第138話 相性最高のダンジョン(3) 視点
部屋でしっかりと睡眠をとり俺達は探索を再開した。
「罠が無いというのは良いな」
歩きながら俺はそんな声をかけた。
「この遺跡自体が大きな罠のようなもの。生物の弱点を巧みについてきている。本来ならこの遺跡は大規模な輸送物資を確保した上で臨まないと探索の維持ができない。特に水の補給が難しい、食べなくても少しは耐えられるけど水はそうはいかない」
アンフルーが応じた。
「ですが、奇妙ですわね」
スフィアがふと感想を洩らした」
「ん、私にも一つ疑問がある。おそらく同じ」
「どういうことだ?」
「はい、城塞というのは防衛のために立て篭る場所ですわ」
「そうだろうな」
「では、立て篭る兵の立場に立って考えてみたら奇妙ではありませんか?三倍の早さで飢えて、渇きを…そして疲労や眠気を感じるのですよ。立て篭る側からすればこんな不利なことはありませんわ」
「ん、もしこの城塞を攻める側がこのことを知ったら…。力攻めなどしなくても取り囲んでしまえば…」
スフィアとアンフルーの考察に俺とリーンはようやく気付く。
「あっ、兵糧攻めになる。食料も水も三倍必要になるんだから」
「疲れやすくもなるし、立て篭るのにこんな不利な場所はないニャ!」
「そう、ですからこの城塞を建てる意味が分からないのです。百歩譲って利点を挙げるならば…、攻め手にも補給の問題が生じることでしょうか?」
「ん…。もしかすると攻め手を積極的に撃退するのではなく、根負けを狙うための城塞…?」
スフィアとアンフルーはこの遺跡の存在意義を述べてはいるが…。
「いや、それでも最低限の兵力は置くだろう。…分からない事が多すぎるな、この遺跡は…」
それからも俺達は休憩や食事等をはさみながら少しずつ探索を進めた。しかし、得られる物も無く何かに出会うこともなかった。
「人っ子ひとり…、いやモンスターの一匹もいないな…」
探索を進めながら俺は呟いた。
「そうニャね。そもそもモンスターも生き物には違いないのニャ、ここで生きていくには大変なんニャないの?」
「そういやそうか。アンフルー、スフィア、危険はあまりなさそうか?」
「多分」
「おそらくは…」
「ならRGNを呼んでみるか、危険が無いなら安心して色々見て回れるだろう」
□
一方、その頃…。
遺跡にやってきた冒険者達、ある者は早めに…そしてまたある者はギリギリまで粘って探索するも限界を迎えて次々と撤退していく。その撤退理由は全て水や食料が底をついた事によるもの。
水や食料を仕入れ直して再度挑戦する者もいるがどうしてもその効率が悪い。少しずつ未探索の場所を潰していくがそれも遅々としてあまり進まない。そんな厳しい環境の中、健闘しているパーティが一組あった。ジレイ・ホワイトバード率いる十人組である。だが、その十人組もまた探索がなかなか進まない状況に立たされていた。
「諸君、休憩にしよう」
パーティを率いるジレイがそう声をかけると全員大きく息を吐きながらどっかりと石の床に腰を下ろした。中にはゴロンと横になる者もいる、荷物を運ぶ者達である。
戦闘がない探索、負担は荷運びの者達に集まる傾向にあった。なにせ食料や水など長期の探索に耐えられる十日分を用意していた。当然ながら重いし嵩張る。その重荷を背負いながら行動しているのだ、三倍疲れる遺跡の中で…。ただ、その荷運びの三人は戦闘要員であるジレイ達と異なり薄手の革鎧を着用している。それで休憩の際にはすぐに横になって休むことができる。
これはジレイには、さらには他の戦士達にも出来ぬことであった。貴族の嫡男ということも…、さらには金属製の鎧を着ていることもある。体に合わせて形がを変える柔らかい革の鎧なら寝転がれるが、板金を打ち出した鎧はそうはいかない。迂闊に横になればそれは硬い石の壁に体を押し付け密着して眠るようなものだ。ゆっくり体を休め眠るためには硬くて重い鎧は邪魔だ。しかしここは未踏派の発見されたばかりの遺跡だ、どんな危険が潜んでいるか分かったものではない。
ジレイ達は不自由な生活と抜け切らず溜まっていくだけの疲労にだんだんと口数も減っていくのだった。
□
「うわあ〜っ!うわあ〜っ!」
RGNが何やらはしゃぎながら遺跡の見て回っている。俺からすれば、あるいはリーンから見てもただの石造りの壁が続いているだけの場所。アンフルーならばその知識量から、スフィアならば公爵家の一員として城に馴染みがあることから俺達より気づいていることが多いのかも知れない。
「そんなに面白いのか?ただの石造りの壁で建てられた城塞…、俺にはそうとしか見えないんだが」
はしゃぐRGNに俺はそんな声をかけた。
「はいっ!新しいものを見るのは楽しいですっ!それになんだかお掃除をしたくなりますっ!」
「それは…、しなくていいぞ」
「はいっ!」
通路やら小部屋やらRGNは小走りしながら見て回る。そんな時、地面でつまづいたRGN。
「はわわわ〜!!」
どて。
「おい、大丈夫か?」
そう言って俺は転んだRGNに手を差し出して引き起こそうとする。RGNは魔導人形であるが体表は人の皮膚と変わらない感触だ。
「は、はい、マスター。すびばせ〜ん」
ライトグリーンの前髪で完全に隠された目元でこちらを見上げながらRGNは俺を見上げている。そして俺に手を引かれ立ち上がろうとしていたのだが、その動きが止まった。
「あっ…。はわわわ〜!」
立ち上がろうとした動きを止めたせいかRGNがよろめいて前につんのめる。俺はそれを抱きとめるようにして支えた。
「どうした?しっかりしろ、また転んでしまうぞ」
「は、はいっ!…あ、あの、マスター?」
おずおずとRGNが問いかけてきた。俺はそんなRGNをしっかり地面に立たせてから手を離した。そして、自らの足でしっかり通路の床面に立ったRGNが口を開いた。
「マスターの後ろの壁…、なんか変ですよ」