誰の手のひらの上?
物事には二面性があり、人には裏の顔がある、というお話。
優秀でもセシリア達は、まだ若いのです。
※本文中「孫娘」という表記が何度も出て来ますが、エイブリーの中ではセシリアは孫娘の扱いなので、エイブリー側から今回の王国の件を観察、回想する中では、エイブリーから見たセシリアは「孫娘」と表現しています。
魔術大国大公領、隠れ家のようにひっそりと、瀟洒な屋敷が木々の向こうに存在している。
屋敷には住人を守る様々な魔法が施されているために、屋敷の主に歓迎されない者は、近付いても木々の向こうを認識出来ない。
屋敷に暮らすのは品の良い老婦人である女主人と、数人の女性使用人。ただし、それぞれが腕に覚えがある魔法使いか魔法剣士でもある。
若い頃は白金であった白銀の髪をキッチリとまとめて結い上げた、神秘的な紫の瞳の老婦人は、帰還した養い子を暖かな笑みで迎える。
「おかえりなさい。オルフェ、──ローゼと呼んだ方がいいかしら?」
「ただいま戻りました、エイブリー様。お止めください。ローゼの幕は、もう降りてますわ」
からかうような声音にも淑やかな挨拶を返す、少女とレディの狭間に在ろう目を惹きつける美しい女性。
セシリア達の記憶にある色合いとは髪と瞳が異なるが、顔立ちも身体つきも、第一王子達が夢中になった「田舎の村娘」ローゼだ。
「首尾はよろしくて?」
「はい。抜かりなく、滞りなく」
ローゼ──オルフェに差し出された紙束を受け取って、エイブリーは計画通りに目指した結果になったと言うのに、紙面に視線を落として紫の瞳に冷たい怒りを灯す。
「あの国が人的資源の価値を未だに前時代的に捉えているのは変わらないようね」
オルフェから渡されたのは、正式な契約書類である。記されたサインはセシリアが生まれた国の国王だ。
契約書にサインを求めた代理人─この場合はローゼになる─に、セシリア、ミリアム、シルビアの三名の身柄を一任し、何処へ移動させようとも国として関知せず、彼女達の今後に一切の権利を主張しない。ざっくりとまとめれば、そんな内容である。
はっきり言って、自国の高位貴族の令嬢の誘拐許可または人身売買にゴーサインを出すような酷い契約内容だ。
サインを求める際に、「ローゼ」を演じていたオルフェは、セシリア達に然る高貴な方々から縁組の希望がなされており、事を大きくしたくないので彼女達の完全な自由を保証しておきたいと口頭で告げはしたが、ただの口約束で具体的な国名や家名も挙げていない。
仮令国名や家名を挙げていたとしても、疑うことが常識の胡散臭い話である。
しかもオルフェは、「セシリア達の髪飾りはエイブリー修道院から贈られた守護の魔道具であり、無事に修道院に入居するまでは危険な目に遭えば修道院から追手が掛けられるために、一度彼女達を無事にエイブリー修道院に入居させた方が、こちらには都合が良い」、などと、如何にも令嬢達の誘拐を匂わせるような話までしたのだ。
これで、「100%の善意で幸せな縁組を用意しているからセシリア達の身柄を自由に出来る権利を寄越せ」と言われているのだと認識したのならば、脳味噌の詰まっていない首から上は必要無いだろう。
あの国王は、自分や側近の息子達のために幼い頃から苦難の道を強要してきた彼女達に、幸せな未来が訪れる保証など求めなかった。
ようやく手に入れた自由に手を取り合って喜ぶ彼女達のことを、ただ、容姿、血筋、能力のどれを取っても素晴らしく成長した「高い価値を持つ商品」だと、喜んで出荷のサインを認めたのだ。
「黒幕に思い至れないなんて、迂闊な王ね」
「警戒心が消えるほど、この髪と瞳の色は魅力的だったようですわ」
オルフェは白薔薇のような頬に一筋かかった自身の髪を繊細な指先で摘んで、薄っすらと冷笑を浮かべる。そこに幼気で親しみのあったローゼの面影は、もう見えない。
