第64話 王を射る三矢(さんし)と槍使いの姫騎士
「まずいッ!」
俺は反射的にクロスボウのトリガーを引いた。倒せなくとも反撃をこの狙撃によって阻止出来たら…、あるいは牽制にでもなればリーンならかわせるのではないか…そんな願いを込めて。
とすっ。
俺の矢は確かに側面からゴブリンキングのこめかみのあたりに命中した。しかし、頭部を貫通までには至らない。皮膚に刺さりはしたが、その頭蓋骨を突き抜けるには威力が足らなかったようだ。
そんな一撃ではゴブリンキングの反撃を止める事など出来やしない。ゴブリンキングは棍棒を持っていない左手を裏拳のように振り回した。
リーンは空中で顔面と胴体を守るように両腕を身構えたが、体格差と筋力の差は明らか。耐えきれず一撃をもらい吹っ飛ばされた。実際の猫のように両手両足を使ってなんとか着地するも明らかに効いている。致命打とまではならなかったが明らかに痛打である。再び立ち上がり身構えたもののそのダメージは深刻、もう一撃もらったら完全にアウトだろう。
「クッ!!」
俺はクロスボウから右手を離しサバイバルベストの左胸部に差しているサバイバルナイフに手をかけようとした。
「駄目」
アンフルーが俺の後ろからしがみついてきた。
「止めるなアンフルー!リーンを助けるんだ」
俺がナイフ片手に行った所で結果は見えている。だが、みすみすリーンを攻撃させる訳にはいかない。
「ナイフごときでは倒せない、リーンの力量をもってしても軽傷を負わせるだけなんだから」
「そんな事…」
分かってるさ、そう言おうとした俺にアンフルーが続ける。
「二発目、早く」
「本気か?かすり傷がやっとなんだぞ」
「良いから!」
何が良いんだ、だが猶予はない。ゴブリンキングは明らかに余裕のある感じでリーンと相対している。まるでどういたぶってやろうかと算段するかのように。
「クソッ!」
びんっ!
クロスボウから二発目の矢が放たれる、いつの間にか俺の手にアンフルーの手が添えられていた。
「風よ、矢に力を与え敵に導け。シュートアロー」
アンフルーが魔法の呪文を唱えるといつもの射撃より明らかに速く矢が飛んでいった。
すたんッ!
なんと二発目のゴブリンキングのこめかみあたりに刺さったままの矢に命中した。板に金槌で叩いて釘を打ち込んでいくように、最初に刺さっていた矢を二発目の矢が押し込んだのであろう、ゴブリンキングの側頭部から血が溢れ出た。
後ろからぴったりとくっついているアンフルーがクロスボウを構える俺の手を添えた手の力を少し強めて言った。
「第三射」
「あ、ああ」
びんっ!
「シュートアロー」
三度矢が放たれる、またもや矢はその速度を増した。
「ま、まさか。また…」
「そのまさかだよ」
すたあぁんッ!
二射目の矢に三射目の矢が連なるように当たる、一直線になったそれはさながら巨大な弓矢から放たれる槍ほどもある長さの物のようだ。そんな矢と言えば…。
「攻城兵器みたいだ。人を撃つ為のではなく、大楯や城壁を破壊する威力のある…」
バリスタと呼ばれる武器というより兵器や設備というような巨大な弓がある。当然、手に持って使うようなものではない。軽トラ程はある台車に乗った弓で巨大な矢を飛ばす。
「攻撃魔法は弾かれ、表皮は硬く矢はわずかに刺さるのみ。それなら…」
抱きついたままの姿勢で背中越しにアンフルーの声がする。
「あの刺さったままの矢…、あれを押し込んでやれば良い…。当たっていたのは側頭部、その先は脳…」
見ればゴブリンキングは頭を射られその動きはフラついている、死んではいないが脳へのダメージを与えているようだ。
「キノク。冒険者製応急薬、出して」
「お、おう」
俺はペットボトルを取り出す。
「風よ、運べ」
アンフルーが魔法を唱えるとペットボトルは姿を消し、次の瞬間にはリーンの目の前に現れた。
「リーン、薬だ」
俺は叫ぶ。
「飲んで」
アンフルーも続いた。
「ニャ」
リーンがペットボトルを手に取りフタを開けて口に運ぶ。その動きにはいつもの速さもキレもない。どうやらリーンの受けたダメージは思いの外、深刻であったようだ。
リーンはペットボトルの中身をグッと飲み、残りをその体に浴びるように振りかけた。
「ふニャあっ!…パ、力が溢れてくるのニャ!」
リーンが体にぐっと体に力を入れるとその存在感が増したような気がした。そういえばリーンが以前話していたっけ…。
「ボクは強い敵と戦ったり、深く傷ついた状態から回復すると体がグッと強くなるんニャよ」
ミミックロックとの激闘の後、リーンが回復した時に一度見たあの光景。瀕死からの回復パワーアップ。そのリーンが軽くジャンプする。
「さっきはよくもやってくれたニャ!!」
そう言ってリーンはゴブリンキングの目の前に行くとその場で軽く跳んだ。ゴブリンキングの顔面の高さに到達する。
「お返しニャ!」
そう言ってリーンは空中でゴブリンキングの顔面に裏拳を見舞う。
すぱぁんっ!!
