第149話 鉄騎の将リーテン
「ここにいるぞ」
俺は一歩前に踏み出した。
「キ、キノクさま…」
「キノク、無理ニャ!」
スフィアもリーンも俺を止めようとする。
「分かってるよ、言いたい事は…」
敵うワケがない、そう言いたいのだろう。それなのに逃げないばかりか向かっていくなんて…と。
「その意気や良し」
そんな俺に目の前のアダマンタイトと呼ばれる鉄よりはるかに硬いという金属で出来たゴーレム…鉄騎の将とやらが応じた。
「貴様、面白い力を持っておったな。我が配下のウッドゴーレムを倒した拳打、さらには音か…?それによる振動を使い打撃を中に浸透させる技…」
ダラリと下げていた手を体の前で組む、いわゆる腕組みの姿勢を取りながら話し続ける。
「いかに強靭な物質と言えど衝撃を殺すのは不可能、斬撃や貫撃には強かろうともな。つまり貴様には我を倒す力を秘めている…」
無表情な鉄仮面そのものなはずのゴーレムがニヤリと笑ったような気がした。
「良いのか、アンタの言によれば俺は相性が悪い相手なんじゃないのか?それをわざわざ焚きつけるように…、あるいは俺の打撃がアンタに有効な事を自ら証明するように…」
「構わぬ」
俺をまっすぐ見つめながら即座に応じてきた。
「勝ち目が無い相手にこちらから仕掛けるのは戦いとは言わぬ。だが、我は貴様に抗する力が有ると見た。ゆえに敵として相見えん…。名乗るがよい、打ち倒した後も貴様の名…深く胸に刻みおこうぞ」
組んでいた腕をほどき片手を前に突き出しながらヤツは言った。
「紀伊国…文左。仲間達からはキノクと呼ばれている」
「ほう…、キノクか」
「アンタは?」
「む?」
「アンタの名だよ。仮にもここの大将なんだろ?名前くらいあるんじゃないか」
「名など不要。我はただの駒に過ぎぬ、主の差し手に応じ動くだけ」
「区別はあっただろう?」
「何?」
「アンタ、さっきこう言ったよな?自分は駒だと、主の差し手に応じて動くと…」
「む…」
「主がいてこの城塞の大将をしてるんだ。主から名を呼ばれたりしていたんじゃないか?戦うなら聞いておくよ、アンタが与えられた名ってヤツを…。俺が勝ったら名乗りたくても名乗れなくなるんだから」
「ふ、ふはははっ!!そこまで囀る事が出来るなら遠慮は要らんようだな。…良いだろう、我が主からはリーテンと呼ばれていた」
「リーテン…」
俺はそう呟くと持っていたもう1本のペットボトル…魔力ポーションをグッと一気に飲み干した。空になったそれを俺はポイッと放った。石の床を転がったペットボトルがカラカラと音を立てる。
「悪いが回復させてもらったよ、全力でいく」
「もう良いのか?仲間との名残は…、別れを済まさずとも?」
「ああ」
俺は必ず帰る、仲間の元に。そう思うと別れを口にする気にはならなかった。そうかと一声呟いてリーテンが突き出していた手を横に薙ぐように振った。
「ニャッ!?」
「こ、これは!」
リーンとスフィアの声に振り返ると何やらガラスのようなものが俺と仲間達が隔てられている。いわゆる障壁というやつだろう。
「これで誰も手出しは出来ぬ。貴様か…我か…、勝負が決すれば障壁は消えて無くなる。邪魔は入らぬ、存分に戦おうぞ」
俺は素手で戦う事に決めた。
それというのも手持ちの武器はサバイバルナイフしかない。だがサバイバルナイフではアダマンタイトの敵に対して斬りつけたらすぐに折れてしまうだろう。幸い俺が購入した副職業の効果で物質系の敵に対して素手であれば打撃が通り、また拳を痛める事もない。そこに吟遊詩人の特殊能力たる振動の効果を上乗せしてさらに内部へと打撃を浸透させる作戦だ。
「安心せい」
リーテンが大きな声を上げた。
「なにも一方的に蹂躙しようというものではない。素早さなら貴様、頑丈さなら我に分があろう。一撃の重さなら我、だが貴様にはその振動を伝える技がある。こと我のような金属質の体には厄介な事この上ない、振動を防ぐ術はなくむしろ体内で反響してしまう。天敵と言わざるを得まい…」
ハッキリと…、そしてどこか楽しげにリーテンが語る。
「良いのかよ?アンタ、自分に弱点がある事を肯定してるぜ」
「構わぬ。どちらが勝つか分からぬからこそ戦いは面白きもの…、参る!!」
独特な足音を立てリーテンが駆け出し始めた、俺も自然と…応じるように駆け出した。俺とリーテンが肉薄する、戦いが始まった。
□
「ぬゥゥあああッ!!」
リーテンの巨体が迫る、駆け込んできた勢いを上乗せし振り下ろすような剛腕のパンチ。近づいてみて分かった、コイツの身長は2メートル50センチくらいか。NBAとかのスポーツ選手より一回りか二回り大きい、そんな感じだろう。
「ビブラート」
俺は両拳に音による振動を宿らせる、だが正面からは打ち合わない。
ズザアアアアッ!!