「ローゼ」であった時には光魔法の応用で、人間の目には彼女の髪は栗色に、瞳は緑色に映るように見え方を操作していた。常時展開となるため膨大な魔力量が必要であり、術式も複雑なこの魔法は、同じ光魔法の使い手であっても真似は出来ない、オルフェのオリジナルである。
オルフェの元の髪と瞳の色は、どちらもピンクゴールドだ。あまりにも派手で目立つ色合いなので、そのままで人前に出ることは避けている。
ただ派手だから、というだけではない。その色は、彼女の他に持つ者が、この世界にはもう一人しか存在しないからだ。
「ほとぼりが冷めるまで、貴女は休暇よ? 教皇の位に着きたいのならば止めないけれど」
エイブリーに心配する口調で諭されて、オルフェは苦笑する。
「しばらくは引き籠もってオリジナル魔法の研究でもいたしますわ。人の目に映る色だけでなく、いっそ顔貌も光魔法で見え方を変えられないものかと考えておりますの」
世界には、たくさんの国がある。
オルフェが「ローゼ」としてしばらく滞在した王国は、この世界では平均的な面積と国家規模の国だ。似たような規模の国は数が多く、もっと小さな領土と国家規模の小国も同じくらいの数が存在している。
そういった国々から区別して「大国」と呼ばれる、国土が広く国民を多く抱える国が合計で十ほど在り、中でも独自の特性で他の「大国」を引き離して発展した国は、「魔術大国」や「学術大国」のように、ただの大国とは更に区別される。
国力は、特性のある大国らが肩を並べて最も強大であり、特性の無い大国と資源を活かして発展を目指す中規模の国々で拮抗するバランスだ。それより下は、短いスパンで簡単に順位が入れ替わる、どんぐりの背比べである。
それぞれの国の国主達は、国力の強さに従う形で、自国に勝る強国には逆らわずに生き延びる道を選ぶことが多い。
しかし、世界中のどの国からも不可侵であり、面積は小さいながらも最も高い地位を持つ国主が治める国が存在する。
『聖域』と呼ばれる小国であり、国主は『教皇』である。
教皇は世界に一人しか存在しない。
国を興した者が王を名乗ることは自由でも、資格の無い者は何人たりとも「教皇」を名乗ってはならないのだ。
この世界は『聖域』から始まったという伝説があり、『教皇』は神が世界を守るために遣わした代理人と伝わっているからだ。
この世界は一神教であり、特殊な事情で信仰を持たない小国以外は、身分の上下に関係無く人間は皆、同じ神を信仰している。その神の代理人だ。教皇の権力の絶大さは計り知れない。
ピンクゴールドの髪と瞳は、教皇の証である。その色を持たねば教皇の位には誰も着けない。
この世界で今現在、その色を持つのは現教皇とオルフェのみ。
オルフェにその色が出たのは、母が現教皇の落し胤だったことが理由だ。
もう老齢の教皇が退位出来ずにいるのは、他に『証の色』の者が生まれないので、後継者が不在だからだ。
オルフェの立場は非常に複雑である。
エイブリーが『エイブリー修道院』を設立した切っ掛けは、特別な色を持って生まれたオルフェの保護を目指したのが始まりだった。
誰が決めた戒律か知らないが、男性の教皇は『聖女』しか妻にすることが出来ないことになっている。
『聖女』とは、聖域で生まれ育ち、外の世界に出ることなく特別な教育を受けて育った娘のことだ。
男性の教皇は『聖女』であれば何人の妻を迎えても戒律に反することにはならない。『証の色』を持った子供は生まれ難いからだ。実際、今も聖域に教皇の後継者は誕生していない。
男女どちらでも『証の色』を持つ子供が生まれれば、聖域の奥深くで大切に次期教皇として育てられることになる。
