおばりながら、サヤマは首を縦に振った。キッチンで睡眠薬入りのグラスに赤ワインを注ぐと、しっかり混ぜた後にサヤマに渡した。何の疑いもなくグラスを手にしたサヤマは「このワインもパスタに合いますね。」などとこれから殺されることも知らずに呑気な事を言っていた。実際、このワインを飲んでくれなかったら、他の強硬手段を取らなければならなかったので内心ほっとしていた。


食事を終えると時計は十時近くになっており、サヤマは帰り支度を始めた。

「なんか食べたら急に眠くなって来たんでそろそろ帰ります。ほんとは帰りたくないけど。今日はいろいろとお世話になりました。なので、これお礼です。」といって持ってきていた大きな紙袋を渡した。

「なにこれ。」服やお菓子ではないことはすぐにわかるほどの重さであったが、何かはよくわからなかった。

「登山用の靴です。気に入るかなと思って。」サヤマは不安げな面持ちでいたが、「ちょうど靴が欲しかったんだ。ありがたく使わせてもらうよ。」と自分が言うとほっとした表情を浮かべた。本当にわかりやすい奴だ。

「駅まで車で送るからちょっと待ってて。」そういって車を出した。サヤマは助手席に座ると、座って安心したのか薬の効果で限界だったのかすぐに寝息を立て始めた。それを確認すると車を駅方向から家に戻って、サヤマを部屋に移動させた。運んでいる間に起きたらどうしようと心配していたが、全く起きる様子は無かった。

サヤマをビニールシートの敷いたリビングにうつぶせに寝かせ手を縛ると、百均のビニールレインコートを着て、ゴム手袋をした。バタフライナイフを引き出しから取り出すと両手に力を籠め、肺の位置あたりの背中に三回ナイフを突き刺した。人間の肉を刃物で突き刺すのは豆腐と切るのと同じくらいの感触だと思っていたが実際にはそれより少し硬く、グレープフルーツを切るくらいの感触である。

「うっ。うごっ。うがが。」刺すたびに悲鳴にも嗚咽にもならない声を漏らしながら、サヤマは四分四十八秒の間もがき苦しんだ。ああ、この時のために家も防音にして、日々のストレスから我慢しながら生きてきたのだ。動きが鈍くなって、だんだんと力を失っていくサヤマを椅子に座りながら見下ろした。さながら瀕死のムカデのように、体をくねらせていて滑稽だ。ビニールシートの上に血だまりができ、動きと呼吸が完全に止まったのを確認しすると「前からお前のことは気に食わなかったんだよ。見た目とか性格とか、おめぇのすべてが。いいちいち大袈裟な反応するんじゃねえよ。クソが。」日頃の恨みが爆発して、死体に罵声を浴びせながらゴム手袋をした手で死体の顔を何度も殴った。死体は反撃してこない。普通の人は抵抗するから生きた人間にはできないが、死体は安心して殴ることができるのがいいところだ。仕上げに、背中に刺していたナイフを引き抜き、頬に突き刺してやった。ここの肉は他の肉より薄くも柔らかいから、刺し心地がいい。虫を殺すより大変で手間も掛かるが、その分、得られる快感とストレスからの解放感は桁違いだ。

死体処理を終えて、家に戻ると急な睡魔に襲われ、視界が歪み、気が抜けたように倒れこんで寝てしまった。




翌日の目覚めは最悪だった。なぜか玄関の床で寝てるし、全身が筋肉痛で痛い。起き上がろうにも鉛を背負ってるのかと思うほどうまく体が動かない。目が覚めてからも数分は起き上がることができず、天井のシミの数を数えた。ようやく起き上がる頃には、いつもの家を出る時間の十分前になっていたので、諦めて一時間ほど遅れることを会社に連絡した。顔を洗うために鏡を見た。目の下のクマはすごいことになっていた。

