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誰が何を望んだのでしょう?

「「「くしゅん」」」


 バークレイ公爵領を走る馬車の中、三人の男達の、やけに可愛らしいくしゃみが重なった。


「噂、されてる気がするな」


 口許を握った拳で隠した瑠璃色の瞳の男は、魔術大国の第三王子サディアス。膨大な魔力を有する特級国防魔導士でもある。


「エイブリー様とオルフェだろうよ。俺達が彼女達に受け入れてもらえるか面白がってんじゃねぇ?」


 半眼で溜め息をつく大柄な男は、世界で五人しかいないS級超え冒険者の一人でSSランク保持者マックス。正体は公開されていないが、魔術大国の侯爵家出身で本名はマクシミリアンという。サディアスとは幼馴染みだ。


「ふふ。とーっても楽しみです。実物にお会いするの」


 うっとりと、まだ見えぬ『エイブリー修道院』の方向に熱い視線を送る男は、魔術大国主席魔道技師のルード。元は大公領で保護されていた魔力持ちの孤児だが、実力と実績で三年前に魔術大国国王から伯爵位を賜った。


 三人とも、各分野で世界有数の実力者であり、まだ若いとはいえ二十代も後半に差し掛かっているが、独身で婚約者もいない。

 彼らがモテないということは無い。完全にその逆だ。地位も実力も財産も、その辺の男達など足元にも及ばないし、王族や侯爵家出身のサディアスとマックスだけではなく、ルードも顔立ちはかなり整っている。

 周囲も彼らが身を固めることを強く望んでいるが、彼らの特殊な立場故に高くなった理想が、婚約者選びを難航させた。


 サディアスは魔術大国の王族だ。

 世界で三指に入る国力を持つ強大国の王族男性には、生まれた時から降るように縁談が持ち込まれていた。

 しかし、公表はしていない事実だが、魔術大国の王家では、国に残る王族は婚姻相手を自分で選ぶ権利を持っている。


 王族として魔術大国に残るということは、魔術の分野で国を牽引する立場に立つということだ。

 魔力は常に側に在るパートナーの影響を受けやすい。伴侶が好ましく感じられない人物であったり、極端に魔力量が劣れば良い影響を受けることが無い。

 好ましくない人物を懐に入れることは緻密な魔力操作の障害になるし、魔力量に差が有りすぎれば、低い方に合わせて魔力を抑圧しなければ、触れ合った時に相手を泥酔、酷い時は意識混濁の状態にしてしまう。最悪、相手を殺しかねない。

 触れる度に死なせないように気を遣わなければならない伴侶や、魔力操作の障害になるほど好ましく感じられない伴侶では、どれだけ政略的な旨味があっても王族本人の才能や資質を潰してしまう。

 それこそ国益を損なう行為だと、魔術大国の王家は、国に残り国を牽引する王族に伴侶を選ぶ自由を保証していた。


 サディアス本人が国に残るか出るか意志を決めるまでは、父である国王が「まだ子供だから」と問答無用で断っていたが、サディアスが国に残ることを決めてからは、「本人に任せる」と、断るところから任された。


 そこでサディアスは高い壁にぶち当たる。


 第一王子の兄は王太子、第二王子は王太子ではないが第一王子に不測の事態が起これば次期国王となる。

 魔術大国の王妃の地位は荷が重過ぎるし、選ばれる自信も無いと、他国の王女達は考えていた。

 そして、()()()()()()なら、強大国の王子妃というステータスも()()()手に入れられるし、王族の姫の自分なら()()選ばれると、相当な上から目線でサディアスを見下していた。

 世界で三指に入る強大国の王子は甘くない。自分への求婚者達の本音と本性を調べ上げて把握するくらい出来なくては、国を率いる資格など無い。

 把握した結果、身分と魔力量と容姿に恵まれた女性は全滅だった訳だが。


 王族に釣り合う身分であれば、魔力量と容姿は勝手に付いてくるものだ。それ以上の、妃として望まれる要素を兼ね備えていれば、第三王子ではなく王太子や第二王子に求められる。

