第5話 願いの井戸。
「井戸の底?どういう事ニャ」
リーンが問いかけてくる。俺はたった今転がってきたコインをつまみ上げた。
「このコインを見てくれ。コイツをどう思う?」
「コインだニャ」
ガックリと俺は項垂れる、そこは『すごく…、○○です…』みたいに言ってくれよ。
「ま、まあ良いか。確かにコインだ。んで、コレを見てくれ」
そう言って俺はそのコインの表面を見せた。石で擦ったような跡がある。
「汚い字ニャね…。…うーん、『プ』って書いてあるのかニャ?」
「その通り。コレは首都アブクソムにある願いの井戸に投げ込まれたコインだよ」
願いの井戸…。首都アブクソムの一角にある古い井戸だ。コインを投げ入れ祈るとその願いが叶うとされ、実際にそうする者も少なくない。また、首都を訪れた旅人が立ち寄る観光名所でもある。
「願いの井戸?でも、どうしてそんな事が分かるニャ?」
「この表面、この石で削ったような文字があるだろ?これは俺を追い出したパーティのリーダーであるプルチンの字だ。小さなコインには名前の全てなんか書き込めないから頭文字だけ入れたのさ」
「ニャッ!?願いの井戸に投げ入れるコインにそんな事しちゃ駄目ニャ!欲張り者は身を滅ぼすニャ!」
確かにそんな言い伝えもある。しかし強欲なプルチンは、
「小銭とは言え俺の投げ入れたコインで万が一にも他人の願いが叶っちまったら面白くねーだろ!!だから俺のだって分かるようにしっかり名前彫っておくンだよ!」
そう言って道端に落ちていた石を使って名前を彫りこんでいた。日本円に換算したら一枚10円程度のものだが、正直投げ入れる金があるなら俺に寄越せよと言いたかった。しかし、だからこそ俺はこの事を覚えていたのだ。そんなコインを山に戻す為に放った。ちゃりんと音がする。
「だから分かったんだよ、ここが願いの井戸の底だって」
「そうだったのニャ。ところでキノク〜」
リーンが問いかけてくる。
「なんだ、リーン?」
「これ、山分けで良いかニャ?」
えっ、これを自分の物にする気か!?それじゃまるで賽銭泥棒じゃないか。
「いや、さすがにそれはマズくないか?」
「何を言ってるニャ。このままにしてたらこのコインは使われず終いニャ!そしたらこのコインはずっとその役目を果たせないニャ。キノクは商人ニャんだから分かるはずニャ、物を買う為に人の手を巡るのがお金の役割ニャ。それをさせないのはかわいそうニャ!」
「お金の役割…」
「そうニャ!それにダンジョンとかで見つけた物は誰の物でもないんニャよ。見つけた者の所有になるニャ」
「確かに…」
冒険者に限らず、探索や採取で得た物は手に入れた者の所有になる。それより俺には心を打たれた言葉があった。
「お金の役割…」
パーティに、そしてギルドにも役立たずと追放されたのがこの俺だ。役に立たない、ずっとそう言われ馬鹿にされてきた。ここにあるお金、コインの山もこのままここにあったのではその役目を全うできない。俺と違ってこのコインは人の手を経ればすぐに役に立つ。
「そうだ…な、リーンの言う通りだ。この地の底でずっと眠るより、日の光が当たる所に出してやれば…」
「うん、そうしようニャ」
「だけど、小銭ばかりだ。布袋いっぱいに持ち帰っても重いばかりで大した額にはならない…。苦労の方が多いかもな」
苦笑いしながら俺は何気なくコインの山に手を触れたその時!
『汝に天啓を与えん』
厳かな女性の声が響いた。
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