第45話 カルロゴ・スーンと命の値段(前編)
「まったく、無駄な時間を食ったわい!」
被害に遭った犬獣人族の少女ヒアサの事を全く気にする事もなく商人風の男は不満を口にする。
「やい!!おみゃあ!」
妹のヒアサを痛い目に遭わされたヒヨウシイが商人に食ってかかった。
「人の大事な妹に怪我させて!!詫びの一つも無いのきゃあ!?」
しかし、商人は平然と言った。
「ふん!!吠えるな、貧乏人の小倅が!お前の妹だと?同じく貧しい鼻たれ小娘だろう、そんなのに下げる頭も詫びる言葉も無い!」
「こ、この…た〜け(たわけ者、馬鹿野郎の意味)がっ!!」
ヒヨウシイが拳を作って殴りかかろうとする。
「ほう、殴るのか!?このワシを!このカルロゴ・スーンを!」
「カルロゴ・スーンだとッ!?」
野次馬達がどよめき出す。
「スーン商会の親玉だ…」
「この帝国の貴族とも付き合いがあるって聞くぜ…」
「いや、この帝国だけじゃないらしい。他の国でもだろ…」
「畜生…、見回り兵とかも奴の言いなりじゃねえか…」
どうやらコイツは名の知れた商会主らしい。しかもタチの悪い事に役人なんかにも手を回しているらしい。手を出せば何をどうやってもこちらが悪くされるだろう。
「くっ!!」
それを聞いたヒヨウシイが拳を振り上げたまま動けなくなった。
「どうした?殴らんのか!?」
権力を笠に着て居丈高な物言いをするカルロゴ・スーン。そして、ヒヨウシイが殴りかかってこないと見てとるとニヤリと口元を歪めた。
「やっと分かったか、貧乏人!お前の立ち位置が!そもそも違うのだ、命の価値が!!お前らが死のうと虫ケラと変わらんのだ!虫ケラが死んでいるのを見て下げる頭があるか?詫びる言葉があるか?変わらんのだ、お前らは!虫ケラと何ら変わらんのだ!」
「クソったれが…!」
ヒヨウシイの言葉ではない。野次馬から洩れたものだ、おそらくこの場にいる誰もが同じ事を考えているんだろう。自分達は虫ケラ…そう言われた事に怒っているのだろう。静かな怒りが場に満ちていく。
「おい、そこのお前!」
しかし、そんな静かな怒りが満ちるその場を無遠慮に破る声がした。誰あろうカルロゴ・スーンである、そのカルロゴ・スーンが俺を指差し声をかけてきた。
「お前の使った薬は霊薬か、あれをワシが買ってやる。そうだな、百万ゼニー…。百万ゼニーでこのカルロゴ・スーンが買ってやろう、嬉しいだろう?喜べ!」
「馬鹿言ってんじゃねえ」
ニヤニヤ笑いながら話しかけてくるカルロゴ・スーンに俺はきっぱりと言った。
「お前がまずする事は誠意をもって謝る事だ。こんな人が多い所を馬鹿みたいに荷物を山積みした荷馬車で通りやがって。迷惑なんだよ、害虫!」
わあっ!!
周りの野次馬が沸いた。
「良いぞ、兄ちゃん!!」
「そうだそうだ!謝れ!」
「しかも、コイツは薬を扱う商会主だろ!なんでこんな凄えポーションが百万ゼニーなんだよ!こいつの店でそんなポーション買えるか!百万ゼニーで買えるとしたらそれなりの怪我が治るくらいだろ!」
「それに傷跡だって残るって聞くぜ!コイツの店で一番高いのが一千万ゼニーの薬だろ!特級霊薬って言ってよお!」
わあわあと野次馬達が口々に文句を言い始めた。
なるほどね、少なくとも俺の作った冒険者製応急薬は一千万ゼニーの価値はありそうだ。
その俺の薬は採取した材料と蜂蜜と飲める温泉水で作った物だから原価はそれほどかかってない。だから百万と言えども大儲けではある。しかし、それを百万とか…物を知らない素人が言うならともかくコイツは薬を扱う本職。価値を知らない訳がない。
「が、が、が…害虫だと!」
プルプルとカルロゴ・スーンが怒りに震えながら言った。
「怒ったのか、…害虫?」
あえて俺は害虫という部分を強調して言ってやった。
「ゆ、ゆ、許さあ〜んッ!」
カルロゴ・スーンがいきり立った。俺の目前までやってきて人差し指一本、こちらに向けてまくし立てた。
「せっかくワシが声をかけてやったと言うにッ!それを無視するとはッ!このカルロゴ・スーンだぞッ、貴族さえ頭を下げる!ええいッ!!もういいッ、売りたいと言っても取り合わんからなッ!」
そう言って俺に背を向けた。荷馬車に向かって歩いていく。
「逃がすかよ、クズ野郎」
小さく俺は呟いた。視界の隅でアンフルーがかすかに動いたのが見えた。
「ん」
アンフルーの小さな声、きっと誰も気がつかなかっただろう。だが俺には聞こえた、風鳴りの音を。
それはヤスリをかけたかのようだった。荷馬車に山と積まれた荷物を固定する為にガッチリと結ばれていた綱、その表面が粉になって舞いどんどん細くなっていく。やがてそれはひとりでに解れ始めるまで細くなり…。
ぶつんっ!!
音を立てて切れた。先程は一番上の積荷が落ちただけだったが、今回は勢い良く綱が切れた為か雪崩のように一気に荷が崩れ落ちた。
「う、うわあああっ!」
カルロゴ・スーンが悲鳴が悲鳴を上げた。あっと言う間に荷物の下敷きになる。
「だ、旦那様ッ!!」
慌てて人夫達が駆け寄る。しかし野次馬達は誰も近寄ろうとしない。先程の犬獣人族の少女ヒアサが荷物の落下による負傷をした時には通行人が救助しようとしていた。しかし今は誰もカルロゴ・スーンを誰も助けようともしない。心配どころかむしろ喜んでいるフシさえあった。
「おいおい、いきなり綱が切れやがったぜ、危ねえなあ!」
「へっ!良い気味だぜ!」
「そうだな、俺達が助ける事なんざねえやな!なんせ、俺達は虫ケラらしいからな。こんな荷物を持ち上げらんねえよ!」
野次馬達はここぞとばかりに言い放つ。こういうたくさんの物をどける事とは何と言っても頭数。しかし、誰も手を貸さない。しかし、その間にも下敷きとなったカルロゴ・スーンの呻き声は続く。
きゅっ。
俺は不意に軽く指先同士をつまむような感じで手を握られた。それはアンフルーの細い指先、彼女はまるで俺の横に寄り添うように立って両手で俺の手を取っている。
「ん…」
俺はアンフルーの背に手を回した。彼女は俺の胸に顔を埋めた。俺より少し低い位置にある頭、それを少し撫でてやった。
「う、うううう…」
ようやく荷物がどかされ、うつ伏せに倒れたカルロゴ・スーンの姿が見えた。一目で分かる、ひどい骨折だ。足が、そして片腕がおかしな方に曲がっている。他はよく分からないが…。
「た…、たすけ…て」
俺の方を見て何か言っている。
「分からないな」
俺は返事をしてやる。
「俺はお前の言う虫ケラでね。人間サマの言葉は理解出来ないんだよ」
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