第70話 弔いの炎
「キノク〜、振りかけたお薬が体に染み込むように吸い込まれていったニャ!」
「呼吸も落ち着いた、これで一安心」
「そうか、そりゃ良かった。こっちも順調だ、体力回復薬がもうすぐ出来る」
スフィアに薬を振りかけ看病しているリーンとアンフルー、俺はそこから離れた位置で薬を作っている。それというのも今回作成した十二倍強心薬は粉薬であり、全身に振りかけてやる必要がある。
その為、スフィアは素っ裸。さすがに男の俺が近くにいる訳にはいかない。何かあればすぐに服を脱ぐそぶりを見せるアンフルー、会ったその日に風呂場から全裸で走ってきたリーンは特殊な例なのだろう。少なくとも見知らぬ男に素肌を晒したいとスフィアは思わないだろう。そんな思いからの役割分担であった。
「スフィアにジャージを着させてやってくれ」
やってきたリーンに手渡す。
「分かったニャ」
病状は落ち着いたがスフィアはまだ目を覚さない。まあそれも無理もない事だろう。なんせ生死の境をさまよった…いや、むしろ99パーセント死にかけてたんだからほとんど体力も尽きていたに違いない。しかし、心臓病が治った今はゆっくり寝ていればやがて体力は回復する事だろう。
「今の時間は…もう完全に日が暮れているな…。ゴブリン共と戦って死んだ人達の埋葬は明日にするしかないか…」
スフィアが落ち着いた今、俺は先程の戦闘の後始末をどうするか考えていた。
「私が行く。リーンはここで彼女を看ていて」
「分かったニャ」
「俺も行こう、言い出しっぺだからな」
そうしてこの場をリーンに任せて俺とアンフルーは再びゴブリン共と戦った場所に戻った。
□
アンフルーは暗い森に出ると早速魔法を使った。ソフトボールくらいの大きさの光球がいくつも生まれ俺達の周囲を漂いながら暗い森を明るく照らす。
「う…」
LED照明に照らされたかのように暗闇の世界が明るく照らし出される。思わず俺は不快なものがこみ上げ声を洩らした。そこにあったのはスプラッタと言うのも生やさしい惨状であった。死屍累々…体が千切れていたり弾け飛んだ数時間前まではゴブリンだったもののなれの果てであった。
そして視覚的な事だけではない。血や臓物、そして弛緩した肉体から漏れ出たであろう排泄物などのひどい臭い…。生々しい戦場の跡がそこにあった。
「そこにいて…」
アンフルーが俺に立ち止まるように告げてから再び魔法を唱え始める。すると木々の生えていない場所に大きなすり鉢状の穴が空いた。それはだいたい都会の一戸建て三軒分くらいの広さのある深い穴、そこに何かの力によってゴブリンの死体が次から次へと引き寄せられるように落ちていく。
多数のゴブリン、四体のホブゴブリン、そしてゴブリンキングが穴に落ち終えるとアンフルーは魔法で火を起こした。
「火葬に…するのか」
「ん。放置したり、穴に埋めただけだとアンデッドになるかも知れないから…」
「そうか…」
穴の中から大きな炎が上がる、いつの間にか俺は地面に腰を下ろしなんとも言えない気分でそれを見ていた。
「辛かったら見なくても良い…」
隣に座ったアンフルーがそう言った。相変わらず抑揚のない話し方だが、俺にはそれがなんとも優しい響きに聞こえた。
「見るよ。俺もこの戦いに加わったんだから」
俺はアンフルーの方には向かずゴブリン達を燃やす炎を眺めながらアンフルーの言葉に応じた。
「俺達とゴブリンは相容れない、それは間違いない。だが、その命を奪ったのは間違いの無い事だ」
「ん」
「もしこのゴブリン達がどこが遠くで…、それこそ俺達と出会わないような所で暮らしてたなら…きっと殺したりはしてなかったはずだ。スフィア達を助ける為…一応の理由はあるけど俺はこのゴブリン達に直接的な恨みがあった訳じゃない。むしろ俺を追放した奴等への方が恨みはあるくらいだよ」
モンスターより同じ人間に向けての方が嫌悪感が先立っている事に俺は少し驚きもしている。
「だから目を背けたりはしないよ。俺が確かに撃ち、この手で刺し殺したんだから…」
また火の手が上がった。それも四つ。ゴブリン達を焼く炎よりははるかに小さい。
「あれは?」
「ん。ゴブリンキングに倒された人達…、スフィアをかばった四人」
アンフルーが何かしている気配を感じチラリとそちらを見ると何かを糸で結び束ねるような事をしている。
「それは?」
「遺髪。体は無理でも家族の元に帰れるように。四人とも髪の色が違うからスフィアなら誰のものかは分かるはず」
よく見るとアンフルーの膝の上には他に三つのすでに束ねられた遺髪があった。四つ目の遺髪を束ね終わり、彼女はそれらを布に包んだ。
ゴブリンキングの巨大な棍棒、巨木を削りそのまま武器にしたような物の一薙ぎでスフィアをかばおうと立ち向かった四人は戦場に散った。その肉体は見るも無残なものであったが、髪だけは無事であったようだ。
「アンフルー」
「ん」
俺は遺髪を束ね終わった後のアンフルーの手に触れた。細くて華奢ないかにもアンフルーらしい手だった。アンフルーは抗う事はなく、俺の肩にもたれかかるように体を預けてきた。
そのまま全ての遺体を焼き尽くし炎が収まるその時まで俺達はずっとそうしていた。何も話す言葉は無くとも、遺体を焼く炎を見つめる以外の他に何もする事が無くても…ただずっと俺達はそのままそこに寄り添うようにしていたのだった。
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次回予告。
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次回は閑話が入ります。
プルチン達のざまあエピソードです。




