閑話6 八方ふさがりにやってくるもの
高貴なる血統の四人は冒険者ギルドでポーターと呼ばれる運び屋を生業にしている者達にまるで相手にされずその場を後にしたのだが、やはり荷を運ぶ者は欲しい。
そこで翌日、彼らは荷物を運ぶ人夫のギルドに向かった。ギルドは同業者の組合のようなもの、直接的な面識は無くとも人夫を雇う為に働きかける事が出来る。
「では街中での大きな買い物などの運び手ではなく、冒険の旅への同行を依頼されるという事ですね」
「いや、何もそンな大げさな事じゃねえンだ!ちっと外歩きについてきてくれりゃ…」
「同じ事です。それを冒険と言います」
街の外にはモンスターがいる。襲われれば当然命の危険があるという事を外歩きという言葉で誤魔化そうとしたプルチンであったがそれに対し人夫ギルドの受付嬢がピシャリと言った。
「外に出ればモンスター。ダンジョンならばそれに加えて罠もあります。また、雨風にさらされる事もありましょう。さらには不測の事態によって帰還予定が伸びたり、負傷する事も…最悪死ぬ事も予想されます。そんな働きに見合うだけの支払いを求めるのは当然の事…」
そう言って受付嬢は十日間の同行依頼に百万ゼニーの支払いを提示した。人夫一人の同行にしては破格の支払い額である。
「高過ぎる!」
「そうでしょうか?」
受付嬢は平然と応じる。
「当ギルドではあなた方に同行するその間は全て昼も夜も仕事をいたしていると考えます。言わば休む間もなく働かされる訳です。また、移動時間中の荷物運び以外の事に関しては一切お断りする事をあらかじめ申し上げておきます。それを含めての…あくまでこれは最低限の金額となります」
「ほ、他にも取るってのか!?」
「ええ」
眉一つ動かさず受付嬢は応じた。
「仮に同行した人夫が怪我などして帰ってきた場合は治療費を…また、その治療期間の人夫が受け取れるであろう賃金の全額をお支払いいただきます」
「く…」
「もちろん、荷運び以外の事をさせようとした場合はその場で契約を破棄させていただきますので悪しからず。ちなみに先払いされた料金はお返し出来ない事をあらかじめ申し上げておきます」
流れるように受付嬢は事務的な説明をした。そこにはまるでスキが無い。
「ご不満がありましたらご所属の冒険者ギルドでお探しになられてはいかがでしょう?そちらでしたら探索、戦闘にも長けたポーターの方もいらっしゃる事でしょう。こちらでお探しになるよりは…」
冒険者ギルドの方が良いでしょう…受付嬢は言外にそれを伝える。
「分かった!もういいッ!!」
プルチンは受付に背を向けた。残りの三人がそれに続いて人夫ギルドを後にした。
「良いの〜?百万ゼニーだなんて?ふっかけたねー、アンタ」
プルチンに応対した受付嬢の隣の席の受付嬢が声をかけてくる。
「そうでもないわよ」
「えっ?」
「冒険者がわざわざ人夫を雇いに来るなんておかしいわよ。そもそも冒険者ギルドにはポーターと名乗る冒険中の荷運びをする専門職がいるのよ。その冒険者がなんでウチのギルドに来るのよ」
「あ…」
「あの人達、向こうのギルドで雇えない何か理由があるんじゃない?実力が無い?行こうとする先が危な過ぎる?それとも支払い能力が無い?」
「なるほどー」
「あるいはあのパーティは約束した報酬を支払わないとか、荷運び以外にもコキ使うとかで評判が悪いのかも知れない。劣悪案件かも知れないわね、この募集。まあ服装は小ざっぱりしてたからそれなりには持ってるのかも知れないわね。…少なくとも今は。ホラ、仕事よ」
ギルドに人夫達が戻ってきたのを見て人夫ギルドの受付嬢は気合を入れ直した。夕方の忙しい時間帯、人夫達に今日の日当を支払う為の時間の始まりだ。
□
「ちょっと…、どーすんのよ?」
ウナがプルチンに話しかける。若干の焦りと怒りがにじんでいる。プルチンは何も答えなかった。そしてそれは他の者達にも同様だった。
ここにきてプルチン達は誰でも出来ると思っていた荷物運びの有用性に気付いた。元来、狩猟目的でとあるモンスターを倒したとしても持ち帰れねば1ゼニーにもならない。そして、いくら力に余裕のあるハッサムとは言え戦闘時には前衛を務める。敵と戦いながらというように荷運びは片手間にやらせるようなものではなく、しっかりと人員を割き盗まれたりしないようにする重要な役割であると言う事に。
それゆえの荷物運び募集であったのだが冒険者ギルドでも人夫ギルドでもプルチン達の呼びかけは全く相手にされず状況は改善されていない。
それどころかキノク追放後は何一つ成果は上がらず、冒険中に眠りこけている隙に所持品もグレムリンに奪われている。キノクを追放した時と比べて所持金も減り金をかけた装備品のいくつかも失い状況は悪化している。またミミックロックとの戦闘で失われたプルチン自慢の大剣と壊れてしまうが一撃だけどんな致命打でも…それこそ魔王渾身の一撃からでも装備者も守る銀色の鎧も失われていた。パーティの見た目的にも前衛のプルチンが丸腰なのはいかにも都合が悪い。
金はあるにはあるが潤沢ではない。
仮に百万ゼニーを人夫を雇う為に支払っては手持ちの金をほぼ全て吐き出してしまう。今、四人には寝る時に体を包むように使っていた毛布と武器代わりにしている生活雑貨の鉈くらいしか荷物は無いのだ。武器、防具を全てを買い揃える為にも人夫代で所持金を全部使ってしまう訳にはいかない。
