第153話 さらば、リーテン
俺は倒れているリーテンの元に向かった。左足を痛めているからひょこひょことびっこを引きながら…。
「リーテン…」
思わず呟きが洩れた。
「ぬ、ぬぐぐ…」
「ア、アンタ、まだ…」
驚いた事にリーテンはまだ生きていた。いや、単純に生物という訳ではないから生きているというのは正確ではないのかも知れないが…。
「な、なんだ…、その顔は…?しょ、勝者がそのような顔をするな。貴様は我に打ち倒したのだぞ。鉄騎の将と呼ばれし我に…」
どうやら俺は喜びからは程遠い表情をしていたらしい。
「戦場で功を立てし者は自らの名を声高に叫ぶであろう。あれは己が功を喧伝するものだがもう一つの意味がある」
「もう一つの…意味?」
「打ち倒した者への敬意である」
予想外の言葉が出てきた。
「自分はこれほどの相手を倒した…、それゆえに声高に功を叫ぶのだ。それが大きければ大きいほど…倒されし者の価値が上がろうというもの…」
そういう考え方もあるのか…。でも、考えてみれば冒険者でも同じ事が言えるか。強くもなく、金になるような素材にもならないモンスターなんて倒してもつまらないもんな。自慢にもならねえ…倒してもそんなボヤキが出てくるのが関の山だ。
しかし、これが倒せば一目置かれるような強いモンスターとか取れる素材が高値で売れるようなモンスターならすぐに手柄話や自慢話の種になる。酒でも入ればそれはより大きく派手な尾鰭がくっついてくる。
「さあ、声高に…。名乗るが良い、キノク…。我を倒せし者よ…。わ、我が…消えて…しまう…前に…」
だんだんとリーテンの声から力が無くなってきているのが分かった、残された時間は…もうわずか。
「て…、鉄騎将リーテンッ…、討ち取ったりぃーッ!!」
俺は思わず天を仰ぎ見るようにして叫んだ。無機質な城塞の石の天井竈門目に映る。とても倒れているリーテンを見下ろしながらは言えなかった。だから、目を逸らすようにして声を上げていた。
「そ、そうだ…それで…良い…」
リーテンの声がかすれるようにだんだんと小さくなっていった。それと同じくするようにリーテンの金属質の体が湯気が上るかのように消え始めていく。それはまるでドライアイスのように固体から液体への移行をすっ飛ばしていきなり気体になる昇華現象みたいだった。
なんで金属がそんな現象を起こしているのか、俺にはサッパリ分からない。ただ、間違いなくリーテンの消滅がもう目の前に迫っている…それだけは肌で感じていた。
「不思議だ…。貴様と見えしは此度のみ…、されど我は…き、貴様こそを待ちわびておったのかも知れぬ…。その顔、最後によく見せてくれ…」
俺は無言でリーテンのそばでひざまづいた、無表情なリーテンの顔が俺を見つめた。
「…我が消えし後、ひ…一つの腕環が残るであろう。持って…いくが…良い…。我と…共に…戦場を駆けし…」
リーテンは何かを言い遺そうとした。しかし、最後まで言い切る事は出来なかった。最後の一粒の粒子のような…、そのリーテンだったものが天に還ていった。
「リ、リーテン…」
そして、リーテンの言い残した言葉の代わりとでもいうように石の床の上に一つの腕環がアダマンタイト独特の音を立てて転がったのであった。
『さらばだ…強敵よ…』
リーテンの声がしたような気がした。
「さらば…リーテン」
誰に言うという訳でもなく、俺はそんな呟きを洩らした。
□
リーテンが消滅すると仲間達を隔てていた障壁も消えたようだ。近づいてくる足音がした。
「泣いてるの?キノク…」
俺の隣に来て同じように膝をついたリーンが言った。
「泣いている…、俺が…?」
自分の事なのに俺はどうやら自覚せず涙していたようだ。理由は…自分でもよく分からない。ただ、間違い無いのはリーテンがその理由なのは間違いない。
「キノクさま、お怪我は…?」
スフィアが尋ねてくる。
「ああ、大丈夫だ。ポーションを使えば多分治るだろう。いったん部屋に戻ろうか。怪我と疲れで動けそうにない」
「ん…、まずは手当て…」
「戻ったら…、すまないがRGN…食事の用意を頼む」
「はいっ!!マスター!」
リーテンの遺した腕輪はスフィアが回収した。そして俺達は長く長く感じた激闘を終え部屋に戻り治療と休養を取る事にしたのだった。