一目で分かる、ゴブリンキングの頭蓋骨が砕けたと。顔面が完全に陥没している、ゴブリンキングはそのまま真横に倒れた。
「ニャッ!?一撃で倒れたニャ」
「す、すげえパワーアップだ…」
俺は唖然とした。
「ん、さすがリーン」
そう言いながらアンフルーが二本の腕で俺の体をまさぐり始めた。
「何やってんだ?」
「ん、スキンシップ」
「やめんかい。ほれ、あの女の人の所に行くぞ」
そう言って俺はアンフルーを引き剥がして槍使いの女性の方へと向かった。
□
そこには肩で息をしながら槍にもたれるようにしてなんとか立っている女性がいた。
「うくっ…、はあはあ…」
先程ゴブリン共の包囲を破った時も姫騎士達は疲労しているのが見てとれたが、今はさらに辛そうだ。
「大丈夫かニャ!?」
リーンを先頭に駆け寄る、姫騎士は泥と疲労に塗れ会話をするのもままならない。よく見れば手傷も負っている。
「キノク〜!!」
「ああ、分かってるよ」
俺は作りおきしてある冒険者製応急薬を取り出した。
「これはお薬だニャ。体に振りかければ痛いのはすぐになくなるし、飲めば元気なれるのニャ!」
そう言って姫騎士に呼びかける。
「そ、それは霊薬では…」
「うんうん、そうなのニャ!でも、キノクが作るお薬はそれ以上にスゴイのニャ。なんたって甘くて美味しいのニャ!」
そう言ってリーンはペットボトルのフタを開けると姫騎士の手傷を負っている部分に振りかけた。
「い、痛みが引いて…、はあはあ…」
「さあ、後は飲むだけニャ。すぐに元気になれるのニャ」
そう言ってリーンはペットボトルを手渡した。白を基調とした服装に華美さは無いが一目で丹精込めて作られた物であるのが分かる甲冑は一つに束ねられた黒髪と相まって質実剛健といった印象を受ける。また、兜をつけていないその顔はとても美しく、息が荒いとはいえ凛とした美しさと気品は隠そうとしても滲み出ている。
アンフルーが陽光の下で黄金に輝く美しさなら、この女性は月明かりの下で白銀に輝く美しさだろうか。どちらにしても甲乙つけ難い、もしもどちらかと恋に落ちるなら…それは見る者の好みによるだろうとしか言えない印象だ。
「…はあ、…はあ。かたじけない…」
荒かった呼吸もだいぶ収まり、姫騎士は槍に頼る事なく自らの両の足だけで立っていられるようになった。
「わたくしはスフィア…、スフィア・ゴルヴィエルと申します。訳あってアブクソムに向かう道中、運悪くゴブリンの一団と出会し戦いとなりました。まだ、日も暮れた訳でもなかった故、魔物の類が活発に動き出す日暮れ前に森林部を抜けようと馬車を急がせたのですがこのような思いもよらぬ仕儀となり…」
もしかするとゴブリン共が日もあるうちにこれだけ大規模に動いていたのは俺達が九匹のゴブリンを倒した事で、異常を感じたゴブリンキングが手勢を率いて動いたのかも知れない。彼女達は運悪くそれに鉢合わせしてしまった…、その可能性もある。
「そ、そうですわ!この霊薬があればわたくしを守る為に立ち向かった…」
スフィアがゴブリンキングに倒された男達の話題を切り出した。
「……………」
一番近くにいたリーンの沈黙をスフィアの視線が捉えた。
「そう…ですのね。あの一撃を受けて…」
スフィアが目を伏せる。
「皆様。今のわたくしには何のお礼も出来ませんが、他日必ずやこの御恩をお返しいたしますわ。それ故、今一度お力をお貸し下さい。彼らを埋葬する御助力を…」
俺は頷く、リーンとアンフルーも否ではないようだ。
「あ、ありがとうございます。…うっ!!」
スフィアは突然小さく呻くとその場にバッタリと倒れ込んだ。
「な、なんだ!?どうしたッ、傷も体力も戻っているはずなのに」
「た、大変だニャ!!」
慌てふためく俺達、これが俺とスフィアの初めての出会いだった。
いかがでしたでしょうか?
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次回より新章。
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突如、崩れ落ちた槍使いの美女スフィア。
キノクの霊薬により怪我も癒え、体力も回復していたのは間違いない。それが何故倒れたのか…。
三人は看病をするもののスフィアは一向に回復しない。そんな中、一行の知恵袋とも言うべきアンフルーはキノクに一つの提案をする。
果たしてキノク達はスフィアを救う事が出来るのか?
そして、スフィアは何者か?
次回、第65話。
『作れ!!翠玉の単眼鏡』。
お楽しみに。




