第72話 ああっ!!キノクさま!
なくなった四人の兵士の名前、何をモデルにしたか分かりますか?
ヒント。
柴田亜美先生。
「ここは…?」
目を覚ましたスフィアが呟く。
「あっ、目を覚ましたニャ!」
しゃかしゃかしゃかっ!!
座った姿勢からリーンが低い姿勢…、実際の猫が四つ足で移動するような格好でスフィアの方にいち早く向かう。俺とアンフルーもそれに続いた。
「大丈夫かニャ?」
「あなたは…。先程の…」
「リーンだニャ。具合はどうニャ?苦しくないかニャ?」
「え…?あ…、わ、わたくし…、苦しく…ない。こ、呼吸するだけで痛かった胸の奥が…。いくら心臓に効くと言われた薬を飲んでも残り続けた疼きが…ない。あれだけの発作…わたくしもう駄目かと…我が神のお側にいよいよ召されるかと思っておりましたのに」
「やったニャ!キノクが作ったお薬が効いたんだニャ!」
「お薬?」
「そうニャ!えっと…なんとかかんとかっていうお薬だニャ!」
「十二倍強心薬な」
俺は思わず薬の名を口にしていた。
「あ、あなたが…。わたくし今まで何人もの高名な錬金術師の方に発作を抑える薬…強心剤を作っていただきましたがここまでの効き目はありませんでしたわ」
「ああ、強心剤は起こった心臓の発作を鎮める薬だ。だが今回の発作はハッキリ言って命に関わる…普通の発作の十倍は重いものだった。だが、運良く材料があったからな。二人の助けもあって強心剤の十二倍の効果があり、その効果を一時的にではなく長期にわたって定着させられる素材を加えた薬を作る事が出来た。その様子を見るに上手くいったようだな」
「そ、そんな凄い薬を…」
「そうなのニャ!キノクは凄いのニャ!」
「だが、何事も過信は禁物だ。あれだけ激しい戦闘をしてさらには重い発作も重なった。想像以上に体力を消耗している筈だ。これを飲むと良い」
そう言って体力を回復させる為のスタミナポーションを1.5リットルペットボトルからマグカップに注いで差し出した。
「これは…甘くて美味しい。…それに力が湧いてくるような」
スフィアが呟く。
「これ…」
アンフルーが布の包みを取り出しゆっくりと拡げた。そこには四本の髪の毛の束があった。
「そ、それはっ!!」
スフィアが身を乗り出し布の包みを両手で手に取ると胸の前で抱えた。
「お仲間の四人は埋葬しておいた。明日の朝、明るくなったら弔ってやると良い」
ぴくっ!
俺がそう告げるとスフィアの手が震えた。
「そう…でしたか。せめて命だけはと思っておりましたが…」
そう言ってスフィアは体を震わせ始めた。その手はきつくきつく四人の遺髪を包んだ布を抱きしめている。
「とにかくそれを飲んで元気になるんだ、あの四人の為にもな。命がけで守られたんだ、体を大事にしないとな」
「…はい」
スフィアは静かに頷いた。
□
翌朝…。
明るくなると同時に俺達は森に戻った。スフィアは歩けるまでに回復していた。この調子なら今日一日安静にしていれば明日には動けるだろう。
埋葬し土が盛り上がった所に墓標代わりに突き刺してある四振りの槍。そのそばでスフィアはひざまづき両手を組んで祈っている。閉じた瞳、その端からは止めどなく涙が溢れる。
「ヤシウユ…、バソリモ…、メノオウ…、ルオカ…」
四人の名だろうか、スフィアが呟いている。俺とリーンとアンフルーの三人はそれを後ろに立って見守っていた。
「…散りし勇敢なる戦士の魂エインヘルジャよ、喜びの野にたどり着く事を切に願わん」
しばらくそうして祈りを捧げていたスフィアがゆっくりと立ち上がってこちらを向いた。
「お待たせいたしました。皆さんのおかげで四人の魂は今旅立ちました。誠に感謝いたします」
「無理はしていないか?別れを惜しむ時間、いくら使っても構わないぞ」
俺の言葉にリーンもアンフルーも頷く。
「いえ…、死別は戦士の常」
「えっ?」
「いずれわたくしもあちらに参る日が訪れましょう、神の御許…喜びの野へ。それまでの…しばしの別れです」
凛とした表情で彼女は言う。…しかし、彼女の握りしめたその手はわずかに震えていた。
□
「朝食にしよう。昨日はポーションを口にしただけですぐに眠っていたようだからな。腹が減っているだろう?」
スフィアが寝る敷布団に座椅子を置いて座らせる。そしてちゃぶ台の上に冷蔵庫からパンに様々な具を挟んだものを取り出した。
「わーい!サンドイッチだニャ!!」
「いつ食事の時間になっても良いように作っておいたんだ」
「キノク、キノク〜!ボクはこのお魚を挟んだものを食べたいニャ〜」
