第7話 リーン、服を着なさい。
「パーティで俺はロクに分け前を渡されてなかった話はしたよな」
「ニャッ!」
「だから安宿に泊まることもできなかった。食うだけで精一杯…いや、それさえも不十分。だから食べられる野草とか木の実とか…、そういう物を食べてしのいでいたんだ。今も食べられる木の実を集めてたんだ」
そう言って俺はリーンにクコの実がたくさん入った袋を見せた。
「ニャニャ…」
「言いたいことは分かるさ。そんな扱いをされるならパーティも冒険者ギルドも抜けちまえば良いのに…って」
「ニャ…」
「たけどな、俺は天涯孤独の身の上なんだ。少なくとも今はな…。だから抜けるに抜けられなかった、戦う力も無く頼る者もいなかったから…。とりあえずこんな肌寒い所とはいったんオサラバだ」
そう言うと俺はただ一つ持っていた能力というやつを使った。
……………。
………。
…。
「ニャ…。ここは…?」
「俺の家…というか部屋だな。まあ、何も無いが雨降りの肌寒さはないだろう? とりあえず靴を脱いで上がってくれ」
そこには見慣れた俺の住む部屋があった。畳が敷かれた八畳ほどの和室だ。土間で靴を脱ぎ俺達は部屋に上がった。その時また例の厳かな声がした。
『汝に天啓を与えん。こちらの金銭を使った自宅公共料金の支払いを認める』
「おい…」
『何用か?』
まさかな返事が返ってきた。
「なんだその天啓は…。その…公共料金の支払いって…」
『………。サラバじゃ!』
「あっ、逃げるな!」
なんだったんだ…、今のは…。
「どうしたのニャ?」
「いや、なんだかよく分からないが新しい能力みたいなものが備わったらしい…」
「それは何ニャ?」
「ああ、公共料金って言って…」
「こーきょーりょうきん?」
「えっと…」
説明するのが面倒なので俺は部屋の天井から伸びる照明の紐を引いた。
「あっ! 明るくなったニャ!」
《注意事項。ガス、電気等の公共料金の支払いは一日ごとの精算、引き落としになります》
「おい、なんだこの音声は!」
いきなりの抑揚の無い声に俺は思わず声を上げた。
《ナビゲーションシステムの自動音声です。あなたの脳内に直接呼びかけています》
「いや、お前どう考えてもさっきの天啓を与えるとか言ってたヤツだろ」
《………ッ。その質問は…、禁則事項ですッ》
「当たりか…」
先程とは声色が違ったから適当に言っただけなのだが、どうやら図星であったらしい。
《それでは自動音声を終了いたし…》
「あ、待て待て! 公共料金だが利用料はいくらなんだ? まさかバカ高いわけじゃないよな?」
ナビゲーションシステムとやらの話ではどうやら日本にいた時と料金相場は変わらないらしい。また青銅貨は十円相当、銀貨は一万円相当、卑金貨に至っては三万円相当とするらしい。
「なら問題ないか」
《では、自動音声を終了いたします》
「キノク、また独り言かニャ?」
「ああ、悪い。ちょっとな。…待てよ。ガスが使えると言ってたな…。すると炊事場が…」
俺は今まで決して開かなかった引き戸を引いてみた。するとなんなく開いた。
「リーン喜べ。魚、焼いてやれるぞ」
「えっ!?ホントかニャ」
だってガスが使えると言ってたしな。それにガスが使えるなら風呂…というかシャワーも出来るか…。
《ナビゲーションシステムより緊急告知。入浴をご希望でしたらオススメのサービスがございます》
□
リーンが風呂に入っている間、俺は炊事場で魚を焼いていた。キッチンではないのがポイントだ。
「よし、焼けた。あいつのおかげで魚が食える。ありがたいことだ」
この魚を漁ってきたリーンは現在入浴中だ。湯を張った風呂と言うのは異世界では貴族や豪商にのみ許された贅沢なものであるらしい。焼けた魚を皿に盛りリーンが戻ってくるのを待つ。
「た、大変ニャ〜ッ!!」
ばたばたばたっ!!
リーンの慌てたような叫び声がすると裸足で木の床を走ってくる独特な足音がした。
ガラッ!!
襖を開けて飛び込んできたのはまぎれもないリーン、だが全裸である。なんと言うか…、バスタオルでお情け程度にしか体を隠していない。
「何やってんだ、服を着ろ!服を!」
「そんなことよりコレを見るニャ!!」
ぷりんっ!!
「いきなり尻見せッ!?」
リーンは俺にお尻を向けてくる。あ、やっぱり直接お尻から尻尾が生えてるんだ…。
「あのお湯に浸かったら小さな傷がすっかり癒えたのニャ!アレは何ニャ!?」
「あ、あれは温泉と言って…。ああ、とにかく服を着てこい!魚は焼けてる!食いながら説明してやるから!」
□
「へえ〜、アレは『おんせん』と言うんニャね。ボクはすっかり貴重なポーションでもお湯に溶かしたのかと思ったニャ」
「ポーション?ああ、飲むとすぐに怪我が治るという霊薬の一種だっけか?ははは、そんなの持ってない。あのお湯自体の効果さ。確か金創(刃物による怪我、刀傷)や打ち身、腰痛なんかにも効果があると言われてたな」
焼いた魚を食べながら俺達はそんな会話をしていた。
「しかし、いくら擦り傷とは言え入浴しただけで治るなんて…」
《ナビゲーション。異世界の住人にとって温泉は凄まじい効能を発揮。さながら地球人にとっての魔法と同じ》
脳内に自称自動音声さんの声が響く。まあ、不思議な力って事ね。
《然り》
ああ、ナビゲーションが脳内の俺の考えに同意してきたよ。
「でも、良かったのかニャ?」
「ん、何が?」
「ポーションじゃないにしてもお湯なら高いんじゃニャいの?」
「ああ…、百五十円だ」
「ニャッ!?ひゃくご…うえん?」
「なんでもない、温かいうちに食べようぜ」
この温泉に入れるというサービスは加入金として二十万円。そして一人入浴するのに百五十円かかる。いわゆる入湯税である。
ちなみにこの家の中では水道代はタダ、これは自噴している湧き水を家の中に引いてきたものだからだ。さらにいえば健康に良いとされる成分が豊富に含まれている。さながら飲む事が出来る温泉といったところか。ちなみにこれは勝手に湧いている地下水という認識らしく、井戸水と同じ位置付けとの事だ。
「美味しいニャー!塩だけでも美味しいけど、この黒いソースも良いニャ!」
「おっ、醤油の良さが分かるか」
切り身にした魚を焼いたものを食べているのだが、味付けに醤油をかけたところリーンも使ってみたいと言ったので試しに使わせたところ気に入ったようだ。
「ねえねえ、キノク〜」
「なんだ?」
「キノクはいったい何者なんニャ?ボクにはとても追放されるようには思えニャいよ」
リーンはまっすぐにこちらを見ながらそう言った。
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