教皇が女性だった場合、夫は何人持っても良いが、『聖女』のように特別な生まれ育ちの者でなくとも構わない。
この決まり事だけでも、信仰心とは無縁の欲深い人間が後付けした『戒律』だろうと感想を抱くものだ。
オルフェの祖母は魔術大国の王女だった。
王女は身体が弱く、王宮の自室から出たことも無い「深窓の姫君」だったそうだ。
聖域が特別であり教皇の権威は絶大であれど、世界トップクラスの強大国とは友好的でありたい政治的な思惑から、教皇が自ら「魔術大国の深窓の姫君」を見舞う、というイベントがあった。
そして、出逢った二人は恋に落ちてしまった。
聖域の奥深くで教皇として育てられた彼には、『聖女』ではない女性と愛を交わしても子供が出来るという知識も思考も無かった。
姫君の懐妊に気付いた侍女から当時の王に報告が上がり、姫君は表向きは病死したことにされ、二度と教皇と姫君が会うことは無かった。
元々身体の弱かった姫君は、娘を生むと同時に儚くなり、娘は大公家にて「魔力の有る孤児」として保護され、育てられることになった。
この娘がオルフェの母親だ。
オルフェの母親は、魔術大国の貴族として珍しくはない色合いだったことで、「何処かの貴族の落し胤だろう」と、しばらくの間は目立たず平穏に生きることが出来た。
保護していた大公家、エイブリーと当時の王弟の夫婦は、その娘の身に流れる血の真実を知っていたから、彼女に結婚や出産を「幸せの形」として目指さないよう指導したが、人の心は制御が難しいものだ。
知ることで危険が及ばぬようにと、真実を隠していたことが仇になった。
大公が魔術実験の失敗で死亡するという、国にとっても大きな事件が後処理まで終わった時には、教皇の落し胤である娘のお腹は、もうかなり膨らんでいた。
一緒に保護していた魔力の多い孤児の少年と、幼馴染みの友情や親愛から恋心を育てていたことには気付いていたが、幸せそうな二人を引き離すことを躊躇う内に仲は進展し、事実上の夫婦となっていたのだ。
エイブリーは覚悟を決めて周到に準備を開始した。
もしも、万が一、特別な色の子供が生まれた場合、守る場所と力、本人が望まぬ限りは隠し続けても不自然ではない理由を、用意することにした。
幸い、夫の遺産は莫大であり、エイブリー自身も高名な錬金魔法使いとして小国の王族を上回る程度の個人資産は有していた。
夫の仕事は息子に引き継がせても問題ないように育て上げた自負もあった。
資金は潤沢であったため、目くらましの目的もあって、『エイブリー修道院』は、エイブリーの拠点がある魔術大国の大公領だけではなく故郷のバークレイ公爵領にも建設した。
ちょうど、孫娘誕生の報せも届いていたこともあり、何やら予感めいたものもあったのだと今なら思う。
修道院が完成した頃、生まれたオルフェはピンクゴールドの髪を持ち、しばらくして薄く開いた目蓋の隙間からはピンクゴールドの瞳が煌めくのが確認された。
エイブリーはオルフェの母と、出産前には婚姻を認めて届けを出させていたオルフェの父親を呼び、オルフェを守るためにも、先ずは自分達の身柄の安全を確保するよう要請した。秘密の流出防止と人質防止のためだ。
話を聞いた当初は、教皇の血を引き、その色まで現れた自分達の娘に慄いていたが、もしも存在が明らかになれば、『聖女』から生まれていない『証の色』を持つオルフェが、真っ当に大切に扱われる未来は想像出来なかったことで決意した。
オルフェの両親は、研究者気質であったこともあり、王城の研究塔の深部を潜伏先として選択し、現教皇が崩御したと世界中に告知されるまでは出て来ないことを決め、早々に出立した。
両親とオルフェとは、手紙のやり取りや、「大公領で保護されている魔力持ちの孤児が研究塔の見学に来た」という体で、交流が続いている。
