第4話 落ちた先で
「うーん…、いててて…」
「キノク、大丈夫かニャ?今、灯りをつけるニャ」
二人してもつれるようにして落ちた穴の底、落下による多少の痛みはあったが大きな怪我は無いようだ。
「ライト!!」
リーンと名乗る女が一声発するとリーンを中心に周りが明るくなった。そんな様子を見てハッとする、相手の頭には猫のような耳があった。間違いない、猫の獣人だ。これで妙な語尾にも納得がいく。歳は俺よりも若そうだ、そんな相手が俺に覆い被さるような感じでいる。いきなりの展開だ。
「魔法が…使えるのか?」
「ニャ?この腕輪の効果だニャ。魔力を流せればキノクも使えるはずニャ、魔力を込めて使う魔導具ニャから」
「そうなんだ」
リーンは左手首のあたりに身につけている腕輪を見せながら言った。なんでも高度な呪文の詠唱を必要とせず、装着者が一言だけ魔法の名前を発すれば発動するらしい。しかしあくまでも簡単な魔法だけらしい。明かりを灯すとか、着火するとか…。本来なら魔法の使えない人が生活を便利にしたり身を守ることに役立つものがそのラインナップだと言う。
「あっ!お魚は…、あったニャ!!無事で良かったニャ!」
リーンは少し離れた所に転がっていた藁を編んで作った莚のような物で包んだひと抱えはある大きさの何かを拾い上げた。
「それを釣ってきたのか?」
「そうニャ!街に着いて少し時間が空いたのニャ。だからボクはお魚を求めて森の水場やってきたのニャ」
「それで魚釣りを…。でも、釣竿を持ってないじゃないか?どうやって魚を釣るんだ?それともどこかに落としてきたのか?」
「ニャ?釣竿なんていらニャいよ?」
リーンは何を言っているんだとばかりに首を傾げる。
「え?それじゃどうやって?」
「こうするニャ」
そう言うとリーンはベルトのように腰に巻きつけていた自分の尻尾を下に垂らしユラユラと地面を箒で掃くようにして動かした。
「ん?どういう事?」
「これを川や池の水面でやるのニャ。すると水面に何か動物がいると思った魚が向こうから来るニャ!パクッと食いつこうとするニャんよ、それをかわすと食いつこうとしたお魚が勢い余って飛魚みたいに水面から跳ね上がる…そこをッ!!」
ビュッ!!
リーンは素早く回し蹴りをした、いわゆるハイキックというヤツ、それは空気を切り裂く音と共に俺の前髪を風圧で揺らした。その一連の流れをやってみせたリーンは再び尻尾をベルトのように巻きつけた。
「こうやって倒すのニャ」
「ふええ…」
リーンはいわゆる武道家みたいな感じなんだろうか。それにしても…。
ライトの魔法によって明るくなり周りの様子がよく見える。このリーン、先程の蹴りから見てパワーはありそうだけどその体は小さい。
髪は茶色と白の二色。額の上のあたりの一房が白く、長さは肩のあたりで切り揃えられている。何と言うか元気娘という感じだ。簡素なだが丈夫そうな服は半袖短パンといったような感じの動きやすそうな服装だ。
「ここ、自然の洞穴みたいニャね」
あたりを見回しながらリーンはそう言った。
「ああ…。確かに」
大木の根が張り巡る地中にあった空洞みたいなものだろう。見上げれば先程転がり落ちた穴の入り口が見える。かなり急な坂道といった感じだが、登ること自体は問題無さそうだ。
「地上に戻るには問題無さそうだな」
「ニャ!それよりキノク〜」
「なんだ?」
妙に馴れ馴れしいと言うか、このリーンという奴は人との距離感が近い。
「この洞穴、まだまだ奥に続いているみたいニャ」
「そのようだな」
「行ってみないかニャ?」
ピンッ!!帯のように腰に巻き付けていたリーンの尻尾が立ち上がるように空を向く。実際の猫がそうなるように尻尾は雄弁に気持ちを語る、興味津々だと。
「そうだな。どうせ雨で身動き取れないんだし…」
「そーそー!!あの様子だと雨はまだまだ降り続くニャ。だったらその間に何かないか見て回ろうニャ」
そう言うとリーンは洞穴の先を指差した。
□
いくつかの分かれ道があったが基本的に洞穴は一本道だった。自然洞窟のようだが、なぜだか所々に違和感のようなものを感じる時がある。それが何かは説明できないのだけど…。
