第6話 キノク、天啓を得る。
レトロゲームですが、ハイドライド3というのをご存知でしょうか?このゲームはアクションRPGなんですが、とにかくリアルに重点を置いた作りになっています。
例えば時間が経てばお腹が空きます。もし、そのまま何も食べなければそのうち餓死します。夜遅くまで活動していると眠くなってきて腕力が落ちてきます。
アイテム全てに重さが設定されており、腕力が低ければ満足に武器の威力を引き出す事も出来ませんし荷物が重いと移動速度も遅くなります。場合によっては一歩も歩けなくなる事も…。
特にお金にも重量があり、どの$10コインも$1000コインも同じ10グラム。お金が無いと買い物が出来ないのはこのゲームも一緒。宿に泊まるにも、新しい装備を買うにもお金が必要です。しかし、序盤の敵は特に小銭しか落としません。レベルの低いうちは腕力も低く満足にお金を持ち歩けない為にその場に捨てていく事もありす。
その時に活躍するのが両替機。$10コイン十枚を$100コイン一枚に替えてくれます。
今回はその事を思い出して書きました。
「天啓を…、与える?」
俺は聞こえた言葉をそのまま口にした。
「キノク〜、どうしたニャ?」
『我が汝に与えしは、両替の天啓なり』
すると手を触れていた辺りのコイン…、バスケットボール一つ分くらいの量が減って代わりに一枚の銀貨が現れた。次の瞬間には支えを失ったかのようにコインの山に落ちた。今までの銅貨の類とは違う甲高く澄んだ音がした。
「ニャッ!銀貨が現れたニャ!今の今までこんな物なかったのニャ!」
「女の人の声が聞こえたんだが…。リーンには聞こえなかったのか?」
「へっ?どうしたんニャ、ここにはボクとキノクしかいないニャ。他の誰かの声がしたのかにゃ?」
「あ、ああ。両替という天啓を与えるって…」
「てんけい?なんニャ、それは?」
「いや、詳しくは分からないけど…。まあ、とりあえずさ」
「ニャ?」
「ここにある小銭を両替して価値の高い金貨や銀貨みたいなのに替えれば持ち帰るのも楽になりそうだな」
「ニャー!!」
□
日本の典型的な一戸建てくらいの大きさだったろうか、コインの山はそのぐらいの高さがあった。大半は価値の低い青銅貨であったが、中には銀貨など高額硬貨も混じっていた。これはアレか、お賽銭に硬貨ではなく紙幣を投げ入れる人がいるようなものか。正直、羨ましい。
「すごいニャ、あれだけあったコインの山が手に持てるほどになったのニャ!」
リーンが目を丸くしている。文字通り小銭の山が消え残ったのは沢山の金貨と銀貨、そして両替できる枚数に達していなかった数枚の小銭だった。何十年…、もしかしたらそれより長くこの場所に眠っていたのかも知れない。
山分けして俺の手に残ったのは金の割合が低い卑金貨と呼ばれるもので百枚あまり。日本円で考えるとあくまでも肌感覚だがゆうに五百万円は超える気がする。
「それにしても卑金貨で良かったのか?もっと価値のある金貨とか…それこそ純金貨にすれば持つ枚数が少なくて済むだろうに」
「良いんニャよ。なまじ金貨や純金貨を持ち歩いたら逆にそっちの方が大変ニャ」
「えっ?どうしてだ?」
「管理するのが大変なんニャよ。だって、金はとても軟らかい金属ニャ。そんな物を持って歩いたら金貨同士で擦れあって削れてしまうニャ。知ってるかニャ?純金貨なんて柔らかな布で何重にも包んで取り扱わなければならないニャ。そうしないと価値が目減りしてしまうのニャ。ボクらは冒険者、そんなソフトに荷物を持って歩けないニャ」
「なるほどなあ…」
そう言われればその通り、金がすり減るというのならそうなった金貨な価値が下がるのは自然な事だ。中学や高校の頃によく読んだラノベで金貨が何千枚と入った袋を無造作にカウンターに置いて渡すシーンがあるが、その辺はリアルじゃないんだな。もっとも、現代社会に生きる日本人はおよそ金貨を使う事なんてないし当然なのかも知れない。
「それにしても凄いニャ!」
「えっ?」
「キノクは時々ここに来れば良いニャ。そうすれば食いっぱぐれる事はなくなるニャ!」
「あ、ああ。確かに…」
「それだけじゃないニャ。ダンジョンには同じ理由で持ち帰られていない銅貨とか結構あるんニャよ?そういうのを集めれば…」
「なるほど、ひと財産になるってことか」
「そういうことニャ」
「でも、そういうのって空間収納とか保管倉庫みたいな能力を持ってる人がいたりすれば持って帰るものじゃないのか?」
「ニャッ!?くうか…、すとれ…?なんなのニャ、それは?」
リーンがまるで分からないといったような素振りを見せるので俺はアイテムボックスがどういうものか説明した。
「ニャう〜。聞いたこともないニャ。少なくとも今まで会ったことのある冒険者の間にそんな噂が出たこともないニャ。だけど、そういう力を持った魔法の品があるのは聞いたことがあるのニャ」
「それはどんな物なんだ?」
「見た目はただの背負い袋ニャ。だけど、たくさん物が入ってまるで重さを感じないらしいのニャ」
「へええ…、そりゃあ便利だな」
「その通りニャ。だからコレは誰もが欲しがるのニャ。冒険者も商人も。貴族も軍隊もニャ。それにたくさん入らない、その袋の大きさの物までしか入らなくても重さが全く感じられなくなるから鉱石の運搬みたいな重労働も楽チンになるニャ。売りに出されればそんな物でも高値がつくニャ」
「そうだろうなあ…」
「それよりキノク、そろそろ雨がやんでるかも知れないニャ。ライトの魔法もあるし街に帰るとしようニャ。ボク、早く帰ってこの魚を焼いて食べたいニャ」
莚に包んだ魚を大事そうに抱えてリーンが言った。
「そうだな、せっかくだしリーンと一緒に街に帰ることにするよ」
そう言って俺達は木のうろまで戻ったのだが…。
「本降りだニャ…」
外は雨、しかも激しいものが降っていたのだった。
「ニャニャ…。これじゃ帰れそうにないニャ…」
元気がトレードマークのリーンだが、降りしきる雨を目の当たりにしてすっかり気落ちしてしまっている。
「それにこれじゃ落ちている木を集めても濡れてるからたき火もできないニャ…。お魚も焼けニャいし、これからどんどん冷え込んでくるはずニャ…」
ブルッとリーンが体を震わせる。そういえばリーンは後から来た分、少し雨に濡れていたっけ…。
「仕方ないな…」
俺は思わず呟いていた。どうもこのリーンを放っておく気にはならない。
「居心地は保証しないが、寒さだけはしのげる方法がある。ついてくるか?」
俺はリーンにそんな声をかけていた。
次回、第7話。『公共料金支払いと入湯税』。
勢いに乗って俺は書く!
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