家を出る間際に靴を履こうとしたら、靴が泥まみれになっていたのに気が付いた。昨日の山の地面がぬかるんでいたのが原因だとすぐわかった。いつもは山から帰ってきたら靴をきれいにするのがルーティンだったのに完全に忘れていた。自分の失態に不機嫌になりながらふと横を見ると、サヤマからもらった紙袋があった。そうだ、確か靴をもらったからそれを履いていけばどうにかなるだろう。目立つ色じゃなければ特段咎められるような職場じゃない。地味な色を期待して、箱を開けると中には赤色のハイカットブーツが横たわっていた。自分に似合うわけがないことはすぐにわかるだろうに。死んでからなお不快な気持ちにさせるとは。深くため息を吐いた。時計はすでに九時を過ぎている。時間が無かったので、仕方なくそれを履いていくことにした。


 会社に着くと、後輩のアカリが

「おはようござ…。うわっ、どうしたんですか。死にそうな顔してますけど。」とゴキブリを見たような顔で驚いた。人一人殺して、山に埋めに行くのを一日でこなしたのだ。そりゃ疲れるに決まっている。

「てか、靴だけ新しいのも、髪結んでるのもおかしいし。なんかあったんですか。ちょっといつもと違いすぎますよ。」

そう言われて後頭部に手を当てると、髪を解き忘れたのを今思いだした。血が髪の毛に飛び散ると洗うのが面倒くさすぎていつも髪を結んでいたのだ。

「いや昨日はちょっと大変でさ。」

「ほんとに大丈夫ですか。そういえば、今日の午後、東京の本社にプレゼンしに行くの忘れてませんよね。その靴で行くつもりだったんですか。あとプレゼンの資料って持ってきてますか。」

そういえば、そうだった。一か月ほど前に、自分のデザインした新しい椅子が本部の方で目に留まったらしく、それの商品化に関する会議が決まっていて自分とアカリはその会議に呼ばれていたのだ。資料は用意してあったが、肝心のプレゼン内容は全く考えてなかった。

「あー。もちろん覚えてたよ。資料も持ってきたし。問題ないから。」

「ほんとですか。そんな靴で行こうとしてたなんて正気じゃないですよ。プレゼン内容とかもまだ完全じゃないなら行きの電車の中で一緒に考えましょう。あと靴は、私の雨の日用の予備の靴があるので、それ使ってください。多少小さいかもしれないけど。変なイメージ持たれて印象悪くしたくないでしょ。」

と黒の革靴を渡してきた。

「助かるよ。実はプレゼンの内容も途中までしか考えてきてなくてさ。」そう言って、靴を受け取った。履いた時に少しきつく、歩きにくいように感じたが、あの派手な登山靴を履くよりはマシだった。アカリは誰かさんと違って、気の利く利口な後輩だ。準備もいいし、些細なことにも気を配れる。一緒に仕事をしていても、ストレスが全くなく、むしろ自分が先輩なのに助けられてばかりだ。

一三時ごろから電車で二時間ほど掛けて、東京の港区にある本社まで向かった。電車に乗ってる間も資料を見ながらアカリは、プレゼンの内容について丁寧に話す内容を組み立ててくれた。

「やっぱり、忘れてたんじゃないですか、今日のプレゼン。しっかりスマホにも連絡しておいたのに。」と愚痴をこぼしながらも、真剣に考えてくれる姿には頭が上がらなかった。

本社の会議室に着くと、予想に反して社長をはじめ多くのお偉いさんとみられるジジイどもがずらりと並んで座っていた。幸い全員がつまらなそうな顔をしていたので、周りからの期待や重圧などを全く感じることなく話をすることができた。最後の方に、お偉いさんからの質問に言葉に詰まってあたふたしているところをその雰囲気を感じ取ってアカリがすぐさまカバーをしてくれた。

 プレゼンが無事終了して、終わったころにはもう外はかなり暗くなっていた。木々の揺れがはっきりわかるほどの風が吹き始め、灰色の雲がせわしなく動いているのが分かった。本社から出る時にすれ違いざまに社長から「今回のプレゼンよかったぞ、君。今度、飯でもどうだ。」と言われたが、名前でも呼ばないし、気持ち悪いので無視しておいた。

