第53話 ケイウン・ブッシの家
かんかんかんっ!
かこんかこん!
木を叩いたりして加工している音だろうか、そんな音が聞こえてくる。帝都アブクソムにある職人街の一角、中でも木工の職人達が多く暮らす区画に来ている。その区間に暮らすというケイウン・ブッシという初老の男の家に俺は向かっていた。
職人街に入ってすぐの所で通行人にケイウンの家の場所を尋ねると彼は名前が知れているようですぐに教えてくれた。孫娘のアリッサが言うめーこー…おそらく名工という事か、その呼び名に恥じない腕があるのだろう。
「ねえねえキノク〜。昨日の夜、何を熱心に書いていたのニャ?」
同行してくれているリーンが尋ねてきた。
「ああ、可能ならケイウンに頼みたい事があってな」
「頼みたい事?」
今度はアンフルー、無表情で小首を傾げる動作をしている。こういうのはきっとファンにはたまらない動作なんだろうなとか思いながら俺は応じる。
「ああ、ケイウンは木工職人だろう。たいていの物は作れると言っていた。だから商売の為にこれがあったら便利だなと、思うものがあるんだがそれを頼めないかと思ってな」
そんな話をしながらケイウンの家と思しき所についた。ここらへんの家は住居兼作業場というような家が多い。その為、ふつうの一般的な家より大きめだ。その家の前に見覚えのある少女がいた、こちらに気づいたようだ。
「あっ、お兄ちゃん」
ケイウンの孫娘、アリッサであった。
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「おう!よう来なすった。まあ座って楽にしてくれ」
アリッサに手を引っ張られるようにして家の中に入るとケイウンがいた。勧められた席に座る、簡素な木製の椅子だが座り心地が良い。きっとケイウンが作ったものなんだろう。
「昨日は本当に世話になったな」
「いや、気にしないでくれ。こちらも腕の良い職人に会えたからな。実は受けて欲しい仕事があるんだ」
「仕事?俺にか」
「ああ。これを見てくれ」
そう言って俺はた方眼入り模造紙を取り出した。そこには昨晩描いた図案があった。
「一つ目は…変わった荷車みてえな感じだな。だが荷を乗せるというよりこいつは…」
しげしげとケイウンは俺の書いた絵面を見ている。
「ずいぶんと変わった台車という感じだな。なんとも見た事も聞いた事もねえような図案だ。それに色々なモンがついてやがる。こりゃあ…引き出しか…?ううむ…」
俺が絵に描いた図案、それは一辺50センチの正方形の底板に車輪を四つ付けた台車を作る。そしてそこに台車と同じ縦横90センチ高さ2メートル弱の四角柱を上に伸びたものを取り付ける。同様のものをもう一つ作り、東京都庁の二股に分かれた上層階のようになっている。
その二つの直立した部分を渡り廊下のようにしてテーブル板状のものでつなぐ。俺のベルトの高さよりやや高いくらいの位置にあるそれは作業台のようにして使うつもりだ。昨日を例に取ればそこに金タライを置き綿あめを作る、品を変えれば綿あめ以外の商品を作る事も可能だろう。つまり屋台として使う…、そんな算段だった。そして最後に最上部にも天板をつけテーブル板と二ヶ所で二つの角柱をつないでいる。
「…この二つの角柱を中空にしているのは引き出しを作って色んな物をしまっとく為か…。もちろん木をそのまま柱にしたんじゃ重くてしょうがねえだろうしな」
ケイウンが興味深そうに図面を見ている。
「ああ、そしてもう一つ狙いがある」
「もう一つ?」
「図面だけじゃ分かりづらいかも知れないからこんなモンを作ってみた」
俺は画用紙を加工して作った二つの牛乳パックのような形をしたものを取り出した。牛乳パックと違うのは上部の形、折りたたまれたものではなく高さのある正四角柱になっている。
「…人が悪イな。それを先に見せてくれりゃ…」
「すまない。今、俺もそう思ったところだ」
そう言って俺達は笑い合った。
□
「ふむふむ、こりゃあ面白えな」
画用紙で作った模型を上から見たり下から見たり、あれやこれやと動かしながらケイウンは呟いた。
「中空にしているのは引き出しの為だけじゃなかったんだな。このテーブル板と天板もしまえるようになっているとは…」
紙の模型には貯金箱のコイン投入口のような切れ目を入れていた。角柱には最上部とその真下にある中程の高さのあたりに二ヶ所、それを二つの模型に高さを揃えて入れた。そしてそれは向い合うようにぴったりとくっついていた。
「だが、これを引き離すと…」
くっつけ合わせた二つの紙の角柱をゆっくり離していくと二つの切れ目からテーブル板と天板に見立てたものが出てくる。
「あの図面通りのものになるって訳だな。お前さん、これを何に使うつもりなんでえ?」
「屋台に出来ないかと思ったんだ」
「ん、屋台だと?」
「ああ。普段は折りたたんで使い、物を売る時に拡げる。折りたたんだままなら動かすのに便利だ。そして拡げた状態にすれば物を売る時に役に立つ」
「なるほどな。実際に作る側としちゃこの図面は粗いトコも多いが考え方としちゃ面白え。分かった、やろう」
「ありがたい。だが、これだけの仕事だ。手間賃はもちろん払う」
「いや、それだと…」
「初めて作るなら色々試行錯誤する事もあるんじゃないか。それだけ手間はかかるだろ、しっかり取ってくれ」
「むむう…」
「その代わりな…」
俺はもう一枚の紙を取り出した。
「ん、なんでえ。これは?」
「もう一つ、合わせて頼みたい事があって…」
俺はケイウンにもう一枚の紙を広げながら再び話し始めた。
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次回、第54話。
『生産地は風呂場?』
お楽しみに!(注意!エロはありません)