「わずかに人の手が加わってるニャんね…。間違いなく誰か通ったことがあるニャんよ…」
周りを見回しながら歩くリーンが大事そうに魚を包んだ莚を抱えながら言った。
「分かるのか?」
「ニャ!地面が歩きやすいようにしてあるニャ、でも最近じゃないニャね、長く時間が経ってる感じがするニャ。だから分かりにくい…、気づかなくても仕方ないニャ」
なるほど、もしかしたらこれが俺の感じていた違和感のようなものの正体だろうか。
「ずいぶんと詳しいんだな」
「ボクは冒険者ニャからね」
「冒険者?」
追放されたことを思い出し思わず身構えてしまう。だが、リーンは俺の反応を特に気にすることなく話し続ける。
「そうニャ。と言ってもこの街にはまだ来たばかりニャけどね。キノクは何をしてる人ニャ?」
「俺は…、何もしていない。ついさっきパーティからもギルドからも追い出されたんだ」
「ニャッ?どういう事ニャ、追い出すなんて」
「俺の天職は商人、戦う力は無い。それになぜかモンスターを倒しても全くレベルが上がらないんだ。だから荷物を持つことぐらいしかできないんだ、それで戦うことのできない役立たずって…。今日も散々働かされたのに何の分け前も無くてな、そのことに文句を言ったらブン殴られてこのザマさ。そしたらギルドもそいつらの肩を持って一緒になってギルドからも追放されたんだ」
「酷い話ニャ!!文句を言って当たり前ニャ!荷物を運ぶなら人夫として働いたら食べてくくらいの手間賃はもらえるニャ、ましてやモンスターの危険もあるんニャから少し上乗せがあっても良いくらいニャ」
リーンはプンプンと鼻息を荒くしている。俺のために我が事のように怒ってくれているのだろうか。
「お前、良い奴だな」
「ニャッ!?」
「会ったばかりの俺のためにそんなに怒ってくれるなんてさ」
「当たり前の話ニャ。だけどキノク、モンスターを倒してもレベルが上がらないってホントかニャ?」
「ああ、倒せたのは弱いモンスターばかりだけど…。それでもずっとレベル1のままだよ」
レベル1、それはある意味で何も無い者である。どんな人でも最初はレベル1。つまりスタートラインに立ったばかりの状態、言わば商人を志した素人である。そこから経験や訓練を通じてレベル2、レベル3と成長していくのだ、見習いとか駆け出しの商人として…。
「うーん。でも、それは妙な話ニャんね」
ポツリとリーンは呟いた。
「どういうこと?」
「確かに商人は戦闘向きの天職じゃないニャ。だけど全くレベルが上がらないというのは変な話ニャ。街から街へと移動する商人を護衛したことがあるけど、モンスターを倒してレベルが上がったって人は確かにいたニャ」
「ってことは俺のレベルが上がらないのはおかしいってことか」
「そうニャ。でも、理由は分からないのニャ。でも、こういうことにうってつけの奴がいるニャ」
「うってつけ?」
「ボクの相棒ニャ!…あっ、どうやら終点みたいニャよ。空気の流れがこの先で止まってるニャよ」
辿り着いたのは開けた空間だった。
ちゃりーん!!ちゃりっ、ちゃり….かたっ…。
音がした。まるで硬貨を落とした時のような…。
「キノク、見てみるニャ!お金の山ニャ!!」
「これは…」
リーンが指差した先には硬貨の山があった。二人して近づいてみる。間違いない、全てお金だ。しかしそのコインは日本人的感覚で言えば一円玉や五円玉、十円玉のような小銭が中心。両手の平に限界まで乗せても下手すりゃ数百円程度かも知れない。と言っても、時には百円玉や五百円玉のようなものもあるし、かなり古い時代の物もあるようだ。
ちゃりーん!
また一枚の硬貨が落ちてきて俺の足元に転がってきた。その硬貨を見て俺は声を上げた。
「そうか、ここは井戸!アブクソムの井戸の底なんだ」
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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キノクとリーンが辿り着いた先はアブクソムにある井戸の底。
しかし、そこは水を汲む為に使う井戸ではなく…。
次回、第5話。
『願いの井戸』
お楽しみに。