第134話 ジレイ・ホワイトバードでごさいます
ラーフォンタヌの宿場町の一角に冒険者ギルドはあった。
「川止めはしばらく続くのか、滞在費がかさみそうだな…」
冒険者らしき男がやれやれといった感じで呟きを洩らしている。あの呼び込みの男が言っていたように川止めになっているらしい。そこに話を聞きに行っていたリーンが戻ってきた。
「橋が流されちゃったらしいのニャ」
聞けば川を渡る為の橋が流されてしまったらしい。もっとも橋と言っても橋脚があるようなものではなく、舟を数珠つなぎにしてその上に板を渡した浮き橋であるらしい。それが急な大雨で舟の大多数が流されてしまったらしい。
それなら予備の舟とか板を使って浮き橋をまたつなげれば良いじゃないかという事になるが事はそんなに単純ではない。それだけ大雨の影響があったという事は流れてくるのは水だけじゃない。濁流が押し寄せてきたのだ、泥や石や流木などが押し寄せる。それらは流れ去る訳ではなくそこかしこに残っているのだ。聞くところによるとそれらを撤去した後に浮き橋を作ろうという事らしい。しかし、その為にはあと十日はかかるという。
「そりゃあ結構な足止めになるなあ…」
俺は思わず呟く。
「まあ、水の量は落ち着いてきたみたいなんニャけどね。この宿場町にも被害はほとんどなかったみたいニャし…」
「だけどそれじゃ大変だな。それまでここで過ごすとなりゃあ金もかかるだろうし…。金が出ていくばかりじゃ…」
「確かにこの宿場町に立ち寄っただけの方には厳しいですわ。路銀が尽きてしまいますもの…」
そこにアンフルーが話に入ってきた。
「聞いたところでは新たな遺跡が見つかったらしい」
「遺跡が?」
「ん。ここから半日ほど歩いた所に雨で土が流され入り口が現れた」
遺跡…、遺構…、色々な呼び方はあるが分かりやすく一言で言ってしまえばダンジョンである。俺はまだ行った事はないが発見されたばかりならお宝があるかも知れない。冒険者ならそこに行こうという奴が多いのではないだろうか、上手くすればまさに一山当てて大金持ち…なんで事があるかも知れない。
「遺跡ってなんですか?」
RGNが尋ねてくる。
「遺跡っていうのは昔何かがあったところニャ。大昔に滅んだ国の跡だったり、小さなものなら魔術師の個人的な研究施設だったりするのニャ」
「ん、それらがなんらかの理由で地面に埋まったりして未発見だったりする。だけど、今回みたいに大雨とか地震の後に地表に顔をのぞかせる事がある」
「へええ…、そうなんですかあ」
「ねえねえ、キノク〜。もしよかったらそこ行ってみニャい?」
「遺跡にか?」
「うん、どうせ川の向こうには行けニャいんだし、ボクもたまには体を動かしておきたいのニャ」
「うーん、どうだろう。みんなはどう思うんだ?」
「私は構わない」
「わたくしも良いですわよ。鍛錬に良いかもしれません」
戦う力のあるアンフルーとスフィアは賛成のようだ。
「わ、わたしはマスターが行く所なら…」
アワアワとRGNが応じる、どうやら彼女には戦う力はないようなのであまり乗り気ではないらしいがついてきてくれるらしい。だが、それで戦いの場に巻き込むのは酷だろう。家の中で家事をしていてもらうか。
「うーん、じゃあRGNは部屋で家事を頼む事にしよう。俺達はその遺跡とやらに行ってみようか」
「うんうん!様子を見に行った人の話だとそんなに危険は無いみたいなのニャ。体を動かしにいくには丁度良いくらいニャ」
「そうか、じゃあ俺も後学の為についていくよ。何か見つけたら俺がいた方が良いだろうし。そうと決まれば今日は休んで明日に向かおう」
俺がそう言って冒険者ギルドを後にしようとすると声をかけてきた奴がいる。小綺麗な甲冑を身につけた騎士風の男だ。いかにも優男といった感じだ。
「キミは物見遊山にでも行くつもりなのか?そんな事はやめたまえ」
「なんだ、あんた?」
「これはご挨拶だね…いや、これは僕とした事が。名も無き民では知らないだろうからねえ、高貴な僕の事など…」
金色の前髪に手をやりかき上げながらなんだか一人で話し続けている。
「良いだろう、そんなに僕の事を知りたいならば特別に名乗ってやろう」
「いや、知りたくないし」