「私はジャム…」
「さあ、好きな物を手に取ってくれ。好みが分からないからある程度種類を作っておいた。例えばコレはハンバーグ…肉を練ったものを焼いてパンに挟んだ。こっちは卵を焼いたもの、それは…」
俺は挟んだ具材を紹介していく。スフィアが最初に選んだのはハンバーグを挟んだもの。どうやらスフィアは肉が好きなようだ。
「これは…美味しい」
「そうなのニャ!キノクはご飯を作るのも凄いのニャ!」
「食事を摂って体を休めるんだ。俺の見立てではあんたは想像以上に回復が早い、鍛えている事もあるとは思うが明日でなくとも早ければ今日の午後には動けるかも知れない」
「ポーションのおかげですわ。心臓の病が治まり、体力も戻っています。これほどの薬は典医でも…」
「典医…」
典医…ってアレだろ?日本で言ったら将軍様だとか殿様みたいな人につく医者の事だよな。
「一つ聞いても良いかい?典医がいる、…それからあの戦死した四人は姫様と呼んでいたな…。スフィア、あんたいったい…?」
「わたくしはスフィア・ゴルヴィエル…。ゴルヴィエル公爵家の三女です」
「公爵家…」
スフィアの話によるとゴルヴィエル公爵家というのは三代前のアイセル帝国の皇帝と血を分けた実弟が興した家であるらしい。その領地は対外的には公国領、アイセル帝国内では公爵領として認知されているらしい。
日本で考えたら…そうだな、封建社会だった江戸時代で言えば皇帝は将軍に当たるかな。五爵と言われる爵位の真ん中の伯爵は一国一城の主、薩摩国を一国まるごと所領とした大名の島津家みたいな感じか。今で言うと一つの県を丸ごと領土にしてる感じか。
その下の子爵は国をまるごとという広さではないがある程度を治める数万石の大名、男爵は大名ではないけどいくつかの農村を預かる数百石から数千石の旗本といった感じだろうか。上から二番目の侯爵は伯爵よりさらに大きいとか二つ以上の地域にまたがって領地があったりとかだろう。
そして五爵の頂点である公爵はさらに大きい。日本なら一つ地方…例えば中国地方をまるごと領するという感じか。そして独自の支配権を持つ…。
「改めてボクはリーン、冒険者をしているニャ!」
「同じく。アンフルー」
「キノクだ。ギルド会員ではないが天職は商人なもんで商売をして生計を立てている」
相手は公爵家の一員らしいが急に言葉使いを変えるのも妙な感じがしたのでとりあえず先程までと同じままにした。
「まあ、商人の方でしたの?皆さん全員が冒険者の方と思ってましたのに」
「だけどキノクは弓の名手ニャ。それに凄いお薬も作れるし冒険者になってもしっかり活躍出来るはずニャ」
「追放されたけどな、パーティもギルドも」
「それは…。詳しくは存じませんがずいぶんと見る目の無い方達もいるものですわね。このように勇敢で様々な事に通じられているご様子。ましてやわたくしの命の恩人を…」
スフィアはため息混じりに呟く。
「おかげで私達はこうしてキノクといられる。ところでスフィアは槍を扱う騎士?」
珍しくアンフルーから話に加わった。
「いえ、わたくしは誰かに仕える騎士という訳ではなく…。強いて申せば神に仕える身…」
「神に?」
「はい。わたくしは神オルディリンに仕える戦乙女…ヴァルキュリエ…。命ある限り神にこの槍と身を捧げ、死してはその御許に勇敢な者達の魂を導く者…」
「うーん、まるで北欧神話に出てくるオーディンとバルキリーみたいだ」
「今、なんと?」
「えっ!?」
「今なんとおっしゃいましたの?キノクさま」
がしっ!
サンドイッチを小皿に取って渡す為に俺はスフィアの隣に座っているのだが、そんな俺の腕を力強く捕まえて間近にまでその顔を寄せてくる。
「オ、オーディンとバルキリー…?」
「ど、どうしてその御名を!?オルディリン様の真の名と我らヴァルキュリエの由来となった名まで…。で、ですがその伝承は我らヴァルキュリエしか知らぬ筈…。ま、まさかあなたはオルディリン様の生まれ代わり?い、いえ、そんな事はあるはずがありません。神には神のおわす所がある定め。ゆえにこの地に現れるはずが…。しかし、この霊薬に世界樹の神秘を秘めた神薬までをお作りになる殿方…。わたくしの命をお助けになり…。ああ、キノクさま、キノクさま…」
何やらスフィアの様子がだんだんとおかしくなってくる。俺の名を一言呼ぶ度にその声に熱が帯びてくる。うわごとのように繰り返されるうちにその声は大きく情熱的にさえなっていく。
「キノクさまぁっ!!」
がばっ!
