第35話 放り出せる訳ないじゃないか!
アンフルーが引っ張って行った先はアブクソムでも大店と言われるベアイエロプー商会であった。
「受ける」
紹介主の部屋に通されたアンフルーは開口一番そう言った。
「あ、ありがとうございます」
戸惑い気味に応じる紹介主。
「依頼達成の暁には…」
「分かっております、蜂蜜を割引価格にて販売させていただきます」
「良いのかニャ!?蜂蜜はとても高い物ニャ!この報酬は普通に考えれば割高ニャ、相場の倍くらい…。それで買ったら…」
そうは言いながらも甘いものが手に入るかも知れない喜びにリーンの尻尾はピンと天を向いている。
「ええ、ええ。それで私どもの商売が元通りになるのでしたら…。金額的は大変痛いものですが…私も涙を飲みましょう」
そう言って商会主であるベアイエロプーは涙を拭う仕草をして見せた。
依頼内容としては街から出てしばらく行った森の中にあるベアイエロプー商会所有の養蜂場に向かいとあるモンスターを全滅させる事。ただ…。
「では、よろしくお願いしますね。なお、森に損害があれば…」
「その分だけ報酬が減る」
「左様にございます。その為、火を使っての戦闘は出来ませんがあなた方なら…。では、何とぞよろしくお願いいたします」
□
「あれは報酬を1ゼニーでもケチりたい…って顔だったな」
商会を出て少し街を歩き、拠点にしている俺の部屋に戻ってかりそう二人に話しかけた。
「ん?どういう事ニャ?」
「養蜂場に被害が出れば報酬は目減りと言っていたからな、何か落ち度を見つけて報酬を減らしたい。あるいは成功報酬をもらったとしても店の蜂蜜を買わせて金を取り戻したいんだろう。もちろんそれが悪い事とは言わない、その分高めの報酬設定なんだし。受け取った金はいずれ何かに使うんだ、それが自分の所の蜂蜜っていうだけ…。別に騙してる訳でもないしな」
「ニャ…。う〜、それを聞くと値引きしてくれていても素直に買うのはシャクだニャ!!でも、まともに買ったら高いのニャ」
「ただ、元は蜜蜂が集めてきた蜜だ。元手は多少かかっているだろうが一度作った巣箱は何年も使えるだろうし、蜜蜂も自然と子を生んで代替わりするし餌になる蜜も自分達で集めるだろうから金もかからんだろう」
「ん…。だけどエルフは蜂蜜大好き。悔しい、でも買っちゃう。ビクンビクン」
「そんな二人に見せたいものがある。二人とも、まずはパンを焼くぞ」
そう言って俺は食パンをオーブンで軽く焼いた。そして、昨日届いた配達品からとある物を取り出した。
「こ、これはっ!?」
「ふふふ、取り乱しているな。アンフルー?」
チューブ式の蜂蜜である。まあ、安い奴だ。加糖はちみつと表記されている。いわゆる蜂蜜に水飴とかなんらかの糖分を加えたものだ。
「これをパンに垂らしてスプーンで塗り広げて…。…おい、リーン。ヨダレ垂れてるぞ」
「ニャッ!?」
「リーン、みっともない。…じゃるり」
「アンフルー、お前もかよ!!?…ほら、食べてみ?」
「「ッ!?」」
二人とも瞬間的に食いついた。
「甘〜いッ!!…ニャ!」
あ!リーンの奴、あまりの感激に語尾にニャを付けそびれたな。
「花の香りとか風味は弱いけど味のムラは少ない。おいしい」
「どうだ?これがあればせっかくもらった報酬からベアイエロプー商会の蜂蜜を買わなくても済みそうか?」
「ニャー!!」
「ん、これで勝つる。キノク…、いやキノク神!…はあはあ」
「なんで興奮してんだよ!!」
「ただの興奮じゃない、性的興奮」
「訳分かんねーよ!」
「なんてことなく蜂蜜取り出すキノク、もういっその事…」
