第52話 雲を食べてみたいと思いませんか?
『雲を食べてみたいと思いませんか?』
キノクの販売スペースにある看板には一見すると何を言ってるんだたと思われるような事が書いてある。
午前九時を過ぎ、本格的に街の人がやってきて次第に人が増えていった。
「雲を…食べるの〜?」
木工職人ケイウンの孫娘アリッサが可愛らしく小首を傾げた。そんなアリッサにリーンが返答をする。
「そうニャ。キノクは雲のお菓子を作れるのニャ」
「おいおい、猫獣人族の嬢ちゃん。そんな馬鹿な事を言っちゃあいけねえよ。幼子はそれを真に受けちまわあ」
ケイウンがそんな声を上げた。
「まあ、普通は確かにそう思うよな。だから、実際に作って見せよう」
そう言って俺は金タライの前に腰を下ろした。
「アンフルー」
そして俺は今回の出品のカギとなる仲間の名を呼んだ。
「ん…。今日だけは真剣」
、
「練習通りに頼む、…それといつもガチでやってくれ」
そう言って俺は大さじ一杯ほどのザラメ糖を金タライの中央部あたりに投入。そこにはアンフルーがすでに魔法で渦を巻くような風と熱を生み出している。このあたりの魔法の規模や出力の繊細なコントロールができるのがアンフルーならではの強みだろう。他の魔導士なら爆発させたり、嵐を起こしたりの魔法は発動出来るのだろうがそれでは料理なんかできはしない。
風の渦はザラメ糖が粒の状態の時には吹き飛ばすような事はないが、熱を加えたザラメ糖は融けて液体化する。その時、風の渦はザラメ糖が液体になったものを周囲に吹き散らす。
そして吹き散らされた液体の糖分は熱源を離れる事により冷め始める。すると液体から再び固体に戻るのだが当然ながら一気に固体に戻る訳ではない。徐々に空気に触れているところから戻っていき液体部分はそのまま伸びるように吹き散らされていく。まるで糸を引くように…。そしてタライの中央から四方八方、様々な方向に数え切れない細い糸状のものを割り箸を使って巻きつけるようにかき集めればいわゆる綿あめが出来上がる。
「ほら、出来たぞ」
「ニャー!」
「味見…」
リーンとアンフルーが飛びついてきた、早速かぶりつく。
「フワフワで甘いのニャー!」
「いくらでも食べられる」
昨夜、綿あめを実験的に作った時に不思議さに驚き、その美味しさと甘さの虜になったリーンとアンフルーが出来上がったばかりの一串を一緒になって食べている。
「はら、嬢ちゃん」
隣のスペースでこちらをキラキラした瞳で見つめていたアリッサの嬢ちゃんに小さめの綿あめを手渡した。あくまで味見程度の量だが、小さな女の子には体の大きさに見合ったサイズのようにも見えた。
「…いいの?」
「いいよ。食べてみな」
ぱくっ。
「すごーいっ!甘くて美味しい〜!」
アリッサが満面の笑みで食べている。幼い子が喜びを爆発させる独特の雰囲気、全力疾走のようなはしゃぎっぷり。だからこそ一切の偽りの無い感想なのだと見た者は感じる。
「お、おい…。甘いんだってよ…」
「あんな小さな子供が芝居なんてしねえだろうし、ホントに美味いんだろうな…」
「エルフまで夢中で食ってるし…」
「雲ってどんな味がするんだろう…?」
「お、おい?あの兄ちゃん、薬売りの…。甘味もやってたのか?」
「なら、期待できるかもな」
野次馬達がざわついた。上手くいっている、そう思った。
飲食物の屋台をやるような感覚だが、人が集まるような口上を述べるなんてのは俺にはとても無理だ。アンフルーも同じだろう、強いて言えば明るいリーンが向いてるかも知れないが素人なのは間違いない。だから慣れない事や、下手な事をするより客の目の前で美味い美味いと食ってるところを見せつけてやれば良いと思ったのだ。
