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第76話 アブクソムの奇跡と真の勝者


 うーん、なんだろう。


 最近、アンフルーを優遇しすぎてる気がする。


「お爺ちゃんっ!」

「お、親父ィッ!!」


 胸を押さえて突如苦しみ出した木工職人のケイウン・ブッシ。倒れたのちも呻き声を上げている。


 孫娘のアリッサ、息子で同じく職人のケイカイが駆け寄るがケイウンの容体は素人目に見ても重篤な事が分かる。


「二人ともどいてくれ。診察!!」


 俺は二人を半ば押し除けるようにして所持しているスキル、診察をケイウンに発動させる。いつの間にかアンフルーも横に来ていた、例のエメラルドでレンズを作った単眼鏡を身につけている。


「…ステータス『ディジーズ(疾病(しっぺい)の事)』。ケイウンは病気の状態」


「ああ、俺も同じ見立てだ。それも心臓だ、心臓が弱っている。酒毒(しゅどく)が原因だな。多分、ケイウンはかなりの酒飲みなんだろう。それがだんだんと体を(むしば)んだ、その症状が特に心臓に出てしまったんだろう。それが今、発作になって現れたんだ」


 俺はアンフルーと顔を見合わせて互いの見解を語った。


「た、確かに親父は酒飲みで…。医者からは酒を控えるように言われていたが…、元気なもんだから強く止める者がいなくてな…」


 ケイカイが悔しそうに呟く。


 そう言えば、先程アリッサも酒を控えるように言ってたな。


「こ、こらアカンやつや…」


 声のした方を見れば先日俺から人工宝石を買った商人がいた。おそらく約束の時間にはまだ早いが俺を探していたのだろう。同じく周りには見覚えのある商人がいる。これもまた宝石を買った、あるいは買おうとした連中だった。出遅れるのを恐れたのだろう。あるいは先んじて買いたかったのかも知れない、例えば値段が釣り上がる()りをする前に…。


「お爺ちゃん…、お爺ちゃん…」


 アリッサが泣きながら祖父の手を握っている。


「………」


 俺はケイウンの来ているシャツをまくり上げた。


「お兄ちゃん!何するの?」


 アリッサがこちらを見る。


「キノクに任せるニャ」

「ええ…」


 アリッサにリーンとスフィアが寄り添う。


 俺はレポート用紙を折って作った粉薬の包みを取り出した。スフィアの心臓病による発作を鎮める為に作った十二倍強心薬(じゅうにばいきょうしんやく)である。


「アカンて…、もう」


 成り行きを見守っている商人の呟きが聞こえた、もう手の施しようが無い…そんな呟きだった。


 俺は粉薬の包みを開け手の平に取ると、それをケイウンの胸に振りかけた。


「きれ…い…」


 その名の通り銀色に輝く銀白石(ぎんはくせき)の粉末と黄色がかった薬効成分が合わさった黄金(こがね)色の粉末を見てアリッサが呟く。そしてその粉末はケイウンの胸に落ちると体内に染み込むように消えた。


「う…、何が…どうしたんだ…」


「お爺ちゃん!」

「親父!」


 ずっと苦しみの声を上げていたケイウンがすっかり落ち着いた様子で目を開いた。そのケイウンにケイカイとアリッサが呼びかけた。


「疾病状態が消えた…。もう大丈夫」


「ああ、俺の診察スキルも同じ見立てだ」


 俺とアンフルーの言葉にアリッサは泣き顔から一転、喜びに変わる。


「キノクのお兄ちゃんっ!!」


「もう大丈夫だ。だが…」


 俺はケイウンに向き直った。


「酒は程々にな。だが、今は病み上がり。まずは一か月の禁酒だ」


「うっ…、ううむ…」


 俺の言葉にケイウンの返事はスッキリしない。俺は言葉を続ける。


「さもないと、孫を泣かせる事になるぞ。それに…またあの胸をかきむしるような痛みに見舞われるぞ。今度、発作を起こすような事になれば苦しみが長く続く。…弱っていた心臓ならすぐ死ねる、だがそうでなければ…」


「ラクには死ねねえって事か…」


「そういう事だ」


「分ァかったよう…」


 酒が飲めなくなる事に落胆し、ケイウンは少し不貞腐(ふてくさ)れたように返事をした。


「き、奇跡や…」


 この様子を見ていた商人が声を上げた。その声を皮切りに成り行きを見守っていた商人達が次々に口を開いた。


「あ、あんな状況の病人が…」

「凄い薬だッ!!」

「ああ、錬金術師ギルドでもあんな妙薬は…」


 確かにそうだろうな…、俺は内心そう思う。確かに心臓の病に対し錬金術師ギルドが使う強心剤はある。聞けばその薬は錬金術師ギルドでも一握りの者しか作れないらしい。しかし、その薬をもってしても効果は無かっただろう。俺が最初にスフィアに処方した薬のように…、だいたい同じ位の効能のようだし…。