「な、なんだよ…?」
「既成事実を作って離れるにも離れられない関係にィ!」
「くっ!?抑揚をつけずに凄い事を言うな、すげー怖い!」
「さあ、キノク。オフトゥンもある!はあはあ」
アンフルーが正面から抱きついてくる。俺は迫りくるアンフルーの額を抑えて密着しないようにする。
「ま、待て!アンフルー」
「待たない」
「それ以上迫ると二度と蜂蜜手に入らないぞ」
ぴたり…。
「困る」
「よし。俺から離れろ。…良いか?ゆっくりだ」
「ん…」
言われた通りにするアンフルー。うーむ、蜂蜜効果すごいな。
「アンフルー」
「何?」
「俺とお前はどんな関係だ?」
「肉体関係(希望)」
「違う。仲間だ」
「む…」
「良いか、アンフルー。蜂蜜好きなのは分かった。確かに俺は蜂蜜をわずかだが入手する事が出来る。確かに貴重かも知れない。だからと言って肉体関係になって蜂蜜を得ようみたいなマネをするな」
俺はまっすぐにアンフルーを見ながら言った。
「そんな事しなくてもこれからは蜂蜜を塗ったパンを一緒に食うぞ。だからそういう事をするな。俺は蜂蜜とアンフルーならアンフルーの方がずっと大事だ。だから安心しろ」
「ヤバ…。グッときた」
「え?」
「キノクのプロポーズ、確かに受け取った」
「な、何!?」
「これから蜂蜜を塗ったパンを一緒に食っていこうなんて…。中々言えそうで言えないプロポーズ」
「い、いや、そんなつもりじゃ…」
「良いニャ〜!アンフルー良いニャ〜!ねえねえ、キノク〜。ボクもあの赤い生のお魚をまた食べたいニャ〜。ボクにはプロポーズはニャいの?」
すりすり…。
リーンが頬ずりしてくる。くっ!?コイツは可愛いからな、だから余計にタチが悪い。
「バ、バカお前。そんなに何人もプロポーズとか…」
「男は食わせていけるなら問題無いのニャ〜!心配御無用、ボクも一緒に稼ぐのニャ!さあ、これからもあのおさしみというヤツを一緒に食べるのニャ〜!」
「お前も食欲優先かよ!」
「ニャー!!食欲だけならお金出して買えば良いニャ!キノクは良い奴、オフトゥンに嫌なニオイがしないのニャ。それに…、アレを見るニャ」
そう言うとリーンは部屋の片隅に置いた背負布袋を指差した。
「あれがボクの全部の荷物ニャよ。それを持ってここに来たんニャ。ボクだって女ニャ、考え無しで動いてニャいよ。これはただの寝泊りじゃないニャ、ここで暮らしたいって思ってるんニャよ」
リーンはいつの間にか顔を擦り付けるのをやめ、まっすぐに俺を見ていた。言えないじゃないか、そんな顔されたら駄目だなんて。荷物まで持ってこの部屋に来ててさ、追い出すなんて。そしたら俺が追放する側じゃないか。
リーンは巨大ミミックロックから俺を守ろうとしてくれた。ロクに動けない体で自分の死を覚悟して。そんなリーンを…。
「放り出せる訳ないじゃないか!」
「ニャ!?」
俺はリーンを抱きしめた。小柄な体だ、こんな体であんなデカい岩の化け物に立ち向かおうとしたのか…。
「離したり…しないからな」
「ニャ。捨て猫にしたら…、許さないニャ」
「ああ」
「捨てエルフも駄目、絶対」
アンフルーが背中から抱きついてきた。
「分かってるよ、ここにいたら良い。そうと決まれば…」
「オフトゥンで姫始め?」
「違う、明日の準備だ。ベアイエロプーに聞いた話じゃ危険な任務でもあるんだから。蚊取り線香作り…、大量に作らないとな。対策していかないと…」
俺はそう呟いていた。
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