エイブリーは修道院に小さなオルフェを匿って、エイブリーの寿命が尽きた後でもオルフェが無事に生きていけるように、知恵や知識を授け、教養を身に付けさせた。
その教育のレベルは、魔術大国の王族と同等である。平均的な中規模の王国の一般貴族では、足元にも及ばなかったのも当然だ。「ローゼ」に遜色ない所作や教養を身に付けていたセシリア達が、国のレベル的に異質だったのだ。
膨大な魔力量を制御して使いこなす技術も、新たな術式を作り出す概念も、身を守る武器として「美しさ」を磨く重要性も、エイブリーが与えられる「生き抜く力」は、全てオルフェ自身が物にするよう導いた。
オルフェが自分の魔法で髪と瞳の色を「よくある色」に見せかけることが出来るようになってから、エイブリーは他の「訳あり」女性達も修道院に受け入れ始めた。
掲げた理念の通りに行動することでオルフェの隠れ蓑にする目的もあったが、有能かつ女性であったがために理不尽に搾取され、立場を奪われる女性というのは、想像以上に多かったのだ。
その全てに手を差し伸べることは不可能でも、届く範囲ならば彼女達が新しい人生を諦めずにいられるよう助力したいと思った。
やがて、修道院の「卒院生」が志願して修道院の運営や私設兵の役割を果たすようになった。
元から有能であるが故に理不尽な目に遭った女性達だ。修道院に身を寄せねばならない期間は、各人それほど長くはない。
卒院後は各国へ飛び、かつての自分と似た境遇に置かれる女性を見つけては、エイブリーの元に報告を送って来た。
本人が希望して、報告に基づいた審査に通過すれば、「御守り」となる魔道具の髪飾りを贈り、修道院への入居前から保護は開始される仕組みが出来上がった。
修道院の運営は順風満帆で、オルフェも自由な人生を謳歌していたが、エイブリーは孫娘のことが、ずっと気掛かりだった。
文章が綴れるようになった3歳の頃から手紙で交流していたが、6歳の時に3つ年上の王子の婚約者に据えられた報告が届いてからは、そちらの王国から目を離さず注意を向けておくことにしていた。
エイブリーは、可もなく不可もなしといった故国に、特に悪感情を持っていたことは無いが、エイブリーがバークレイ公爵令嬢だった当時から、あの国は才能や努力に培われた個人の能力というものを軽視する傾向が強いとは感じていた。
当時も、個人の能力が評価される風潮の国へ留学した者は、家から嫡男の指名でもされなければ、故国へ戻らず留学先で骨を埋めることが多かったのだ。
その状況は国として大きな損失であるとエイブリーは考えていたが、あの国で国政を動かす立場で上から見下ろす人々には、有能な個人という人的資源は、「物々交換用のアイテムの一種」程度の価値しか無いように見えるらしい。
それは今も変わらずで、国力が同程度の規模だった国々から、毎年のように追い抜かれている。
寿命の限り国を支え、発展させる能力を持つ個人に、みすみす逃げられたり、ほんの一時の優遇措置や、今後その人物が産み出す利益の欠片にも満たない金銭で、他国に品物のように受け渡してしまっているのだから、下落は止まらないだろう。
相変わらずの故国に、今ではエイブリーは嫌悪感を持っている。
孫娘の努力の道程と成長を手紙で見守りながら、卒院生達による第一王子周辺の報告を日々受け取っているのだから、良い感情など生まれようも無い。
手を携えて背中を護り合える戦友のような友人達には恵まれたようだが、その友人達の置かれた環境も、エイブリーから見ると腹立たしかった。
いい歳をした国主や高位貴族の当主といった権力者の男どもが、気の強い妻に口を出せずに長男の教育の失敗を予感して、その長男よりも年下で身分も下の幼い少女達に子育てを丸投げしているのだ。
