第154話 エピローグ
リーテンとの激闘を終え、とりあえず俺達は部屋に帰還した。リーン達に支えられなんとか土間から畳に上がるとすぐに布団が敷かれ俺はそこに横たえられた。
「キノク〜、お薬はこんな感じで良いかニャ?」
負傷した俺の左足にリーンが軟膏を塗っている。これは俺が作ったもので冒険者用応急薬のように飲んだりは出来ないが部分的な怪我…、今回のようにアキレス腱の切断と骨折が重なった重い怪我が重なった左足にはこちらの方が効果がある。
「それにしてもキノクさま、なぜリーテンと戦い続けたんですの?キノクさまはすでに冒険者ではありませんから戦う理由は無かったと存じますわ」
手当てを手伝いながらスフィアが尋ねてきた。
「私も同感…。それにあのリーテンはまぎれもない強敵、あえて正面からぶつかっていく理由は無い。避けられるなら避けたい相手…」
アンフルーもまたスフィアと同じ考えのようで俺がリーテンと戦った理由が分からないといった感じだった。
「ああ、それはな…」
布団の上に仰向けになった俺が応じる。
「二つ理由がある。一つはリーテンの戦ってその活動を終えたいという気持ちが分かったからだ。体に残った魔力が尽きればリーテンの存在は消えてしまう。戦士なんだろうな…、そして鉄騎に乗ってたから騎士でもあるんだろうな…誇り高い…。だから、最後まで戦ってその身を全うしようとしたんだろう…。その気持ちが分かっちまった、だから応じたんだ。…変だよな、それこそ俺は冒険者ですらないのに…」
戦いが終わったからか、妙に清々しい気分で俺は心境を吐露していた。
「…もう一つは?」
アンフルーが二つ目の理由を尋ねた。
「逃げちゃいけないと思った」
一つ目の理由がリーテンの存在にあるのなら、二つ目の理由は自分の都合だった。
「例えば…、そうだな…ゴブリンエンペラーの軍団とやりあった時があったよな…」
俺は少し前にあった事を例に挙げる事にした。
「奴は俺を殺し、女には子供を産ませてやると言ってきた。逃げるだけなら俺はここにすぐ戻ってらこれる、もちろんみんな一緒にな。だが、これから先…分断され位置が離れてたりして同時に戻れない時にはどうなる?戦いだからな、殺されたり…あるいはリーン達は女だからな。酷い目に遭わされるかも知れない。そう考えたら戦わなきゃと思ったんだよ、いつも逃げてたらそれがクセになっちまう。仲間がどんな目に遭わされても自分だけシッポ巻いて逃げるような…、そんな奴にはなりたくなかった」
「キノク…」
「キノクさま…」
「別に誰に対しても…ってワケじゃない。俺は善人ぶる気はないからな、自分が大事だと思った相手だけ体を張る事にするよ。俺は全ての人を守るなんて出来ない、だったらここにいるみんなだけで良い。それこそ寝食を共にしてる家族みたいなもんだ。それだけで良い」
俺は仲間達から手当てを受けながら理由を話した。言い終えると一つ長い息を吐いた、胸の中の空気だけでなく気持ちも全部吐き出したようなスッキリした気分だ。
「あっ、足の腫れが早くも引いてきたみたいニャ。あれだけの重症が…、キノクの飲むお薬も凄いけど塗り薬も凄いのニャ!」
飲むタイプの薬もこの怪我には確かに効果はあるが、その治癒効果は体全体に及ぶ。しかしながら、体全体に及ぶという事は一つの部位に関してはその効果は限定的だ。言い換えれば『広く浅く』効果を及ぼす、アキレス腱断裂に骨折まで重なった俺の左足には広く浅い効果では物足りない。だから飲み薬とは違い直接患部に塗る軟膏を使った、これだと効果は『狭く深い』ものになる。左足の足首付近に怪我が重なった今の俺にはこちらの方が都合が良かったのだ。ちょうど手当ても終わり、リーンに代わってスフィアにより包帯代わりのバスタオルが巻かれ俺は仰向けに寝かされた。
「ありがとう、リーン。手がベタベタだろう、洗っておいで」
「ニャッ!」
一声返事をするとリーンは軽い身のこなしで風呂場の方に駆けていった。
軟膏の効果はさっそく効果を発揮し始めている。早くも左足の痛みは引いてきており少しずつだか足を動かせる感覚が戻ってくる。このまま体力が回復すれば俺は元通り歩けるようになるだろう。
「…あと五時間もすれば足は元通り、それまでは安静に」
左目に緑柱石の単眼鏡をしたアンフルーが俺を見ながら言った。おそらく単眼鏡を通じて数値化された俺のステータスを確認したのだろう、怪我の度合いと回復するスピードの数値関係から計算し所要時間を算出したのだろう。
「そうか…、じゃあポーションも飲んで一休みといこう」
「それが良い。回復したら『おんせん』に入る…、それまではオフトゥンで…はあはあ…」
アンフルーが俺の横に寄り添うように布団に入り腕を絡めてくる。
「おい…」
「ならば、わたくしは反対側を…」
スフィアまでもが腕を絡めて隣で横になる。うーん、良い所のお嬢様なはずなんだが…。
「何やってるニャ〜!!ボクが手を洗ってる間に〜!二人共ズルいのニャ〜!!」
手を洗って戻ってきたリーンがプンプンと怒っている。
「二人が両側ならボクはキノクの体の上で寝るのニャ」
そう言うとリーンは俺に乗り、本物の猫がそうするように少し体を丸くする。
「は、はわわわわ〜、マスター…」
布団にひとかたまりになっている俺達を見てRGNが驚くと共に寂しそうにしている。
「あーるじーえぬ…」
アンフルーが抑揚の無い声でRGNに呼びかける。
「キノクに…膝枕を…。これならみんなでひとかたまり…」
「はいっ!…マスター、失礼します」
いそいそとRGNが俺の頭を自らのふとももに乗せた。人間の皮膚と比べて遜色ない感触の特殊ゴムを使ったRGNの表皮は頭を乗せても違和感を感じない。
「その短いスカート…、そこから伸びるナマ足…。あーるじーえぬ、安心して。キノクはこういうのを好きなはず…」
アンフルーが変な事を言い出した。…まあ、好きだけどさ。
「スヤァ…」
リーンが早くも寝息を立て始めた。
「とりあえず寝よう…、少し疲れたよ」
そう言って俺は目を閉じる、肌に感じる仲間達の存在が今はとても心地良かった。