第65話 翠玉(エメラルド)の単眼鏡(モノクル)
「ど、どうした!?おい、おい」
「しっかりするんだニャ!」
突如崩れ落ちたスフィア。俺とリーンは必死になって呼びかけるが彼女は青い顏をして呻き、その呼吸は荒くなるのみ。
「キノク、とりあえず部屋に」
アンフルーが冷静に告げる。
「わ、分かった」
俺はその言葉に従い自宅に転移をした。
「そっと運ぶんだニャ」
リーンとアンフルーによりスフィアのブーツや甲冑を外させる。その間に俺は布団を敷いた。
「布団に飛び込むの、今は我慢だからな」
「わ、分かってるニャ」
リーンが慌てて応じる。もしかすると飛び込みたかったのかも知れない。
「これに着替えさせてやってくれ。俺はその間に水を汲んでおく」
高校の時に使っていた学校指定の臙脂色のジャージをタンスから取り出した。左胸には黒マジックで『紀伊国』と書かれた白い布が縫い付けられており、また前開きファスナーで着脱しやすいものだ。確か衣服のカーディガンは戦場で負傷した兵士の体温低下を防ぐ為のものだ。腹部などを治療するのに前開きの衣類は便利だ。偶然だが、腹部になんらかの治療が必要なら役に立つかも知れない。
「分かった」
アンフルーが受け取る。
そして俺は部屋を出て新鮮な飲める温泉水を汲みに炊事場へ行った。
……………。
………。
…。
部屋に戻るとスフィアと名乗った女性が布団に寝かされていた。彼女はいまだに苦しげに荒い息をしている。
「外傷は治っていると思うんだが…、毒か?」
スフィアが苦しんでいる原因が分からず俺は思い当たる可能性を口にしてみた。
「服を着替えさせる時に見たけど、傷のあった場所が変色してたりはしてなかったニャんよ」
「ん。毒が傷から入り込むと患部を中心に紫がかった色になる」
どうやら俺の思い至った可能性は違うらしい。
「だとすれば原因は何だろう?」
「キノク、翠玉はまだある?」
「あ、ああ。届いていると思うが…」
「なら、作って欲しいものがある。無論、キノクが良ければ…だけど」
「作って欲しいもの?」
「ん。キノクしか出来ない」
「俺にしか…?」
「そう…。キノクなら小さな宝石の粒を一つに合成しながら形を自由に変えられる」
そう言ってアンフルーは数枚の銀貨を取り出した、エメラルド以外に材料として必要らしい。さらにはどんな物を作ったら良いのか、手書きメモを加えた絵面をもって口頭で説明してくる。
「急いで。きっとスフィアを助けるカギになるから」
□
「レンズが出来た」
アンフルーに言われて俺が作る事になったのは奇妙な物であった。材料はたった二つ、エメラルドと銀だけであった。まずエメラルドに関して言えば小さな人工エメラルドを合成して大きな物を作るのだが、この時に出来上がる物の形状についてアンフルーから注文があった。
「まるで眼鏡のレンズ部分みたいな形状だな」
「そう、まさにこれはレンズ。真実を映す為の…」
「どういう事だ?」
「傷でもない、毒でもない。体力が尽きて息を切らしているのなら休んでいれば呼吸はだんだんと落ち着く筈」
「ふむふむ」
そう言いながら俺はアンフルーから手渡されていた銀貨を合成させエメラルドを囲む薄板のような形状にする。
「だから私は何か他の状態異常の可能性を疑っている」
アンフルーは真面目な声で呟いた。
「状態異常?」
「ん。毒、睡眠、麻痺、呪い、病気、疲労、混乱、弱体化…それ以外にもまだまだある。それを見抜く為の単眼鏡」
「見抜く為の…それはまあ分かるけど。でもなんでエメラルドなんだ?他の宝石でもレンズなら出来そうだが…。透明な宝石もあるだろう?ダイヤモンドとか…」
「花に花言葉があるように宝石には宝石にこめらた意味意味を表す 宝石言葉と言う物があり?がある。そしてエメラルドが意味するのは愛と献身」
「愛と献身…」
「病に苦しむ人に対して最も必要な感情…」
「なるほど…、ってかアンフルー」
「何?」
「凄く良い事を言ってるんだけどさ、どうして俺の耳元でささやくように言ってるんだ?あと、微妙に息が荒い」
「それは私が興奮して、はあはあ」
「あとなんで服を脱ぎ始めてるんだよ」
「キノクの耳元がそそるからつい…性的興奮」
「ボクも脱ぐニャー!」
「お前ら、スフィアがいるんだぞ!ええい、離れんか!合成ッ!」
俺は二人を体から引き剥がしながらなんとかアンフルーの絵図面通りのものを作り上げた。
□
「完成だ!!しかし、…うーむ」
完成したものを見ながら俺はしみじみと呟く。
「どう見てもお洒落なハーフ仮面付きのスカ◯ターにしか見えない」
実際に某有名な漫画、龍の玉に登場する現物と見た目は異なるがそう見出したらそれとしか見えない。レンズ部分はエメラルド、その縁取りを銀でしている。本来なら両耳を使って初めて装着出来るのが眼鏡というものだが、この単眼鏡は片耳に接する部分だけでその重さに耐え装着を可能にしている。もっともエルフであるアンフルーの長い耳に装着するからかなりの接触面積があり、装着出来るのであるが…。
「単眼鏡は手に持って虫眼鏡のようにして使うものだけど、これなら両手を自由に使える」
左耳に単眼鏡を装着したアンフルーが満足そうに呟く。
「ニャー!その形じゃボクには装備出来ないニャ」
「ふふ、私専用」
「ふニャーッ!!ズ、ズルイのニャ!専用は通常の三倍の性能が…」
「ちょっと使ってみる。…見せてもらおうか、キノクが作った単眼鏡の性能とやらを」
いつの間にかアンフルーが全身赤い服を着ている、そしてその左手を単眼鏡に軽く触れると魔力の淡いオーラが包んだ。そのまま布団に横たわるスフィアに視線を向けるとよく分からない文字のようなものがエメラルドのレンズに浮かんでいく。
「こ、これは!!」
アンフルーが驚愕の声を上げた。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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翠玉の単眼鏡を用いたアンフルーによりスフィアの状況が確認される。
さらにキノクが新たなスキルを購入しスフィアが倒れた原因を突き止め、さらには解決法も思いつく。
しかし、それは絶望的な事実も突き付けられる事でもあった…。
次回、第66話。
『新スキル獲得とスフィアが倒れた訳』
お楽しみに。