腹立たしさもあるが、見聞きしているだけでも、大人として恥ずかしく感じる。
いずれ、孫娘は修道院で保護することになるだろう。
そう予想したエイブリーは、その時は孫娘の戦友達も希望すれば一緒に引き受けようと考えた。
しかし、孫娘とその友人達がお守りを押し付けられた王子達は、なかなか取り返しのつかない失態までは犯さない。
お守りをする婚約者の令嬢達が、大人達の想像以上に有能であったことが一番の原因だ。
その上、いくら婚約者の令嬢達に諌められようが、彼女達が身分に相応しい望まれる姿を手本のように見せようが、息子らの振る舞いを全肯定する母親達のせいで聞く耳も学ぶ姿勢も持たない王子達は、血筋のおかげで基本的な能力値と容姿にだけは恵まれていた。
良くない条件と環境が重なってしまい、婚約者の令嬢達の過酷な尽力を、存在を意識することも無く当然に得られる空気のように浴び、吸い込み、自分のモノにしていた馬鹿息子どもが、表面上は素敵な王子様や貴公子の体面を保ててしまっている。
常に失態を演じる危機と隣り合わせではあるものの、毎回孫娘達の尽力で、折角の危機もギリギリで回避しているのだ。
何故にそこまで全力でその王子を守るのだ、孫娘よ。
エイブリーは事態の異常性を感じ取り、隠密行動に長けた卒院生に理由を探らせた。
そして、明確に知れた王命による婚約の契約内容に、静かに怒り狂った。
馬鹿息子どもの犠牲になる三人の婚約者の令嬢同士以外には、契約内容は身内であっても他言を禁じ、契約当時6歳だった少女達が、対応力を持つ大人に相談することも助けを乞う手段も封じていた。
どうにもならなくなったら令嬢達の側からの婚約破棄を認めるような一文を盛り込んでいるが、必要条件が厳し過ぎて、有能であるがために、このままでは彼女達だけではクリア出来ないだろう。
条件をクリア出来ると思っていないからこその、婚約を破棄したら同じ家との縁は結ばせないという餌付きだ。
自分が逆らえない君主から突きつけられた契約であれば、記載された内容に僅かでも希望を見出しながら、逃げる条件を満たす方法を考えるしか無いだろうが、客観視すれば人生経験も長いエイブリーには分かる。
この契約を提示した側は、最初からセシリア達を逃がす気は無い。
満たせない条件を餌付きで見せ、もしも奇跡的に条件を満たせてしまっても、ゴネて理由をつけて馬鹿息子どものお守りは一生させるつもりだ。
婚約の内に破棄が叶わなければ、婚姻を結ばれてしまえば逃げられなくなることは確実だ。
契約内容は、条件を満たしても婚約の破棄しか認めていない。
婚姻時には、おそらく更に劣悪な条件の契約を結ばせるつもりだろう。
最初に提示された婚姻時期は「王子達が魔法学園を卒業したら速やかに」となっているが、契約締結時に令嬢達からの要望が認められ、「令嬢達の魔法学園卒業後」と変更されていた。
6歳の少女達の先見の明に感心する。しかし、やはり若さの分まだ甘い。
王子達の親は、逃さぬよう出来るだけ早く令嬢達に首輪と鎖を付けたいのだ。その場では譲歩する形で変更を認めたのも、「話の通じる相手だ」と油断させておいて、王子達の卒業時には優秀な令嬢達を飛び級で一緒に卒業させてしまう魂胆が透けて見える。
手をこまねいて待っていれば、孫娘と友人達は逃げ遅れる可能性が高い。
タイムリミットは王子達の卒業と考えた方がいいだろう。
ならば、彼女達が希望を持てるように、王子達の卒業を引き伸ばしてやればいい。
甘やかされ、必要以上に自尊心の強い思春期の男。
母親では満足させられない男の弱みを擽ってやったら、留年など何年でもと、夢の中に誘われるだろう。
エイブリーはオルフェを呼んだ。
最近、一仕事終えたばかりで暇を持て余していると零していた。