「ちょっと、社長を無視して大丈夫だったんですか。」本社を出て、駅に向かう信号待ちの時にアカリが心配そうに言ってきた。「大丈夫だって。プレゼンもアカリのおかげで上手くいったし。唐突にコストなんか聞いてくる質問にはびっくりしたけどナイスタイミングだったよ。」

「コストなんて適当に言っとけばいいんですよ。デザイナーが考えることじゃないですよ。実際に価格設定するのも素材決めて作るのもどうせ、本部なんだし。そういえば、この後どうします。会社戻らなくていいって三浦さんに言われてたんで、先輩がこの後何もないんだったらゆっくり戻りましょうよ。ご飯でも行きませんか。」

最近よく飯に誘われるのには何か理由があるのだろうか。それはそれとして、東京の飯屋なんて全く知らない。どこに行こうかスマホで調べるふりをしながら

「どっか行きたいところある?ここら辺、全然なさそうだけど。」とアカリに尋ねる。「ここら辺に有名なイタリアンあるらしいですよ。平日だから、空いてるかもしれないですよ。」と待ってましたと言わんばかりにSNSの写真の画面を見せてきた。「じゃあ、そこに行こうか。」と言って、そこに向かって歩き始めた。

アカリはこういう時もすぐに案を出してくれる。食事なんて食べれればなんでもいいと思っているので適当に済ませようとしてしまう自分とは対照的で、かなり食べ物にもこだわりを持っている。最近は頻繁にSNSに食事の投稿をしているようだった。本社を出てから十五分ほど歩いて、アカリの言っていた店に到着するころには、完全に日は落ちてあたりは暗くなっていた。

 



店の雰囲気はかなり良かった。薄暗い照明で、客層も都会だからか、いかにも金持ちそうな風貌の男女が数人見受けられたが、周りが気にならないほど他の客との間は広かった。席に着き、メニューを眺めると横文字で描かれていて料理が全く想像できなかったし、メニューの後ろにワインの一覧があったがこんな値段がするのかと衝撃を受けていた。その間にも、アカリは何の躊躇もなく料理と赤ワインを注文していた。決断力が無い自分はしばらく分からないメニューとにらめっこしているうちに「先輩も飲みますか。」と聞いてきたので、まだ何も決まっていないままの自分は咄嗟に「うん。」と言ってしまった。

アカリが「おいしそう。」とつぶやいて、写真を撮った後、二人とも食事は終始、無言で終えた。その原因は行き慣れていない店だから緊張していたのでも、ただの仕事仲間である大人二人でいることで気まずいからでもなく、純粋に料理が美味かったからだ。サヤマといった店よりもはるかにおいしかった。アカリはワインを三、四杯飲んでいて、少し心配になったが、止めはしなかった。

 久しぶりに満足した食事を摂れて、いつもより晴れやかな気分で店を出た。アカリは案の定かなり酔っているようで、足取りがおぼつかなかったので、どこかで座って休ませようと思っていた。そんな矢先、「公園行きましょ。海の見えるとこ。」と唐突にアカリが口を開いた。外はかなり気温が下がっていて、空も今にも雨が降り出しそうな天気だったが、手をつかまれ引っ張られるように東京湾が見える公園に連れていかれた。

「急にこんなとこに連れてきてどうしたの。飲みすぎじゃない。ちょっと座って休もうよ。」

自分の手を引っ張るアカリは、そんな言葉を無視して海がすぐそばまで迫り、腰の高さぐらいまである高さの柵を超えれば、海に沈む場所まで来た。

「マジでどうしちゃったの。こんなとこまで来て。」

「…海、綺麗ですね。」ふにゃふにゃの声で、アカリは言った。クソ寒いし、暗くて海なんかよく見えない。第一、終電ももう少ししたらなくなってしまい帰れなくなる、海なんか見てる場合じゃないだろう。今すぐにでもここから離れたい。焦りながら