テレビとかでタレントが美味そうに物を食ってレポートしてるシーン、ただそれだけの事なのにそれなりに視聴率がとれ反響も呼ぶ。それは他人が美味いもの食ってるのを見ると自分も食べたいと思う単純極まりない効果によるものだが、意外とそれが馬鹿にならない。
「い、いくら?」
一人の女が声をかけてきた。
「一つ、千ゼニー!…と言いたいところだが今日は一つ五百ゼニーで良いぜ」
「ちょ、ちょうだいっ!」
「あいよ」
ざらざらざらっ。
ザラメ糖を投入する。たちまち白い糸状のものが発生し、それを割り箸でからめとった。
「こっちもだ!」
人が並び始め次の注文が入った。そこで俺は調理、アンフルーは魔法のコントロール、そしてリーンが客の応対と手分けするようにした。
「はい、五百ゼニーだニャ!」
「時間が経つとしぼんで消えてしまうからすぐに食べてくれ」
「ふわあああっ!甘いっ!おいしいっ!これが雲の味!」
金を支払い、さっそく綿あめにかぶりついた女性客が喜びの声を上げた。その間に二つ目が出来上がった、リーンに手渡す。そうしている間にも客はどんどん並んでいる。
(すごい大儲けだ…)
そんな事を思いながら綿あめを作り続ける。原価はザラメ1キロで五百ゼニー足らず、割り箸は二百本入り二百ゼニーほど。ネットから宅配サービスを使う時、1ゼニーは一円換算されるので同価値と考えると二つ目の綿あめを売った時点で原価自体は既に回収している。設備は金タライ一つ、燃料光熱費はアンフルーの魔法。出店費用は三千ゼニー。
仮に日本で屋台をやるにしても機材と燃料費を考えなければ儲かるなあと思う。もっともそこまで行く交通費や機材の事もあるから実際には分からないけど。
しかし、一つだけ言えたのは材料として持ってきたザラメ糖3キロを全て使い切るまで続いた。甘いものに飢えているのだろう、誰もが嬉しそうな顔をしていた。そして売り文句にした雲を食べるという言葉が人の心を掴んだのか次々と人がやってきた。だが、購入希望者がまだまだいるけれども売り切れてしまっていた。
「さすがに無尽蔵に雲は作れない。準備もある、今日は店じまいだ」
ええ〜!?
どこかのお昼休みにウキウキしてる人達みたいな声がするがこればかりはどうしようもない。
「最短で十日後だ、商業ギルドでまたここが予約出来たら店を開ける事が出来るだろうが…。それにあんたら良いのか?五百ゼニーなのは今日だけだぜ?」
「千ゼニーだろ?それでアレが食えるなら…」
「そうよ、雲のお菓子。バラ売りの焼き菓子だって買えば同じくらい…、もうちょっとするかな、とにかく高いのよ!」
「そうよ!それに雲のお菓子なんて初めて聞いたし食べてみたいのよ。だから売って頂戴ッ!」
客達が口々に叫んでる。
「ふうむ…」
今日だけで結構稼げている。各種の薬、綿あめ…。二十万ゼニーを超えていたと思う。一日の稼ぎとしてなら十分だ。
「分かった、十日後の自由市には参加希望を出しておく」
歓声が上がった。必ず来る、そんな事を言ってくる人もいる。
「すごい人気だニャ」
横でリーンが呟く。その通りだともありがたい事だとも思った。
「引き上げだ、二人とも。次に備える事にしよう。ケイウン爺さん、明日訪ねても良いかい?」
「ああ、お前さんならいつでも大歓迎だ!」
「分かった、では明日」
「お兄ちゃん、絶対来てね」
「ああ、嬢ちゃん」
アリッサとも約束をした。薬に綿あめ、客がついてきたな…そんな事を思いながら俺達三人は日が傾く前に広場を後にしたのだった。
いかがでしたでしょうか?
作者のモチベーションアップの為、いいねや評価、応援メッセージなどを感想にお寄せいただけたら嬉しいです。レビューもお待ちしています。よろしくお願いします。
次回は一つキノク以外の人物の閑話をはさみます。
さて、その話の主人公は誰でしょうか。
お楽しみに。