淑女教育の成果、美しさを効果的な武器として振るう実戦、卒院生らから教え込まれていた「女」を武器にしても可愛らしく下品にならない手管、初めての長期戦。
自立して生きて行く将来のためにも、そろそろホームから離して実力を試させてもいいだろう。
孫娘と友人達をこちらに保護する計画を話して聞かせると、オルフェはピンクゴールドの目を輝かせて快諾した。
会えば、きっと気も合い良い友人になるだろうと、セシリアのことはオルフェによく聞かせていた。
王命によって結ばれた婚約の契約内容を見せると、オルフェも笑顔で怒りのオーラを纏わせていた。
オルフェは二年間で、誑し込んだ第一王子達の不貞や、女に溺れて義務を放棄し学園では落第を繰り返す愚行を衆目に晒し、それらを揉み消せない明らかな事実として人々に印象付け、セシリア達の献身の実績は積み上がるように調整した。
セシリア達が馬鹿息子どもから解放された後の未来に影を落とさないように、おかしな冤罪を生み出さないよう常に注意深く言葉を選んだ。
最終的に、一生隠し通すつもりだったピンクゴールドの髪と瞳を餌に、あの国の国王を陥れたのは、最初の怒りが消えることなく、二年間で更に増加し続けたからだ。
ピンクゴールドの髪と瞳を見た途端、手の平を返して跪いたが、あの国王は「ローゼ」に何度も刺客を送ってきていたのだ。
防御の魔道具のおかげで毎回無傷だったが、プロの暗殺者から街の破落戸まで、呆れるほど繰り返し送り込んだ刺客の雇い主を、オルフェに掴まれていないと思えるような目出度い頭は、やっぱり空っぽなのだろう。首から上は要らないと思う。
一番許せなかったのは、刺客の雇い主をセシリア達だと偽装しようとしたことだ。
国王は、雇った刺客が「ローゼ」暗殺に成功したら、その罪を闇に葬る代わりに、主犯のセシリア達が条件を満たして婚約を破棄しても、ほとぼりが冷めた頃に同じ男達と婚姻させようとしていたのだ。最悪だ。
オルフェは国王が放つ刺客を躱しながら、セシリア達からの婚約破棄が成立する条件が整うくらいまで第一王子達を誑かして追い詰め、契約上逃れられずに国王が一旦は令嬢達側からの婚約破棄を認めたのを見計らって、国王の私室に乗り込んだ。
光魔法で髪と瞳の色の映り方を操作する方法を更に進化させたオリジナル魔法で、オルフェ自身の姿を周囲の背景に同化させて視認出来なくしたら、侵入は簡単だった。
あとは、素の色を見せながら姿を現して黙らせ、要求を通し、後腐れが無いように、しっかり破滅する方向に誘導した。
「あの国が自滅する前に、こちらに全て引き上げることが出来そうね」
「はい。今度こそ、友人となれることを楽しみにしておりますわ」
「お迎えは、気に入ってもらえるかしら」
「それは、あの方達の努力次第ですわ」
にこり。
愉しげに笑顔を合わせる歳の離れた二人の淑女。
バークレイ領の一角を走る馬車の中で、事の次第を整理しながら想いを語り合っていた男性達は、「くしゅん」と成人男性らしからぬ小さなくしゃみを合唱し、首を傾げていた。
黒幕及びスポンサーはセシリアの大伯母エイブリー。
「ローゼ」は、エイブリーに育てられた、表に出せない地位が高過ぎる人の血縁者でした。
「ローゼ」が転生者という説は、最初に設定を作った時から考えていませんでした。
ステータスやアイテム蓄積の周回転生者説に「なるほど!」と思いました。
それも面白いなぁと思いましたが、今回は最初の設定通り、「セシリア達にも内緒でセシリア達の味方として送り込まれた工作員のような人物」で書きました。
次話で、裏で何が行われていたのか、誰の要望があり、どんな協力が取り付けられていたのか、セシリア達を上手く利用し尽くしたつもりでオルフェに良いように踊らされていた国王、などの種明かしがあります。