走る勢いそのままに滑り込んだ、頭上でリーテンの拳が空を切る。
「ああっ、リーテンの足の間を抜けてッ!」
「背後に回り込んだニャ!」
サッカーで言うところの股抜きのように足の間を抜けると俺は背後からリーテンの腰のあたりに拳打を入れる。こぉんこぉんと金属の反響音、硬いものを殴っているが俺の手に痛みはない。スキルのおかげだろう、これなら戦いを続けられる。
文系学生だった俺に素手の格闘なんて皆無だが、獲得した副職業のおかげで体が自然と動いてくれた。
「小癪な」
そう言ってリーテンは体を回転させつつ右手を裏拳のようにしてなぎ払ってくる、俺とは身長差があるので下の方を薙ぎ払うような軌道だ。俺は腕とは逆方向、リーテンの左足にまとわりつくように位置どりをする。ここなら裏拳も届かない。
そのまま俺はまとわりついているリーテンの左足に拳打を入れた、リーテンは距離を取るように飛びすさりこちらを向いて構えた。先程よりやや足を狭く、それでいて重心を低くしている。
「距離を取ると言うならッ!!」
すううう〜ッ!!
俺は大きく息を吸い込んだ。
「ウララァ〜ッ!!」
ビブラートを声に宿らせ俺は右手を口元に当てて全力で叫んだ。まっすぐ前に放たれた俺の声に乗ったビブラートは強烈な波動となってリーテンを襲う。今までにないくらいに甲高い音が響いた。
「ぬぐっ!!」
たまらずと言った感じでリーテンが呻きを洩らした。効いている、そんな実感が沸いてくる。
「味なマネを…」
「やったニャ、キノク!これなら近づかなくても攻撃できるのニャ!」
「甘いわッ!!そう連発できるものではあるまい!」
見抜かれている…、こちらの弱点。
「どういう事ですの?」
「我のような金属の塊を相手に振動をもって攻撃する…、まして防ぎようのない音を響かせそれに上乗せする形でな。まさに倍する威力と言えよう」
俺は黙って…、必死になって呼吸を整えている。
「その攻撃…、魔力で振動を発生させさらに叫びをもって我を襲った。だが、そのためには…大きく吸った息を一気に吐き出さねばならぬ!それをして初めて爆発的な威力を生む事ができる」
「それがどうしたのニャ!」
「ま、待って、リーンさん。こ、これは…まずいのでは…」
スフィアが何かに気づいたようで狼狽し始めた。
「そう、その男は一気に使ったのだ。魔力も…、肺の中の空気も…。言わばその男は全力疾走をした直後も同じ…、隠そうとしても呼吸が乱れておるわッ!!」
バレてるッ!!
「キ、キノク〜ッ!?」
「ま、まずいな。はあはあ…、なんせ初めての戦法だからペース配分とか分からなくて…」
見抜かれてるなら仕方ない、俺は素直に認めた。
「そこな猫獣人の娘は身も軽くスタミナもある…、場数もかなり踏んでおるようだから気付かなかったようだな。その男…キノクだったか、経験不足による勝負所のカンが不足している事に…」
リーテンは冷静に物事を見ていた、逆に戦い慣れていない俺は常に全力疾走をしているようなもの。なんとかして息を整え最初に飛ばしすぎた戦い方を修正していかないと…、問題はそれをリーテンが許してくれるのか…出来ない相談であった。