第69話 十二倍強心薬(後編)
「き、効かない…」
「キノクのお薬がスフィアに効かないのニャ!」
スフィアの体に振りかけた強心剤、これがまるで効果がない事にアンフルーもリーンも驚いている。当の本人である俺も少なからず驚きを隠せないのが正直なところだ。
「やるしか…、ないのか…」
俺は覚悟を決めて心臓病に効果のある全ての材料を手元に寄せた。そねか様子を見て…、具体的には俺が最初に手に取った物を見てリーンが腰を抜かした。
「キ、キノク…。それ、毒の草だニャ。食べたら死んじゃうジギタリスニャ!」
ジギタリス…、別名『狐手草』。この異世界では心臓麻痺を引き起こす毒草として知られている。引きつった表情で問いかけてきたリーン、対して俺は平然とそれに応じる。
「そうだ、これはジギタリス。心臓に直接作用する成分があり、場合によっては心臓を止めてしまう事もある」
「そ、そんなのお薬の材料に使ったらダメなのニャ!」
「リーン、落ち着け。深呼吸だ…。そう…、落ち着け…。確かにリーンの言う通り、ジギタリスを食べて死んでしまった人がいるのは事実だ」
「そうなのニャ!毒なのニャ」
「だけどな、リーン。この草の成分がどうして人を死に至らしめるのかを知れば考え方は変わる。だから、よく聞いてくれ」
俺はアンフルーに乾燥させてもらったジギタリス、これをさらに魔法で粉砕するように頼んだ。枯れ草色のジギタリスがたちまち粉末になっていく。
「まず初めに…。リーン、心臓というのは縮んだり拡がったりして血液を全身に行き渡らせる臓器だ」
俺は手の平を握ったり開いたりしながら説明を始めた。
「誰もが水筒として使っている革の水袋、あれを思い出してくれ」
日本も江戸時代くらいまでなら水筒は竹製がほとんどだ。しかし、この異世界は中世ヨーロッパ的な世界、竹は生えていない。そこでこの異世界の人々は革に防水処理をして水袋を作り水筒としている。
「水の入った革袋の口を開けてギュッと握ったらどうなる?」
「そんなの口から水がピュッとあふれ出るニャ」
「心臓もそうなんだ。ギュッと縮んで血液を全身に送り出す。次に縮んだ心臓は今度は拡がる。そうすると…」
「今度は血液が心臓の中に入ってくる」
「アンフルーの言う通り、革の袋を握ったままでは水は出ていくばかりだか手を緩めてやればそこにまた水を汲める…そんな感じだ。これが心臓の体の中でしている事なんだ」
「ニャ」
「そしてスフィアの心臓なんだが…、詳しい状態をスキル診察で見たところでは縮んだり拡がったりする事が困難な症状のようだ。つまり元々心臓の働きが良くないという事だ」
「そうだったのニャ…」
リーンは真面目な顔をして頷いている。
「そんな状態でゴブリンの集団とさらにはゴブリンキングとやり合っていたんだ。体に強い負荷がかかりここまで酷い心臓の発作を引き起こしたんだろう」
「ニャ」
「その病状の重さは普通の心臓の十倍、普通の薬ではとても症状を改善させられない。だから心臓の収縮する力をつけてやる為にジギタリスを材料に使う必要がある。そこで役に立つのがこのジギタリス…、この草には心臓をギュッと縮こまらせる効果がある。つまりジギタリスの力でスフィアの心臓を縮ませてやるんだ。そして心臓は縮まるの終わったら力が抜けて自然に?な、拡がる」
「鳥類の心臓を薬の材料にした俺の薬は心臓病を100パーセント良くする薬が作れる。だが、それじゃ十倍の重篤な症状にあるスフィアの心臓にはとても効果が追いつかない」
リーンの反対する姿勢がなくなってきたので俺はジギタリスの粉末が入った器を左手に持った。
「ジギタリスは生き物の心臓をキュッと縮めさせるんだ」
次に右手に綺麗に洗ったハツを手に取った。加えスキル錬金術を発動させると光が発し始めた。二つの材料が合わさりレモン色の粉末となっていく。
「これで弱った心臓を回復する効果があるハツ、そして心臓の収縮力を強くするジギタリスの効果が合わさり普通の心臓病薬の効果の二倍になり100パーセント×2で200パーセント!さらに鶏の肝臓とエイトアイをすり潰したものを加えた。これには心臓の中を通る血液に鉄分を含ませる事でより強い酸素供給を実現させ内臓全体の強壮になる成分がある。これで薬の効果はさらに二倍の200パーセント×2で400パーセントッ…!!」
レモン色の粉末の色がだんだんと濃さをましていく。材料が多く魔力のコントロールが難しい。だが俺は集中を切らさないように耐える、後ろからアンフルーがそっと抱きついてきた。温かい魔力が俺の体に満ちていく、魔力のサポートをしてくれているんだ。
「そしていつもの効果を増幅させる触媒茸に蜂蜜と飲む温泉水、さらに今回は効果を体内に効果を継続させる銀白石の粉末を加える事によって三倍の効果が加わりッ400×3で1200パーセントッ!!これなら十倍の…、1000パーセントの病状を超える1200パーセントの薬だッ」
錬成は最終局面、レモン色は深い黄色となりそこに輝く銀白石の粉末が合わさっていく。錬成の為に混ざり合っていく素材から発している光がいよいよ激しくなっていく。しかし、ここでアクシデントが!!
「ク、クソッ、魔力のコントロールがッ!」
いつもは使わない内臓への効果を高め効果を継続させる銀白石を加えてしまった事で俺の力量以上の難しい錬成になったようで魔力が暴走を始めた。アンフルーが必死にサポートしてくれているがさすがにこの短時間で十二倍の魔力消費ともなるとさすがに耐え切れなくなっている。ましてや初めて作る薬の為、俺も力の加減が分からず非効率な錬成をしている事もあるだろう。
「クッ!あ、あと少し、あと少しで良いんだ。もう少し魔力を使えたら持ちこたえられる!」
「ッ!!ボ、ボクもいるニャーッ!!」
リーンも俺の膝に抱きついてきた。そう言えばリーンも魔力があると言ってたっけ…。アンフルーのとは別の温かい魔力が体に染み込んでくる、心から元気になるようなリーンを感じさせる魔力。
「うおおおおおっ!錬成ッ!」
その瞬間、カメラのフラッシュのように一瞬の…とても強い光が錬成している素材から放たれた。そして後に残ったのは…。
「き、金色の粉だニャ…」
リーンの言った通り、そこには濃い黄色に銀白石の輝きが宿ったようなさらさらとした粉末がガラス皿の上にら残った。俺はそれを手に取りながら言った。
「二人ともありがとうな。これが従来の心臓病の十倍の重さがあるスフィアを治す為の普通の強心剤の1200パーセントの効果がある十二倍強心薬だ」