「もう帰ろうよ。電車無くなるって。」と少し大きな声で言った。

 やっぱりアカリには聞こえていないようで、柵にもたれ掛かって、波が立って荒れた水面に顔を下に向けていた。

「…い…きです。」

「なに。」波の音で良く聞こえなくて聞き返す。

「先輩、好きです。」そう言ってこちらに振り返るとアカリは抱き付いてきた。

余りにも突拍子もなかったので、顎を殴られたような衝撃を喰らった。実際、アカリの頭が顎にかすったので、言葉通りの表現になってしまった。構えていなかったのもあり、勢い余って倒れてしまうかとも思った。「ちょっとー、変な目で見られちゃうじゃん。」冗談交じりに軽く引きはがそうとすると、反対にアカリは無言で腕に力を再び込めた。「ぐすっ。」アカリは泣いているようだった。「こんなことして変だっていうのは…分かってるんです。先輩があたしのこと…好きじゃないことだって。わかってくれないことも。」胸に顔をうずめながら、弱弱しく言葉を吐く姿は、いつもの職場で見るしっかりとしたアカリの姿とはまるで別人だった。

「そんなことないよ、アカリのことは好きだって。」あくまで頼れる後輩としてという意味でだが。「嘘つき。」涙で腫れあがり、鼻を真っ赤にして縋るような顔で見上げてきたので、面白すぎて思わず吹き出しそうになって顔を背けた。笑いを堪えようと肩を揺らしながら必死に腹に力を込める。人が泣いている顔はどうしてこんなに面白いんだろうか。いつ見ても下手なお笑いよりは面白い。小さいころから、同級生の肩に虫を乗せて、泣かせたことをを先生によく怒られていた。人が顔をぐちゃぐちゃにして泣く様が面白すぎてやめることはできなかった。そんなことを考えていると「さっきの言葉が…ホントなら…私と心中してくださいよ。」とアカリが声を震わせながら絞り出したのは、短絡的且つ破滅的、自己中心極まりない発想だった。

ああ、めんどくさくなってきた。女の一時の感情の勢いに任せて、無責任に他人を巻き込もうとするのは本当に良くないし、自分には理解できない。酔いが回ってるからよく考えないで、思ってもないことを口走ってしまうのだ。いっそここで殺してしまおうかという考えがよぎった。そうか、ここで殺してしまえばいいじゃないか。車も埋める場所も変えの服もないが、出来るだろうかと次々に心配事が浮かんだ。何の準備もなく殺すのは、最初の殺人以来だ。いや、逆にこの体制のまま刺せば、血も飛び散らないし、死体も海に捨てれば逆に安全なのでは。いや、だめだ。アカリのアリバイが無い。他の会社の人間ならともかく、同僚が東京から戻ってこないのはあまりに不自然だ。だが、面倒になった女を連れて帰りたくない。自分も一時の感情の勢いに任せたくなった。

殺したい、殺したい、殺したい、殺したい。

駄目だ、だめだ、ダメだ。

数秒間の天使と悪魔の攻防の末、結局天使は敗北した。よし、今殺ろう。自宅以外で殺すことは慣れないことではあるが、条件は揃っている。アカリが抱き付いている状態のまま、自分のからバタフライナイフを取り出すと、アカリの背中にナイフを刺して強く抱きしめた。

