第43話 繁盛祈願!キノクニ屋
アイセル帝国の帝都アブクソムには五日に一度、自由市が開かれる広場がある。商業ギルドに参加費3千ゼニーを支払う事で畳にして2枚分…つまり二畳の広さを日の出から日没まで借りる事が出来るのだ。
俺はリーンとアンフルーと共に朝からそこで品物を広げる為にやってきた。土の地面に直接商品を置いたり、お尻をつけて座るのもはばかられるので莚のようなものを敷いた。
これを作ったのはリーン。彼女は手先が器用で森の中で見つけた藁に似た植物を見つけてきて、拠点としている俺の部屋の土間でそれを広げて編んでいた。俺とリーンが初めて会った時に持っていた魚を包んでいた莚もそうして作ったらしい。それを今、使わせてもらっている。
「ねえねえ、キノク〜。品物の前に『ぽっぷ』はこんな感じでおけば良いかニャ?」
「ああ、それで良いよ」
見本として商品を一つずつ並べた物の前に小さな板を置く。いわゆる手書きしたPOP広告である。商品名と簡単な説明、そして価格が書いてある。いわゆるドラッグストアとか、スーパーでよく見かける事が多い。
「キノク、この板…これで良い?」
今度はアンフルーが声をかけてくる。A3コピー用紙ほどの大きさの板を加工して看板にした物を通りに面した所に置いた。その看板にはこんな文字が書かれていた。
『便利な薬の店、キノクニ屋。両替もやってます』
□
「なかなかお薬、売れないニャ〜」
莚に商品を広げて一時間と少々…。退屈そうにリーンがぼやいた。これまでに売れたのは薬でも毒蜂カートゥーンボゥの尾針でもなく、リーンが編んだ莚が数枚だけであった。
「まあ、そうだろうな」
俺はそんな返答をする。
「ニャ?なんでニャ」
「だって、薬だぞ。怪我や病気をしてなきゃ使わないだろう?だいたい誰しも病気や怪我をしてから初めて慌てるものだ。最初から備えている奴なんて少ないさ」
「ニャ〜。ボクは大事だと思うんニャけどな〜」
「冒険者は怪我をする可能性が高いからな、備えもするだろうが…。それにリーンは俺の作った薬の効き目を知ってるからそう言うけど、何も知らなかったらどうだ?いきなり道端で顔も名前も知らない奴が売ってるような物を」
「う〜。ニャ〜」
リーンは頭では納得しているものの心では理解出来ていないといった感じだ。
「それに錬金術師ギルドや薬師ギルドもあるからな。そこで売られている薬の方が買いたくなるのが普通だろう」
「確かにキノクの言う通り」
「アンフルーもそう思うか?」
「ん」
「だから俺はいわゆる薬以外にも様々な物を用意したのさ」
そう言って俺はいわゆる渦巻状にした蚊取り線香を指差した。これはカートゥーンボゥ退治の時に使った物と比べて金鶏菊と触媒茸を混ぜた薬効成分を混ぜた物の割合を減らしている。煙に触れただけでどんな虫も落ちるというような効き目は無いが、蚊やハエには効果がある。
異世界の家屋は日本で目にする物と比べてその密閉性などは低い。城とか高級な宿屋でもなければ多少の隙間風は当たり前、当然ながらも虫も出入りする。そんな虫をなんとかしたいと言う人に向けて作ったのだ。
「まあ、のんびりやろう。なんせこうやって実際に客を待って物を売るのは初めてだ。何が売れるか知るのにも良い機会さ。後で広場を回ってみよう」
そんな事を言っていた時、一人の男が近づいてきた。
「あ、おったがや!探しただぎゃあ」
やってきたのは頭にターバンのような物をかぶったあの男だった。
□
男は銀貨だけでなく銅貨なども持ち込んでカートゥーンボゥの尾針を買い求めた。
「細かいのも混じってて申し訳ないが5万ゼニーあるんだぎゃ!五つほど、ゆずってちょう!」
俺は男の持ってきた金を木箱にあけて、彼に見えない位置で両替のスキルを使った。大量のコインが一瞬で銀貨5枚になる。
「確かに。じゃあ、好きな尾針を五つ持っていってくれ」
「じゃあ、これと、これと…」
男は手早く品物を見定めて一つ二つと選んでいく。
「急がなくても良いぞ。ゆっくり選んでくれて良い」
俺が男にそう声をかける。
「いや、大丈夫だぎゃあ。へへ、それに人を待たせておるんだぎゃ!まあ、その辺の物を見ておるはずだぎゃ」
「そうなのか」
そう言っている間に男は五つの尾針を選んだ。
「じゃあ、これで俺は行くだぎゃあ!また会ったらよろしく頼むだぎゃあ!」
「分かった。だけど、また自由市にいるとは限らないぞ」
「その時はその時だでね!ああ、俺の名前を言うてなかった。俺は…」
男が自分の名を言おうとした時の事だった。すぐ近くで何がが落ちるような音と、それに続いて悲鳴が起きた。
「つ、積荷が崩れたぞぉ!」
「はぁん?積荷ィ?こんなこまごました所で積荷のある荷馬車で通ろうだなんてたーけ者(たわけ者、愚か者の意味)がおるだぎゃあ」
男は呆れた声で言う。
「ひ、人が荷物の下敷きに!」
「犬獣人族の娘っ子みたいだ」
「なっ、なんじゃとうッ!!」
それを聞くやいなや男が走り出した。知り合いだろうか?
「リーン、店番頼む!アンフルー、来てくれ!」
そう言って俺は展示していた男の後を追った。手には自作の冒険者製応急薬を持って…。
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