 兄達と年齢が近いサディアスは、身も蓋もない言い方をすれば、伴侶獲得戦で兄達に競り負けたのだ。

 だが、王子だからと嫌々望まない伴侶を選ぶことは強要されなかったために、二十歳を超えても妥協はせず、じっくりと世界中に目を向けて、サディアスだけの伴侶を探し続けていた。


 そして、見つけた。

 セシリア・バークレイを。


 最初はセシリアが書いた、魔力操作と教育の関係性についての論文に興味を引かれ、書いたのがまだ十代の女性であることに驚き、エイブリーの縁者であることを知って更に興味を抱いて調べ、婚約者の存在を面白くないと感じた。

 魔術大国でも名の知られた女傑エイブリー。破天荒な実力者だった先代王弟で大公の妻、多くの特許を持ち大富豪でもある名高き錬金魔法使い。そのエイブリーが「孫娘」と呼んで交流を持っている少女に期待が高まる。


 セシリアは錬金魔法使いではないが、専門の研究者しか扱えなかった難解な術式の汎用化を幾つも成功させ、自ら術式を付与したサンプルをエイブリーのもとに送っていた。

 エイブリーに頼み込んで触れさせてもらったセシリアの作品に残る魔力は、サディアスに歓喜と強い幸福感を齎した。


 この魔力、才能、絶対に欲しい。


 サディアスは即決し、エイブリーに打診した。婚約者がいることは分かっていても、諦められるものではなかった。

 自分には彼女しかいない。その直感への疑問や不安は微塵も湧かなかった。

 サディアスにとって運の良いことに、セシリアの婚約者はサディアスから見れば無能のクズで、国での扱いも能力に見合わないセシリアを馬鹿にしたもの。

 セシリアを軽視して使い潰そうとする国にセシリアは勿体ない。

 そう訴えるサディアスを、エイブリーは褒めるように笑って言った。


『あの子達を自由にするためにオルフェを送ってあるの。貴方も一口乗りたいのなら、協力する?』


 一も二もなく頷いた。

 協力に際してオルフェの正体を知り、オルフェの秘密を守ることと、エイブリーの死後もオルフェの助けになることを魔法で誓約させられたが問題無い。

 エイブリーの養い子であるオルフェが国に害意を持たない実力者であることは知っていたし、何処かの大物の血筋を持っているだろうことは予想していた。

 流石に教皇の資格まで持っていることは予想外だったが、本人が今の生活を望むなら助力は厭わない。


 サディアスはオルフェが遣いとして寄越す『エイブリー修道院』の卒院生に、必要だと求められる()()()物を渡した。

 セシリアの婚約者である第一王子の母親が、出身国の大国の国王である実兄から絶縁される書状とか。

 大国の王に対し、少しばかり権力と暴力を使って脅しはしたが、しっかりと納得させたので後から問題になることは無い。


 元大国の王女という肩書を失った王妃は、国王から「気鬱の病だ」と離宮に送られた後、今までの横暴のツケを払わされる形で使用人達に冷遇されているようだ。

 日の当たらない物置きに使っていた一室に監禁されて、「病人だから療養のために」と粗末な衣服と食事を与えられて蔑まれていると報告があった。国王は離宮に一度も顔を見せず、今後も王妃と会う予定は無いそうだ。

 書状を手に入れたサディアスも、それを国王に渡したオルフェも、王妃にそんな扱いをしろと命じた訳ではない。示唆すらしていない。


 あの国の国王は、オルフェが光魔法を解いて教皇の色を持つ存在であることを見せただけで、現教皇の後継者が聖域から未だ発表されていない事実から、オルフェを『聖域で隠されて育てられていた次期教皇』だと()()()思い込んだ。

 そして、『発表前に挨拶に訪れた次期教皇』に阿って『教皇の後ろ盾を得た国王』になるために、オルフェを愛妾として共有しようとしていた息子を含む男達に、「次期教皇となる尊い御身に不敬を働いた愚物どもに厳罰を与えておきます」と、断種処置に加えて遠からず命を失うような処分を下し、その母親達にも「あれらを育てた責任を取らせます」と、長く苦痛を受けるような環境に追いやった。


