第56話 荒稼ぎオークション。
「ねえねえキノク〜、今日は何するのニャ?」
薬師街に出かけた翌日、自室で朝食を済ませた後に胡座をかいて座る俺の膝の上に上半身を預けながらリーンが聞いてきた。
「今日は試したい事があるんだ」
「試したい事?」
今度はアンフルーだ、その彼女がちゃぶ台の向こうからこちらにやってくる。参加予定の自由市まであと六日、俺達にはまだ時間がたっぷりとあった。そこで自分のスキルを試してみる事にしたのだ。
「これを見てくれ」
そう言って俺は宅配ボックスに昨日届いていた物を取り出す。手の平に乗るくらいのポリ袋に透明感のある赤い輝きをした石が沢山詰まっている。通販で買ったものだった。
「宝石だニャ!いっぱい入ってるニャ!」
「これ…、ルビー?」
「ああ」
それをちゃぶ台の上にタオルを敷いて十粒ほど取り出した。一粒が大体3ミリ程でラウンドカットされている。宝石の大きさをあらわす単位であるct、これは重さが基準であるそうで1カラットは0.2グラム。この小さな粒一つがだいたい0.1カラットであるらしい。単純計算で30カラット分のルビーがある訳だ。
ちなみに購入費用は一粒で300ゼニー、300粒買ったので9万ゼニーである。
「これは綺麗だニャ。でも、仕入れ値がかかってそうだニャ」
指先でルビーをツンツンしながらリーンが呟く。
「これ、売るの?良いルビー…、もう少し大きかったらかなりの高値…」
アンフルーはルビーの一粒を親指と人差し指でつまんで照明の明かりに透かすようにして見ている。
「ああ、少し細工をして売ろうと思っている」
「…細工?」
「ちょっとスキルを使ってな。アンフルー、俺の魔力が足りなくなりそうなら支援してくれ」
「ん」
アンフルーが背中に回り込んで抱きついてきた。とりあえず俺は十粒の人工ルビーを手に取った。
「スキル?キノク、どうするのニャ?」
「こうするのさ、合成!」
次の瞬間、手の平の上のルビーがまばゆい光に包まれた。
□
俺とリーン、アンフルーの三人は商業ギルドに向けて歩いていた。
「考えてみれば俺の天職は商人だけど商業ギルドには登録してなかったからな」
商業ギルド…、アブクソム市街地の中央部にそれはあった。殺風景かつ小汚い冒険者ギルドとは異なり商業ギルドの建物は小綺麗な建物である。
商業ギルドに入ると冒険者ギルドとは違う雰囲気だ。しかし、似ている所もある。冒険者ギルドでは依頼を求めて冒険者が集まるが、ここでは何らかの儲け話や商売を求めて来るのだろう。商人達が貼り出された取引相場を見ていたり、何らかの商談をしている者の姿もあった。
受付カウンターに行くといつもだらけた冒険者ギルドの受付嬢パミチョとは異なりしっかりとした姿勢で対応している。融通はきかないがきちっとした仕事をしそうな雰囲気…、切り揃えられた髪にややもすれば堅苦しい印象を与えるような丸眼鏡。そんな受付嬢が一礼しこちらを出迎える。
「いらっしゃいませ。アブクソム商業ギルドへようこそお越し下さいました。本日はどのような御用件でしょうか?」
外見に似合った落ちついた声が響いた。大きな声ではないが聞き取りやすく、それでいて凛としている。
「商業ギルドに加入をしたいのだが」
「かしこまりました。ご加入には加入金とどなたかのご紹介が必要となります。本日は紹介状などお持ちでしょうか?」
「いや、残念ながらそういった知り合いは生憎といないな」
「そうなりますとご加入の手続きはお引き受けできかねます。当ギルドにおきまして会員というのはある種の保証を受けるものでもあります。もちろん取り扱う商品にも…質の悪い物は扱ってはいないという証にもなります」
うん、分かってた。こういう流れになる事は。
「そうか、それでは仕方ないな」
「誠に申し訳ありません。自由市などで販売実績を積み、販路を広げ紹介を受けまたお越しいただける日をお待ちしております」
「分かった。では、商取引はどうだろうか。見てもらいたいものがあるんだ」
そう言って俺は紺色のハンカチに包んだ合成スキルを使って作ったばかりの約30カラットの人工ルビーを取り出した。
「これは…」
「いくらで買う?」
俺は余計な事は言わずそれだけを尋ねた。受付嬢が小さな台のようなものに乗せた。
「千…二百万ゼニーでいかがでしょうか?」
受付嬢がおずおずと申し出る。千二百万か…、二割引かれての価格だから元の価値としては千五百万ゼニーか…。まあ、原価は十万もしてないしな。そこに横から声がかかる。
「ちょ、ちょっと待った!あんさんッ!ワ、ワテに千三百万でくれまへんか!」
「ズ、ズルいぞ!?こ、こっちは千四百万ッ!千四百万出すぞ!」
「い、いやウチは…」
次々に声がかかる。
「なあ、アンタ!売ってくれよ!ギルドは一定の質があれば後は大きさでしか見ていない。個人間の売買なら手数料は引かれないからアンタにも良いだろう?千四百五十、千四百五十万でどうだろうかッ!?」
「なるほどね、手数料は取られないのか…。それは良いな」