しかし、四人には現状を打開するような名案は浮かぶ筈もなくトボトボと宿泊している宿屋に向け歩いていた。そんな時、四人は広場の前を通りかかった。中では五日ごとに開かれる自由市がやっている。商人でない者でも物を売るスペースを借りられる為、皆が様々なものを持ち寄る。
ちなみに丁度この時、広場の奥ではキノクがカルロゴ・スーンをやりこめて額面4千万ゼニーの宝石をせしめていた頃であった。
そんな広場の敷地の外の道端に品物を広げる者達がいた。正規の参加費を払わない為、中で販売スペースを得られないが様々な人々が集まるこのタイミングを逃したくないと勝手に広場の外の道端で品物を広げる者達である。そんな者達の中に一人、布袋を持った薄汚れた男がいた。小男で腰が曲がりフサフサに伸びた眉毛で目元はよく見えない。
「旦那、旦那、買って行って下さいよう」
そんな男がプルチンに声をかけてきた。
「なんだ、ジジイ!目ざわりだ、話しかけンじゃねえ!」
プルチンは追い払おうとする。
「待って下さいよう。きっと名のある冒険者の方々でしょうよう?お若いのに立派だあ」
「なンだと?」
プルチンは足を止めた。彼らは今、武器や防具を装備していない。ただ少し上等な衣服を着ているだけだ。
「分かンのか?冒険者だって」
「ええ、ええ。そりゃあもう!」
小男は顔を上げてプルチンを見る。眉毛に隠れているが頬や口元は分かる。皺が深く痩せた頬、口元には笑みが浮かんでいる。
「長く生きてますとね、本当色々な人を見る事だけは増えていくんですよう。だから皆さんのような強者だけが持つ雰囲気…そういうのだけは分かるんですよう。例えば旦那ならこの国の副騎士団長サマのような…」
アイセル帝国には大陸最強と喧伝される帝国騎士団というものが存在する。皇帝が国の最高指導者であり最高司令官を兼務する為、この国では皇帝が帝国騎士団の長を名乗る。ちなみに騎士団だけではなく、全ての機関の長は皇帝が務めるというのがこのアイセル帝国のシステムであった。しかし実際の作戦の計画立案、戦場での指揮命令に関して皇帝はタッチをしないで副騎士団長が担当する。
ちなみに戦に勝てばそれは騎士団長である皇帝の威光によるものとなり、逆に負ければ副騎士団長の作戦ミスという事で処理される。その騎士団の副団長といえば知将と名高く、また武勇にしても烈風の騎士と二つ名で呼ばれる方だったな…、会った事なんかねーけど…とプルチンは思った。
「…で、もし良かったらコレを買って欲しいんですよう」
そう言うと小男は布袋を取り出した。
「あン?なんだ、だだの小汚ねえ背負い袋じゃねえか」
「ですがね、これを見てくださいよう」
そう言うと小男は道端の石を掴んだ。投げつけたものが頭に当たったら死んでもおかしくないような大きさだ。それを袋に入れた…が袋が膨れた様子はない。
「持ってみて下さいよう」
言われた通りプルチンが持ってみるとまるで重さを感じない。
「他の人も順番に持ってみて下さいよう。…さあ」
他の三人にも持たせるように勧める。それぞれが持ってみるとその感触に驚いている。
「凄い物でございましょう?」
四人目に持ったマリアントワが驚いているところを小男はサッと素早く手を伸ばして袋を戻した。
「これはね旦那、この袋の入り口から入ったモンならまるで消えちまったように重さを感じなくなるんですよう。しかも…」
ごそごそ…、小男は袋に手を入れて男は
「大きめの石」
そう言うと先程の石を取り出した。そして今度は十ゼニー硬貨である青銅貨、百ゼニー硬貨である白銅貨、千ゼニー黄銅貨の三種類を袋に放り込んだ。
「黄銅貨」
そう言って手を取り出すと千ゼニー黄銅貨が握られている。
「ねえ、旦那」
小男はプルチンに呼びかけた。
「やってみます?」
袋の口を開けて小男はプルチンを誘った。プルチンは誘われるまま袋に手を突っ込む。
「白銅貨だ」
そう言ってプルチンは手を引き抜くと一枚の白銅貨が握られていた。
「ねっ、凄いでしょ」
そう言うと小男はまたもや素早く手を動かしてプルチンから白銅貨を取り戻しさらにまた袋に手を突っ込むと青銅貨を取り出し胸のポケットにしまった。
魔法袋だ…、四人はそう思った。
「本当は百万…って言いたいところだけど…」
少し勿体つけるように小男は言った。
「後に英雄と言われるかも知れない方々に使ってもらえるなら六十万で良いよう」
「買った!!」
そう言うとプルチンは十五万ゼニーを取り出し、お前らも出せと他の三人を急かした。
「毎度ありだよう!」
小男がそう言うと、プルチンは袋を受け取り三人に言った。
「運が向いて来たぜえ…。そうだよなあ、無能でも出来る荷物持ちなんていらねえよなあ」
プルチンは上機嫌だ。
「だいたいよぉ、荷物持ちなンてモンはこの袋一個の価値に劣ンだよ。よし、お前ら必要なモン買いに行くぜ。仕切り直しだ、次こそ依頼成功と行こうぜ!」
そう言うと雑貨などを売る商人街に向かっていった。しかし、すぐ横には探せばまだ使える物もある自由市が開かれていたのにである。残る所持金が心細くなる中、新品ばかり売る所に行くのは悪手とも言える。だがそのあたりを気にしないのが貴族階級生まれであり、物事を深く考えない四人の悪い所であった。
いかがでしたでしょうか?
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次回より本編に戻ります。新章開始です。
第4章タイトルは『パンドラの箱の底に』。お楽しみに。