 母親達は、中年になるまで蝶よ花よと甘やかされてきた女性達だ。

 豪華な離宮ではあるが物置きに監禁されて、触ったことも無い粗末な綿の衣服や寝具を使わされ、薄いスープと味の無いパンだけの食事を、同じ人間とも思わず蔑んでいた身分の低い使用人達から嘲笑と共に与えられる生活に、長く耐えられる筈がない。

 質素倹約を掲げ荒行も課せられる修道院に送られた宰相夫人も、元王族の身分を剥奪されて後ろ盾を失ったまま、年老いて偏屈さが増して口より先に鞭が出る元教育係の後妻になった元辺境伯夫人も、遠からず心身を病んで自害することで()()()()道を選ぶ日が来るだろう。


 国王は、それを予測した上で、『次期教皇』だと思い込んだオルフェに媚びるために、妻や妹や息子を、重臣の妻と息子と共に切り捨てた。

 今まで国王は、自分が悪者になりたくないがためにセシリア達を犠牲にして、大国出身の妻にも降嫁した妹にも、宰相夫人で煩さ型の財務卿公爵の妹にも、「国王なのに話の分かる優しい男」を演じ、対外的に臣下の前では息子に厳しく接して、「王族なのに息子をちゃんと躾してる親」を演じ、宰相や辺境伯から妻の横暴を相談されれば、自分も王妃の愚痴をこぼして「最高権力者だけど同じ恐妻家仲間」を演じて来た。

 搾取対象のセシリア達にさえ、非公式の場では王妃の愚痴をこぼして身分が下の小娘に哀れっぽく謝罪をしてみせ、王子達の人生を左右する試験官なのだからと持ち上げながら重責を負わせ、「誰からも悪く思われない自分」でいることに腐心していた。

 それを、『教皇の後ろ盾を得た国王』になるために、それまでの生き方を捨てたのだ。そんな日は永遠に来ないけれど。


 そして、悪者にならない自分という生き方を捨てても、自分に甘い生き方は変わらない。

 息子を育てた責任をと言うならば、父親も共に取らねばならないだろうに、父親達の誰一人、責任を取る素振りなど見せていないのだから。


 だが、責任を取る気は無いものの、宰相と王国騎士団長の国王への忠誠心は、今回のことで揺らいでいる。


 大国から嫁いで来た王妃はともかくとして、国王の実妹であった辺境伯夫人と自国の公爵令嬢だった宰相夫人は、国王ならもっと早い段階で諌めることも出来たし、今回、王命でアッサリと簡単に家庭内の暴君だった夫人達は力を失った。

 宰相も辺境伯も、国王へ前々から妻のことを相談していたのだから、国王がもっと早く動いてくれていたら、長男を切り捨てなければならない事態を防げたのでは、と二人は感じている。

 同じ妻から生まれ、妻から離して育てた次男が、どちらも優秀に育っているのだから、その思いを止めることは出来ない。


 オルフェが素の色を見せたのは国王だけであり、口外することは許さないとオルフェが言ったために、国王が今頃になって急にやる気を起こして厳しい処断を下した納得の出来る理由を、宰相と王国騎士団長は聞いていない。

 もっと早く王が動けば、何も失わずに済んだのではと考える二人に不満を持たれることは、悪者にならないために情けない姿も度々見せて来た、カリスマ性に乏しい王の自業自得でもある。


 第一王子が恋に浮かれて崩れ落ちる足下が見えなくなっていたのは、間違い無く父親の遺伝だろう。

 建国祭のパーティーでの婚約破棄宣言、その宣言をする三人でポーズと台詞を合わせた恥ずかしい浮かれっぷりに、濃い血の繋がりを感じる。

 パーティーの会場に居たオルフェに()()()を見せようと調子に乗り、浮かれた国王は、大勢の観衆の前で自滅に向かう悪手を重ねていた。


 浮かれて気分が乗っていた国王は、他国の賓客も招待していたパーティー会場で、あの国の王家が「近くに侍る者まで影響を受けて気が触れてしまうほど強烈に」気が触れる者が生まれやすい血筋だと、公言したようなものだ。迂闊に過ぎる。