「だろう!?だから俺に…」
「駄目だな」
「えっ!?」
「ギルドの提示額は二割を引いた…つまり本来の価格の八割だ。つまり元値としては千五百万ゼニーの価値がある。最低でも千五百万だ。だったらまずはそこから値を付け始めるべきだろう。それにこのルビーをギルドが買い取りをして、改めてアンタらに売りに出せば…、いくらになるね?少なくとも千五百万でそのままは売らないよな」
「う…」
「それに見ろよ、この美しい形をさ。凄いだろ、このカット」
以前、リーンに見せてもらった換金出来る旅人用宝石。あの宝石はカットされてはいなかった。それでも価値は保証されていた。しかし、俺の持ってきた人工ルビーはラウンドカットという整形がされていてとても美しく輝いている。元々の石の大きさは一粒0.1カラット、それを何回かの工程を経て三百粒全て使って合成したのだ。
「最初に声をかけてきたアンタ、ほらちょっと持ってじっくり見てみなよ」
俺は関西弁ぽい口調で話しかけてきた小太りの男にルビーを手渡した。およそ2センチあまりの大きさになったルビーを男はしげしげと眺めている。
「ええ色や…、形も…。これならそのまま宝飾品にも使えるで」
「そうだろうな」
そう言って俺は男からルビーを返却させた。
「アンタたち、これがただのルビーじゃない事を考えた上で値段を口にしてくれよ。…でないと売る気分にはなれそうもないんでな。…そうだ、即興オークションとでも洒落こもうぜ。競りだ、一番の高値をつけた人に売る事にするよ。俺はここで見守ってるからさ」
そう言って俺は居並ぶ商人達を見回してニヤリと笑った。
……………。
………。
…。
「三千万ゼニー…、まあ良いか」
心の中では飛び上がりたい気持ちでいっぱいだが努めて冷静に…、俺はさも当然といった感じで呟いた。落札したのは最初に声をかけてきた男だった。一千万ゼニーの宝石三つと人工ルビーを交換、手にした宝石はすぐにリーンに預けた。
ルビーを落札した商人は大喜び、他の商人はがっくりと肩を落としている。中々に見応えのある金額の応酬だった。だが一つ分かった事がある。
こいつら、金があるな…。よし!
「さぁて、二品目と行こうか…」
「「「「ッ!?」」」」
商人達が一斉にこちらを振り向いた。
「次はコイツだ。よぉ〜く考えて競りをしてくれよ?」
そう言って俺は二つ目の宝石を取り出した。ブルーサファイア、またもや人工宝石を合成して作った二百カラットあまりのもの。さらにはタンザナイトやエメラルド、アクアマリンとアメジストを用意した。商人達が再び熱い駆け引きを始める。
最終的には一億二千万ゼニーを得る事ができ、全て換金用の宝石で支払われた。これは俺にとってありがたい事だ。これを換金すれば手数料を含んだ価格で現金化、一億二千万ではなく一億五千万ゼニーを得られる。
「さて、帰ろうか」
「ま、待ってくれ!」
「ん?」
商人の一人が声をかけてきた。
「ま、また宝石を手に入れられないだろうか?」
「ふむ…」
俺は少し考える。
「良いぜ」
「い、いつ。どこで?」
「そうだな、次の…そのまた次の自由市。そこで珍しいものを売る奴がいるらしい。きっとその者が売るだろう。…まあ、俺の事だが…」
「じ、自由市で…?」
「午後が良いと思うぞ。持ってきたものを売り尽くした後で最後に宝石を売るだろうから」
「わ、分かった」
「それじゃあな」
そう言った俺の両脇をリーンとアンフルーが固める。
「あ、あの…」
受付嬢が何か言いたげに声をかけてきた。
「造作をかけた。これから地道に商売やらせてもらうよ」
リーンが俺に腕を絡めたり額を擦りつけながらおねだりをしてくる。アンフルーも同様だ。
「ねえねえ、ボク今夜はお魚食べたいニャ〜」
「私は甘いものと…じゅるり」
「ああ、奮発してやるよ。それと…俺は駄目だぞ」
「む…」
そんなやりとりをしながらもリーンの耳はせわしなく動き、アンフルーの表情は凄まじく真面目。わずかな油断も無い。
商業ギルドを出るとアンフルーが即座に魔法を使う。たちまちリーンとアンフルーの姿が消えた。俺の腕も足も見えない、感覚は残っているのだが…。
「不可視化の魔法…」
アンフルーが呟くように言った。
「幸いボク達は腕を組んでるから離れなくて良いのニャ」
「ん。後を尾けてくるのがいるかも知れない、一応用心」
「なるほどね」
「キノク、このまま商業ギルドの壁沿いに…。そこの路地に入って部屋に戻るニャ」
「分かった」
「あ。姿が見えないから体を触って居場所を確かめなければー」
「棒読みしながら俺の体をまさぐるんじゃない」
そう言いながら路地に入る。幸い、尾行してくるような奴はいなかった。それを確認して自室に戻る。さっそく宝石を換金、一億五千万ゼニーになった。なんだか金銭感覚がマヒしそうになる。そして久々にあの厳かな声が頭の中に響いた。
『汝に天啓を与えん』
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