 だが俺が使ったのはその十二倍の効果を持つ薬だ。その苦しむ原因が心臓の病によるものなら死の淵からでも治す事が出来る。


「な、なあ、あんた!!」


 一人の商人が声をかけてきた。


「なんだ?」


「そ、その薬、まだあるのか?」


「ああ、あと一包(いっぽう)だけある」


「そ、それ!あるんだったら私に売ってくれないか!」


「構わんが…」


「…あっ!わ、私に売って下さいっ!か、金なら…」


 二人の商人が申し出てきた。それを回りの商人が(いぶか)しむ。


「…なんであの二人はあの薬をあんなに欲しかっているんだ?」

「さあ…」

「だが、あの言葉使い…。西方(さいほう)(なま)りがあるな…」

「西方なァ…。そっちには自治都市とゴル…。か、買う、俺に売ってくれ!」


 顔を見合わせていた商人達のうち何人かが買いたいと名乗りを上げた。


「なら、競りでもして買う奴を決めてくれ。俺には仕込みもあるし、もうすぐ昼時だ。昼飯を食う、価格に納得出来たら売ってやる」


 そう言って俺は商人達の相手を切り上げた。


「ねえねえ、キノク〜。お(さかニャ)が仕上がってきたニャんよ」


「よし、店を一旦(いったん)閉めて飯にするか。一切れ食ってみよう」


「キノク、私はこの果実の香りのが良い」


 ケイウン達も誘い俺達は昼飯にする事にした。昼飯の用意が出来た頃には競りも終わっており、なんと2200万ゼニーで買うとの申し入れだった。額面通りの宝石で支払われたので現金化すれば手数料はかからないので2750万ゼニーになる。


「よし、売った!」


「おおっ!ありがたい!ちなみにこの薬、なんていう名前なんだ?」


 宝石を俺に手渡しながら商人が問いかけてきた。俺はそれを受け取りリーンに預けた。そして薬が入った紙包みを相手に手渡す。


「名前か…。名前ねえ…」


 うーん、十二倍強心薬というのもなあ…。あ、そうだ、中学の時の英語でこんな言い方があったな。


「トウェルブタイムス(12倍の意味)だ」


「トウェルブタイムス…、良い名前だ。妙薬トウェルブタイムス!響きも良い。よしッ!こ、これで俺も公爵家とつながりが…ぐふふ!悪いな、諸君ッ!勝者というのは常に最新の情報を得ている者なのだよ!」


 薬を買った商人はそう言って急ぎ走り去って行った。


「アッ!そ、そうか、ゴルヴィエル公爵家の…」

「あの聡明にして武勇の誉れ高いヴァルキュリエの御令嬢ッ!」

「才色兼備のあの御方、唯一どうにもならないのが心臓の病と聞く…」

「そうか、アイツめ!あの薬を公爵家に売って一儲け、そしてコネを作るつもりかッ!?」


 商人達が色めき立った。


 ちなみに、この日に俺が売った薬についての噂が街を駆け抜けた。心臓の病で死の淵にいた老人を一瞬で治した偉業、人々はそれをアブクソムの奇跡と呼ばれ長く語り継がれたという…。


……………。


………。


…。


「なあ、スフィア?」


「なんでしょう、キノクさま」


「昨日の魔術師ギルドから公爵家に送った連絡、あれには心臓の病が治った事は…」


「もちろん、伝えましたわ。その薬を作られたキノクさまの事も…」


「ニャ〜!それじゃ、あの商人は無駄足ニャね。スフィアは治っていて薬を作れるキノクと一緒にいる事はお知らせ済み。公爵家があの商人から薬を買う理由が無いのニャ」


「最新の情報を掴んでいる者が常に勝者になる、確かに…。ふふ…。それなら真の勝者はキノク…」


 そう言ってアンフルーが俺の首に手を回し抱きついてきた。珍しいな、セクハラ言動をする前の予告代わりの『はあはあ』とか『じゅるり』とか言わずにいきなり来るなんて。


「あの商人よりスフィアの最新の情報を掴んでいたんだから…」


 (ささや)くようなアンフルーの声が耳元で響いた。

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