 今後、オルフェの罠に嵌った国王が聖域から睨まれれば、頭の回る宰相も王国の武を総括する騎士団長も、そんなケチの付いた王を助けようとはしないだろう。

 いっそ王として立てる血統を変えるために、現国王を可能な限り貶めてから『罪人』として聖域に引き渡すかもしれない。


 老齢の現教皇は、既に子を成せない。

 血を濃くするためだと、聖女らが生んだ教皇の子供達を聖域から出さず、異母兄弟姉妹同士で獣のように無差別に番わせても結果は芳しくない現状、『次期教皇』という言葉は、聖域では禁句となっている。

 教皇の寿命が明日にも尽きそうな齢になっても後継者が生まれないなど、聖域の権威失墜が危ぶまれる非常事態だ。

 外の人間には、まだ次期教皇誕生の慶事が公表されていないだけのように思わせているが、聖域の中は荒れ狂っている。

 そんな時勢で、待てど暮らせどオルフェからの繋ぎが来ないと、あの国王が聖域に『次期教皇との面会』など願い出たら、どうなることか。

 現時点で教皇との謁見許可を得られていない程度の国の王では実情を知り得ないだろうが、無事で済む筈が無い。


 オルフェは素の色を見せただけで、「次期教皇だ」と名乗ってもいないし、何の約束もしていない。

 第一、次期教皇が聖域を出たことなど過去には無く、あったとしても平凡以下の王国の王に、わざわざお忍びで会いに行くなど有り得ないだろう。

 随分と都合の良い妄想をしたものだと、サディアスは呆れた。


 妄想の対価は高く付くことになる。

 国王が持っている情報は、実在しない「ローゼ」という少女の巫山戯たプロフィールだけだ。

 刺客はせっせと送っていたようだが、「ローゼ」に関する調査や対応をセシリア達に丸投げしていたツケも、ついでに払うことになるだろう。

 聖域は必ず、「ピンクゴールドの髪と瞳の少女を見た」と言う国王を連行して、()()()取り調べる。聖域にとって有用な情報を国王が吐くまで、()()()()()()使()()()()


 そこまで考えて、サディアスは向かい側に座る幼馴染みに視線を向ける。

 SSランク冒険者マックスとして冒険者登録している彼は、単独では世界一の魔法剣士であり、物理攻撃でも攻撃魔法でも一人で事足りてしまうために、誰とも組まないソロ冒険者だ。

 だが、そろそろ公私共に背中を預けられる相棒が欲しいと考えていることをサディアスは知っていた。

 セシリアを見つけ、エイブリーに直談判に行った時に、同じように能力が高く不遇な扱いを受けている令嬢がいると聞き、サディアスはセシリアの友人のミリアムとシルビアのことも独自に調べた。


 その結果、マックスは調査書に書かれたシルビアに夢中になった。


 シルビアは婚約者の見栄のために幼い頃から騎士団の実戦訓練にも同行させられ、元々の才能もあっただろうが、若くして戦闘支援魔法のエキスパートだ。

 大したことの無い王国の伯爵令嬢でありながら、セシリアと共に研鑽したことで、大国の王族教育を受けた者から見ても不足の無い教養と所作が身に付いている。

 自身で剣を振るうことは無いものの、杖術とナイフ戦闘で一般騎士と渡り合える腕もあり、荒くれ兵士とも平気で意見をぶつけ合える。

 女性騎士達に慕われていることから、同性から嫌われるタイプでもなさそうだ。


 マックスは驚いた。

 まさか、自分の理想に叶う女性が現存するとは思わなかったからだ。

 SSランク冒険者であり魔術大国の侯爵家の人間でもあるマックスが望む「公私共に背中を預けられる相棒」というのは、冒険者としてのマックスに付いて来られる実力と気概だけでなく、魔術大国の侯爵家の男と並び立って恥をかかせない淑女であり、更に何かしらの分野の魔術のエキスパートでなければならない。マックスの侯爵位の継承権は伴侶の能力次第、という事情まである。