突然スフィアが抱きついてくる。あっと言う間に俺の首に両腕が回されきつく抱きしめられる。とても病人だったとは思えない力強さだ。
「いててててっ!」
「ああっ!キノクさま、男らしい。男らしいですわあっ!わたくしを…、わたくしをこんなにも強く抱きしめて」
「ふごごご〜(違う〜ッ)!!」
俺は全力で否定しているのだがスフィアの胸に顔が押し付けられ声にならない。そう、俺は何もしていないのだ。むしろスフィアが俺の顔を自分に押し付けるように抱きしめている。離れようとしてもガッシリと体を固定され逃れる事が出来ない。完璧なホールドだった。
しばらく一方的な抱擁を食らった後、さらにスフィアのホールドが派生技へと移行する。
どさっ!
なんとスフィアは俺を抱きしめたまま自分から仰向けに布団に倒れこんだのだ。敷布団に背を着く感じでスフィアが下、そして抱きしめられたまま身動きの取れない俺が上になる。
「い、いけませんわ、キノクさま!わたくしは主神オルディリン様に身も心も捧げておりますのに!このように押し倒すなど…」
「〜〜〜〜ッ(押し倒してない〜ッ)!!」
俺は必死に抗うがスフィアの腕の力の前に為す術もない。
「ああっ!神に捧げし身のわたくしをこんな強引に…。思えばこの世に生を受け17年、武を練り神学を学び…ただひたすらに神殿の冷たい石の床と壁に囲まれた無味乾燥な毎日…。それが出会ったばかりの殿方がこのようにわたくしを褥に押し倒して…ふんぬッ!!」
気合の声を発したスフィア。ガッチリ抱きすくめていた俺を横にぐるんと投げる。上下逆転、今度は俺が下でスフィアが上。いわゆる馬乗りの状態になる。
「わ、分かりましたわ。もうこうなったらいっその事…、さあキノクさま…。ここは男らしく…」
真上に来たスフィアの腕が徐々に近づいてくる。先程まで凛とした黒髪美人のスフィアの瞳、それが今は完全に色欲に染まっている。
「わたくしの身を無理矢理にでも…、奪って下さいませ!!」
「ちょっと待て〜!!リーン、アンフルー!」
「ふニャ〜ッ!!」
どーん!!
リーンが頭からスフィアの横っ腹に突っ込んだ。その勢いでスフィアとリーンがもつれながら横に転げた。
「な、なんですの!?わたくしとキノクさまの愛の営みを邪魔をするなんて」
「完全にスフィアがキノクを押し倒していたニャ!」
「大丈夫?キノク」
スフィアと入れ替わりに全裸になったアンフルーが俺の上に乗った。
「何やってんだ!?この全裸エルフ!いつの間に服を脱いだ?」
「昨日はちょっと良い雰囲気になれた、もうヤるしかない。その為に一瞬で服を脱ぐ魔法を開発した」
「なんでそんな事に努力してんだ!ええい、とにかく俺から離れろ」
「ズルいニャ、アンフルー!ボクもー!!」
「わたくしも負けていられませんわ!」
「お前ら、脱ぐのは風呂ぐらいにしておけ!」
「それなら今から入る、キノクも」
「ボクも〜」
「ん。キャストオフ(脱衣)!!」
アンフルーが一言呪文を唱えると俺の衣服がひとりでに脱げ宙を舞った。
「呪文詠唱を一言詠唱にするのに苦労した。しかしこれで私もキノクもいつでも全裸…」
「まあ、キノクさま…。わたくしの前でいきなり服を脱ぎ捨てて…」
「どこをどう見りゃそう思えるんだ!」
「細かい事は気にするニャ!さあさあ、お風呂ニャー!あったかいお湯に浸かるのニャ〜!」
リーンがグイグイと俺を風呂場に押していく。
「まあ、お湯を張ったお風呂がありますの?」
「そうニャ!しかも、怪我も治るしお肌はツヤツヤ、体はポカポカになる魔法のお湯なのニャ」
「それは是非試したく思いますわ!それにお風呂なら…、互いに肌を晒していてもおかしくはありませんし…」
「偶然を装って体に触れてしまってもそれは仕方のない事故…」
「まあ、わたくしもその意見に賛成ですわ!…気が合いそうですわね、アンフルーさん」
「…同志」
なにやら目の前で二人の美女が固いを握手をしている。
「さあさあ、キノク!今日はボクが体を洗ってあげるのニャ!」
「いや、いい。自分で洗う」
「遠慮するニャ〜!」
それからしばらく三人の女から自分の何かを守る防衛戦が繰り広げられた。体は温まったが疲れ果てた俺達はそのまま部屋に戻りひとかたまりになって熟睡した。一つ分かったのはこの異世界の女というのは肉食系であるらしい。それが俺のこの日得た教訓であった。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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次回はざまあ回。
ゴブリン達に惨敗し逃亡した高貴なる血統の四人。
翌朝、彼らを襲ったさらなる追い討ちとは?
「それは暴食、貪り食うもの」
お楽しみに。