「あ、えっ。˝ん˝ん˝ん。」言葉にならない声が自分のすぐ下から聞こえる。本気で心中するとは思っていなかったのだろう。最初は目を丸くして戸惑い、痛みに耐えていたが徐々に悶えながらも、幸せそうな表情へと変わっていった。先ほどの泣き顔よりもずっと綺麗にみえる。死にかけの女が、やはりこの世で一番綺麗な顔をしている気がする。「すぐ行くからね。」と言って腕の力が抜けたアカリを引きはがし、地面にうつぶせに寝かせた。コンクリートに地面に血が広がる。ああ、地面が血で汚れてしまった。どうやって掃除しようか。ぽつり。水滴が肩に触れる。冷たい雨が降ってきた。最高のタイミングだ。これで指紋も靴の跡も血痕も消える。雨が自分の殺人を後押ししてくれているようだ。やはりここでやって正解だったのだ。いつも通り、動きが止まるまで見守った。今回は五分七秒だった。平均より長い時間生きていたように感じたがどんなに優秀で生命力あふれる人間だとしても、死んでしまえばただの無機物と変わらない。柵の無い部分に数分前までアカリだった死体を引きずっていき、頭から海に落とそうとした。その時、後ろから誰かに押されたような感覚を背中に感じた。いや、ただの突風だったのかもしれない。視界が傾いたと思ったと同時に気が付けば、水の中にいた。死体と一緒に海に落ちてしまったようだ。やばい、このままでは本当に心中することになる。こんなところで死ぬわけにはいかない。



自分の山好きには理由がある。山が好きなのと同じくらい、海が嫌いだから相対的に山が好きなのだ。潮風は臭いし、砂が体についたら中々取れないから気持ち悪いし、そもそも泳ぐことができなかった。何度やっても、上手く水に浮くことができず、プールの授業はいつも適当な理由を付けて、見学していた。ああ、海で処理するなんて慣れないことをするんじゃなかった。無理やりにでも家に連れて帰ってやれば良かったのだ。死体も埋めるのが絶対に良かった。雨で荒れた海の中で重い服と共に沈み込む体を必死にばたつかせる。何とか顔だけでも水面に出すことはできないだろうかと、もがけばもがくほど水面が遠のく。呼吸できない苦しさがだんだんと薄れ、意識が朦朧としてきたのがわかった。もうほとんど死ぬことを受け入れはじめることにした。冷たい水に沈められ視界が黒で埋め尽くされた今、命の危険と共に妙に思考が整理され始めた。急にこれまで殺してきた奴の顔が一斉にフラッシュバックした。殺した時の顔も、埋めた死体処理の景色もすべてが鮮明に、詳細に思い出された。小学生のころに、蟻を水の入ったペットボトルに沈めて遊んだことも思い出した。あの時の蟻は、最後の最後までもがき続けていた。一寸の虫にもなんとやらだなと感心した。あれは、自分の最期だったのか。もう少しまともな走馬灯を見れる人生を送ればよかった。今までは想像もしなかった殺してきた奴の怨念と自責の念を強烈に感じながら、もがくのを完全にやめた。




「二十八日未明、東京湾岸海浜公園付近の海で、女性二人とみられる遺体が発見されました。遺体の片方には背中に刺し傷とみられる損傷が見られ、警視庁は事件として捜査を進めると共に、身元の特定を急いでいます。続いてのニュースです。千葉県浦安市で…」

また無断欠勤か。スマホのニュースをラジオ代わりに流しながら、三浦は、ヒカルの席に目を向けた。彼女はデザイナーとしては優秀かもしれないが、社会人として日立ひかるは、問題がありすぎる。性格に波がありすぎるせいで無断欠勤や遅行はしょっちゅうだし、報連相や人に助けを借りるということが全くできない。女性の割合が多いこの会社でヒカルは問題行動が目立つと以前から人事部から言われていた。面談した際に「自分のデザイナーとしての仕事は自分以外の女には理解できないし、そんな奴らには仕事を任せられない。」と不機嫌にぼやいていたので、仕事の案件も一人で抱え込む性格なのはよくわかっていた。周りの女の子からの助力もほとんど断っていた。せっかく新進気鋭の女性デザイナーとして雑誌の取材のオファーが来ていたのに、出社していないのならその情報を伝えることもできない。上司の権限で、本人の是非を聞く前に断りのメールを送ってしまった。メールを送った後で隣のアカリの席も空になっているのにも気が付いた。「アカリも来ていないのか、珍しい。休む時も絶対、一報はもらうのになぁ。今日は雪でも降るんじゃないか。」

窓に向かって独り言を吐く。曇天の空は、いまにも雪を降らせそうだった。



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