 理想を口にすれば、「いるわけないだろ」「独身主義かよ」と笑われるのが毎度のことだった。

 だがマックスは独身主義者ではない。心の中では、ずっと理想の嫁を求めていた。それはもう、暑苦しいくらい。


 シルビアを絶対に手に入れる。


 邪竜を狩りに行った時よりも獰猛な目でサディアスに宣言したマックスは、『虹色ユリ』を頻繁に採取しに出掛けることになった。

 エイブリーの養い子であるオルフェが、婚約者のボンクラ息子どもを誑かすために使うのだと聞けば、魔物の蔓延る険しい山道でも鼻歌が出た。

 他にも希少な鉱石の採取や幻獣狩りにも出掛けたが、マックスにとっては大した労働でもなかった。これでシルビアが手に入るなら安いものだと思った。

 採ってきた鉱石はエイブリーが錬金魔法で爪を磨く道具にしていた。幻獣は皮を使って何か作っていた。


 あの怖い婆さんと食えない小娘のオルフェが、癖のある女ばかりの『エイブリー修道院』の卒院生らと組んで企んだ仕掛けが、上手くいかないということは無いと確信していた。

 今こうして、婚約者から解放されたシルビアを迎えに行く馬車に乗っていることは、マックスにとって当然の成り行きだった。


 理想の嫁(シルビア)は俺のものだ。絶対に逃さない。


 人生を賭けた狩りに赴く心持ちで、マックスの気分は高揚している。

 その隣ではルードが夢見るように両手の指を組み合わせて、ミリアムとの対面を待ち望んでいた。


 ルードはミリアムが魔術に関する論文を発表した時からの、論文ストーカーだ。

 ミリアムの考察に惚れ、論理展開に惚れ、文体にまで惚れた。ミリアムが十代になったばかりの頃からなので、犯罪臭が漂う。

 ミリアムが十代半ばで新しい術式を開発して論文に載せた時、ルードはミリアムの拉致計画を立て始めた。かなりの危険人物である。

 ミリアムを迎え入れるために地位と財産を手に入れて、元が孤児のルードに権力尽くで娘を娶らせようとした貴族達を、コッソリ手を回して失脚させたり排除して掃除も済ませておいた。


 頭の中では既にミリアムは俺の嫁状態だったものの、ルードにも現実は見えている。

 ミリアムには王命で結ばれた婚約者がいた。勝手に拉致をしては面倒なことになる。魔術大国に迷惑をかければルードが築いた地位も失われる。ミリアムを迎え入れて快適に暮らしてもらう計画が潰れてしまうのだ。それは避けたい。

 どうにか()便()()()()に出来ないものかと頭を悩ませていたルードは、第三王子サディアスがエイブリーの拠点に日参していることを掴んだ。

 ミリアムの遠隔地ストーカーであるルードは、ミリアムがエイブリーが「孫娘」と可愛がるセシリアと友人関係であり、似た境遇を生き抜くための協力関係でもあることを知っていた。


 ルードは主席魔道技師の立場を利用してサディアスに面会を申し入れ、サディアスが欲しいのがミリアムなら敵対するが、そうでなければ協力すると申し出た。

 ミリアムに焦がれているルードには、サディアスがエイブリーの拠点を訪れる目的が嗅ぎ取れていたのだ。

 サディアスは一瞬悩んだ。

 ルードから、ヤバい奴のニオイがぷんぷんと感じられたからだ。


 確かに保護した後のミリアムの引取先は決まっていなかったが、下手にヤバそうなルードを仲間に引き込んで、自分とマックスがセシリアとシルビアに拒絶されたら泣くに泣けない。

 しかし、こちらの動きがバレているのにルードを野放しにしておくことは出来ない。

 サディアスはルードをエイブリーに面接させることにした。


 サディアスにとっては意外なことに、ルードはエイブリーの面接をクリアした。

 元が大公領で保護していた孤児であるルードの性格をよく知っていたエイブリーから見れば、ルードは「愛情と執着が深すぎるだけ」で、問題は無いという結論に至ったらしい。

 むしろ、そのくらいの愛情と執着が無ければ彼女達を攫ってお嫁さんにするのは無理よ、と言われてしまえばルードを仲間と認める他はなかった。


 ルードは魔術大国の主席魔道技師として新説を発表して各国の魔法学園の教科書を改訂させ、生徒達がその内容を新しく覚え直さなければ単位が取れないようにした。

 ただでさえオルフェに現を抜かして勉学に手が付かなかった婚約者達は、教科書の内容が新しく変わったことで、過去に家庭教師から教わったことも役に立たず、完全に単位を落として留年した。


