第55話 薬の適正価格を考える。
きっかけは些細な事であった。
「これだけ安いならみんなが先を争って買うのも無理は無いのニャ」
第二回綿あめ販売会とでも言おうか、次の自由市に参加する際に一緒に売ろうと考えていた薬を作っていた時の事だった。リーンが呟いた何気ない一言が俺の興味を引いた。
「安い?そうなのか、高い物なら一つ一万ゼニーのやつもあるのに」
俺の売っている冒険者製応急薬は既存の誰でも作れるものとは違っていた。と言うのもこの冒険者製応急薬は薬学の知識が無い人でも怪我をした時に生えている薬草とその効果を増幅させる触媒茸を適当に合わせれば出来てしまうものだ。
《御主人、もう少し触媒茸を加えて下さい》
ナビシスの声が俺の脳内に響く。調合比率は大体覚えたが、同じ材料を使っても細かな調整をする事で効果はさらに違ってくる。そこで同じ材料でも効果が最大化されるようにしっかりと作っている。
ナビシスのアドバイスは的確だ。適当な薬草と触媒茸を混ぜ合わせれば出来上がるという既存の冒険者製応急薬の処方箋、それはどんな組み合わせでもある程度の効果がある。その効用は外傷にもら火傷にも打撲にも…と幅広くもある。
そこで俺が考えたのは使う薬草の種類を適当なものではなく、例えば外傷に対して特に効果のあるものを使えば外傷に特に効果のある薬になるのではないかというもの。その予想は当たりナビシスによれば外傷にとてもよく効く。逆にそれ以外にはあまり効かないが、外傷だけならほぼ最高レベルだろうとの事。
また、薬草の種類によっては特に火傷に効くものや打撲や腰痛などに効くものなども出来る。さらにその目的別にした薬に外傷薬と同様に蜂蜜と飲む温泉水を混ぜればさらに効果は増す。ある特定の症状に効く特効薬の出来上がりだ。ちょっとやそっとの傷ならたちどころに治ってしまう。あくまで症状別に使い分ける事が前提であるが…。
「こんな薬、霊薬レベル。錬金術師でなければ作れやしない」
「そうなのか?」
「ん、魔力を使わずにこれだけの物を作るのは普通は無理。少なくとも薬師レベルは超えている」
「うーん、スキル調合術の効果とナビシスのおかげか…」
《痛み入ります》
脳内にはナビシスの声が響いた。
「アンフルーは錬金薬は作れるのかニャ?」
「私には無理。錬金魔法は習得してない」
「錬金魔法?お得意の独自魔法でなんとかならないのか?」
「無理。私の魔法は現象そのものを生む事が出来る、火球なら…つまり火を起こさないで飛ばす」
「うん」
「ニャ」
「でも錬金魔法の真髄は二つ以上の物を組み合わせて違う性質を持つ別の物質を作る事にある。そこには魔力によって現象そのものが発生しない、あくまで物が合わさり別物質が発生するもの。魔法の効果そのものが現象を発生させる私の使う魔法とは系統が違う」
「うーん、なんか魔法にも色々と種類があるんだな」
「ん、魔法の世界は奥が深い」
「そうだニャ!ねえねえキノク〜、薬師街に行ってみようニャ!」
「えっ?薬師街に」
「そうニャ。どんな薬が売ってるかとか、値段とか見に行こうニャ」
「ん、色々と見比べてみるというのは一理ある」
リーンの発案にアンフルーは同意のようだ。
「そうだな。俺は冒険者製応急薬とその延長くらいの考えで薬を売ってきた。…とすれば、少しこの街の薬はどう作られ売られているか見ておくのも悪くないかも知れないな。行ってみるとしようか」
□
薬師街は貴族街に近い所にあった。塗ったり飲んだりするような商品化された物が並んでいるような店もあれば薬の材料となるような物を売っている店もあった。
「あれはテンメディ…、別名ポイズンプールだっけか」
俺はとある薬屋で材料を仕分けしているのを見て思わず呟いていた。効能は幅広く毒消しから鎮痛、殺菌など多岐に渡る。テンメディは繁殖力が旺盛で陽当たりの良い所ではなく、薄暗く湿気がある所を好んで生える。
「ほう、お客さん詳しいですな。この辺りじゃ生えている場所も限られてますから」
店主が声をかけてくる。
「ああ、冒険者をしていた事があってな。冒険者製応急薬の材料に使った事があったんだよ」
「なるほど、道理で…」
それに…、俺は心の中で付け加えた。湿気があまりない中世ヨーロッパみたいなこの国では珍しいテンメディだが俺には馴染みがあった。それというのも見た目がドクダミにそっくりなのだ、だから馴染みというか覚えやすい形だった。
しかし、どれもこれも薬というのは高価なものなんだな。見れば俺よりはるかに幼い子供数人が下働きをしている。先程のテンメディの薬草を干したものを運んだりすり潰していたりと手間がかかっている。
『御主人。テンメディの葉は生の時には外傷に対して、干したものは整腸や毒消しに対して効能が強くなります』
へえ、生の時と干した時に効果が変わるのか。
『変わると言うより特徴が出やすくなるのです。幅広い効能のあるテンメディですが生の時には外傷によく効き傷薬向き、干すと傷薬の効果が薄れますが毒消しや整腸の効果が強まります』
ああ、なるほど。俺は傷薬としてしか使ってなかったからそう言った視点はなかったなあ。
そんな事を思いながら傷薬の値段を聞いてみると安い物で1万ゼニーから。高い物ともなればその何倍にもなる。それでいて効果は俺の作る冒険者製応急薬には数段劣る。少なくとも瞬時に効果が現れるような物ではない。それでいて値段は俺の物の方が安い。
「しかし…」
この薬屋が悪い訳ではない。材料を購入し下処理、それを薬師と呼ばれる人々が薬にしていく。当然、彼らにも暮らしはある。材料を入手してくる人、それを仕入れて運び薬師に売る人、製薬に携わる人、そして完成した薬を売る人…。異世界には整備された道路網や輸送の為のトラックも無い。オートメーション化された製造ラインもない。全てが人力、手間も時間もかかり大量生産は出来ない。それゆえ高値になるのも致し方ない所だろう。
一方で俺の作る冒険者製応急薬の効果はかなり高いようだ。さらに言えばそれでいて安い。全てはナビシスの助言と飲める温泉水、そして蜂蜜を混ぜる事によって薬の効能が跳ね上がった為だ。材料も自分達で採集出来るし経費はそもそもかからない。大量に採れても土間に置いておけば良いんだし保管にも手間はかからない。そもそもリーンが霊薬と評した俺の水薬はその材料のほとんどが飲める温泉水。薬草類はあくまで溶かしているに過ぎない。予算はかかっていない、ほとんど丸儲けである。
薬師ギルドの売店も覗いてみたがやはり値段は似たような物、庶民が買うにはやはり高いという印象が否めない。しかもギルドで販売しているのは効き目はある程度の保証がおる薬である。
自分の店はまだ持っていないが、少なくともデタラメな物ではない薬を作れる人が納品した薬が出品されている。自由市で販売している俺の薬は一日店を開けば全種類合わせて百個くらいか。すると同じ数だけ薬師ギルドや薬を販売する店のものは売れなくなるだろう。
俺の生活には全く困らないが、薬師とその関係者は困る。別に敵対している訳でもなし、あえて恨みを買う必要もない。薬に関しては少し考え方を変えていく事にしようか…。
いかがでしたでしょうか?
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次回、キノクは商業ギルドへ…?
第56話『荒稼ぎオークション』。
お楽しみに。