「ふ、ふ、ふ。知りたいだろうに、無理をしなくても良いんだよキミィ!?僕はジレイ・ホワイトバード、領地持ちの子爵家の跡取りさ」
男は名を名乗ると何やら恍惚とした表情を浮かべている。俺はスフィアに小声で話しかけた。
「スフィア、知ってるか?」
「はい。たしか有事の際には公爵家の指揮下に入る家の一つかと」
なるほど、日本的に考えるとスフィアの所はいくつかの都道府県を束ねるような大大名、このジレイのところは都道府県のうち十分の一くらいを領地に持つ小大名みたいな感じかと俺は考えていた。そんな俺の様子を見て恍惚の表情を浮かべていたジレイとかいう奴が我に返った。
「ん、何をやっとるのかね、キミィィ!!まったく僕が名を名乗ったというのに何の反応も示さず女性と話しているなど…ん、んんッ!?」
恍惚とした表情から一転、不機嫌になったジレイの視線は俺の隣のスフィアに移る。
「こ、これはなんと類稀なる美しさか!」
つかつかつか、甲冑に合わせて作られている鉄靴の音を鳴らしてジレイとかいう奴が俺達の前にやってくる。
「改めて名乗らせていただきましょう、美しきお嬢さん。我が名はジレイ・ラ・マンチャ・ホワイトバード、子爵家の嫡男にしてボンリスの学院にて学生筆頭を務める者です。いかがです、これより僕と優雅なティータイムなど…、ここはボンリスと比べたらいささか質は落ちますがそれでもまあまあな紅茶を出す所もありますゆえ…」
「いえ、間に合っておりますわ。紅茶でしたらたしか…伯爵位の紅茶をいただいておりますので。ねえ、キノク様?」
「ああ、アールグレイの事か?確かにそうだな」
「伯爵グレイ?な、なんですか、それは?」
ジレイが取り乱して尋ねる。
「果実の香りを焚き込んだ上質な異国の紅茶ですわ。わたくし、あれ以外はあまり飲む気にはなりませんの」
「な、なんと…」
異国どころか異世界の茶葉だけどな、俺は心の中でスフィアに呟いていた。
「あれは私も好き。果実の香りが湯気に合わせて立ち上り鼻腔をくすぐる、エルフにはたまらない。私もキノクの匂いの次に好き、はあはあ」
「ここで欲情するのはやめとけ、アンフルー」
「こ、これは…。エルフのお嬢さんまで…、なんと神秘的な美しさか…」
ジレイはアンフルーを見るとさっそく目移りしている。
「ねぇねぇキノク〜?ここにいてもしょうがないニャ、早く帰ってごはんにするニャ。オフトゥンにも飛び込みたいのニャ」
「それならわたしが帰ったらすぐにお布団を敷きますね」
「そうだな、そうするか」
俺が帰ろうかとしたところでジレイが待ったをかける。
「い、いやいやいやっ!!待ちたまえ、キミィィッ!?」
「なんだ?」
「ま、まさかとは思うがキミがこのお嬢さん方と行動を共にしているのかね?」
「ああ、そうだ」
「ああ、嘆かわしい!神はなぜにキミより先に僕を彼女達に巡り合わせなかったのか!」
大仰に天に向かって振り仰ぎながらジレイの言葉が熱を帯びてくる。
「キミより先に僕が巡り合っていれば新しく発見された遺跡に行くにも何の不便もかける事はないッ!そして僕の華麗なる活躍を目にする度に惚れ直していくであろうに!ああっ、僕が先に出会わなかったばかりに彼女達は幸せというものを知らずに生きているのか…」
「おい、お前大丈夫か?」
ずいぶんと脳内が幸せな奴みたいだがこのまま付き合っているのも時間の無駄だ。俺は話を切り上げようと思ったのだが思わずこのジレイの脳内が心配になり声をかけてしまった。
「…はっ!?これは神のお告げ、あるいは巡り合わせか!お嬢さん方に幸せを教えてやれという…」
「なんか危ない感じがするニャ。キノク〜、帰ろうニャ」
「そうだな、アンフルー頼んだ」
「分かった、インビジビリティ(姿隠し)」
アンフルーの魔法により姿や気配を隠した俺達はそっとギルドを後にしようとする。
「さあ、お嬢さん方!そんな男より僕の手をお取り下さい。幸せというものを僕が教えてさしあげよう!」
ジレイが再び恍惚の表情で何やらまくしたてている。
「あ、あの…、ジレイ様?」
ジレイの従者らしき男が声をかけている横を俺達は通り過ぎる。
「なんだ!?今良いところなのに!…ん?どうした、女性達がいないではないか!!」
「き、消えました。たった今」
「なにィ〜!?」
俺達がギルドを出る時に目にしたのは慌てふためくジレイの姿であった。