 また、ルードは魔法学園の卒業要件である「魔術大国の学会または学術誌で論文を発表する」についても、主要審査員として婚約者達の物は全部蹴った。

 その際、内容的には素晴らしい論文については、頭に入っている無数の過去の論文と照らし合わせて論拠を示し、「盗用が疑われる」と、魔術大国主席魔道技師の名で送り返していた。

 ミリアムに書かせて婚約者の名で発表しようとした論文に関しては、厳重な抗議文を送り、「他者の功績を身分によって強奪せんとする者を学会から締め出す用意がある」と脅しておいた。

 卒業要件を満たせない婚約者達は、ますますオルフェに溺れ、最終学年で卒業出来ないまま留年を繰り返した。


 そのオルフェには、サディアスに要求されて、防御魔法常時展開の未発表の魔道具が渡るように計らっておいた。

 日常的に刺客が跋扈するような危ない国から、早くミリアムを引き取りたい。ミリアムにはオルフェに渡した魔道具を改良した、もっと強力な防御用魔道具を身につけてもらおう。

 ルードは幸せな未来を夢見て、今まで以上に研究に励んだ。

 オルフェが日常的に刺客に襲われていたのは、治安が悪い国だからというわけではないのだが、ルードの中ではミリアムの出身国の治安は世界最悪になっている。


 ルードは危ない男かもしれないが、孤児から主席魔道技師に成り上がり、伯爵位まで得た、疑いようの無い実力者だ。

 ミリアム本人がどう感じるかは分からないが、その深すぎる愛情で大事に大事に彼女を守ることだろう。

 商業大国辺りで流行中の、やや特殊な恋愛物語に出て来る「ヤンデレ」とかいうキャラクターに似ている気もするが、サディアスは気にしないことにした。


「見えて来たな。失敗は許されないぞ」


 道の向こうに『エイブリー修道院』の門のアーチが見え、サディアスは仲間達と視線を合わせた。

 エイブリーからの指示は、「無理矢理は許しません。口説き落として望まれて、その手を取らせなさい」だ。初対面という事実など言い訳には使えない。

 もしもサディアス達が拒否された時は、『エイブリー修道院』の卒院生達が()()になるお誘いをしに迎えに来てしまう。


「絶対に渡さねぇぞ。シルビアをメスゴリラどもに奪われて堪るか」


 マックスがこめかみに青筋を立てて大きな拳を握る。


「ふふ。穏便な拉致、頑張ります〜」


 ルードが妖しげな決意表明をする。

 待ち望んだ時は、もう、すぐそこだった。


 この時点での年齢は、セシリア、ミリアム、シルビア、オルフェが18歳。

 サディアス26歳、マックス27歳、ルード28歳です。


 セシリア達の出身国の魔法学園は、15歳で入学して留年せずに進級すれば19歳で卒業です(卒業要件は満たさなければなりません)。

 3歳年上のセシリア達の元婚約者達は、「ローゼ」が現れるまではセシリア達のおかげで進級してましたが、二年前から留年を繰り返し、ルードに阻まれて卒業要件も満たせませんでした。


 マックスは、駆け出し冒険者だった若い頃に叩きのめされたことがあるので、エイブリー修道院の卒院生のお姉様方が苦手です。


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― 新着の感想 ―
三令嬢それぞれタイプが違うからか、好みが被らなかったけど、もし被っていたら大変なことに…………。 血で血を洗う闘争か、全身全霊を掛けたジャンケンか、それとも三対三のカップリングパーティーか。
[一言] ルードの教科書改訂。 歴史年号が変わってしまう昨今の現役学生から「それは許されざるよ!」と血涙流されそうですねwww
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