第133話 領地境の宿場町
俺達が帝都アブクソムを出発し十日が過ぎていた。
まず西に向かいアンフルーの魔法による世界樹の根を使ったネットワークを用いてゴルヴィエル公爵領に入る。そこを経由した後は北に進路を取り一路ボンリスへと向かう。
「それじゃあ、俺達の中でボンリスに行った事があるのはスフィアだけなんだな。どんな街なんだい?」
北へ向かう旅路の途中、歩きながら俺は商業が盛んだという港街について尋ねた。
「広い湾を持つ時化や悪天候にも強い良港ですわね。各地の産物が集まり商業が発展した交易の街といった感じですの。また、その湾には大きな川が流れ込み内陸からの物も入り海の物、山の物が揃います」
「それならボンリスに行けば全てが揃うんだな」
「そうなりますわね。しかし、どこの国の領土でもなく有力な商人達…、評議員と呼ばれる者の合議制で街の方針が決まると聞きますわ」
「有力商人かあ…」
なんだろう、戦国時代の堺の町のようだな。
「ボクねぇ、海辺の街と聞いてどんなお魚があるのかとっても楽しみなのニャ!!…あっ、宿場町ニャ」
道の先に集落のようなものを見つけリーンが声を上げた。
前方には横切るように川が流れている。そのこちら側とあちら側にはそれぞれ集落のようなものが見える。いわゆる川を渡る旅人の為の宿場町なのだろう。いくつか町や村落を通り過ぎてきたがこの宿場町は規模が大きめだ。大雨などで川の水位が増して向こうに渡れない時に緊急避難的に泊まれるようにもなっているんだろう。
だから本来の宿場町としての規模に足止めされた人がいても泊まれるような規模になっているようだ。
「街中なんて久しぶりだニャ!さあさあ、早く行ってお泊まりの準備ニャ」
「ふふ、リーン。お泊まりと言っても私達はキノクの部屋に泊まるんだがら…」
「確かに街の宿屋に行く訳ではありませんわね」
「ニャッ!?アンフルーもスフィアもそれ言っちゃ駄目ニャ!」
俺の自宅には布団はもとより風呂場もあれば調理場もある。だから宿屋に行く事もない。食材もこの異世界で得る事もあるが通販で届く物もある。正直、宿屋に泊まるより快適だしお金もそこまでかからない。旅の途中、それこそ森の中でも自宅に宿泊できるのだ。
「まあ、でも街に行く意義はあるさ。RGNに街を見せるんだ、そうすればこの社会がどんなもんか見て覚える事ができる」
俺は共に歩いているRGNを見ながら言った。
この世に誕生してまだ数日のRGNだが少しずつこの世界の事を覚えてきている。帝都アブクソムを出てから初めて訪れる街、ここで彼女にさらなる世界を見てもらうつもりでいる。
「はいっ!頑張ります」
そのRGNは可愛く拳を握りやる気に満ちた様子である。相変わらず長い前髪により目元は分からないがキリリとした表情をしているんだろう、…たぶん。
「まあ、焦らす行こうか。このまま急がずに行っても三十分もかからないだろうからな」
俺達は気ままに宿場町へと向かったのだった。
□
この宿場町は大きな水辺という意味のラーフォンタヌという名前らしい。ちなみに川の向こうもこちらも同じ名前、川を挟んで一つの町であるとの事。もっともこの川が国境線でもあるらしく、川の向こう側…北側が商業都市領でこちら側はゴルヴィエル公爵領という事だ。二つで一つの宿場町だが、その社会システムは川のこちらとあちらでは微妙に違うらしい。
そんな訳で同じ宿場町ラーフォンタヌであっても川の向こうとこちらをそれぞれ北と南と称するらしい。大阪の繁華街、キタとミナミみたいな感じだろうか?
がやがや…、ざわざわ…。町に入った俺達が最初に目にしたのは人の多さだった。
「ずいぶんと賑わっていますわね」
「すごい人の数です!」
スフィアの感想にRGNが応じた。
「って言うか、こりゃあ明らかにキャパオーバーだろう…」
宿場町に入ると溢れかえらんばかりに人がいた。普通ならこの町はあくまでも通過点に過ぎないだろう、宿をとるにしても対岸に渡りそこでとる。そうでないと仮に向こう側に行く必要があるのにこちら側で泊まり夜のうちに大雨でも降って渡れない事になったら…、そう考えたら多少面倒でも向こう側に行けるのなら行くべきである。渡ってさえしまえばたとえ川止め(川の水位が増し、対岸に渡る事が禁じられる事)になっても通過した後の事。足止めを食らう事も無い。
「おい、今日も渡れねえんだとよ!」
「ちぇ、今日も稼ぎ無しかよ!」
「じゃあ、冒険者にくっついていくか?荷運びの手間賃でも稼ぎによォ」
「まあ、危険はあるが稼がねえよりマシか」
道端でする事も無さそうにしていた荷運び人足と思しき男達がそんな話をしている。
「もしかすると川止めなのかも知れないな。だから向こうに渡れなくて人がこの町に留まっているんじゃないか?」
「そうかも知れませんわね」
「でも、それだと向こうに行けないニャ」
「まあ、泊まる分には困らないんだがな」
「おっ!景気が良いのかい、旦那ァ!」
話をしている俺達に一人の男が声をかけてくる。
「泊まる分には困らないたァ稼いでるんだろ?もし良かったら俺っちが案内する宿屋に泊まんねえか?まだ日は高いけどよ泊まるトコは確保した方が良いぜ!なんたって川止めだ、誰もあっち側にゃあ行けねえよ!だから早く宿を決めねえとすぐに部屋が埋まっちまうよ、そしたら野宿だ、疲れもとれねえぜ?」
男は調子良くまくしたてる、おそらく宿屋の客引きなんだろう。
「言ってくれりゃあよ、酒も用意できるしさ。それによ、こっちも…アッチのほうも都合つけるぜぇ…?」
男は手で意味深な仕草をしながら俺を誘う。手の動き、指の形からして博打と女を世話をしてやると言ってるのだろう。
「はは、勘違いさせて悪かったな。あくまで寝泊り出来る所に心当たりがあるってだけでな」
「ちぇっ、シケてやがんなぁ…。どっかの知り合いのトコにでも転がり込もうって算段か…」
そう言うと男はもう俺達に興味がないとばかりに離れていった。見ればまた旅の男達に声をかけている。
「たくましいですわね」
「そうだな。まあ、泊まろうにも宿賃は割高な事になりそうだしな」
「そうなんですか、マスター?」
理由が分からないとばかりにRGNが俺に尋ねる。
「ああ、これだけここに人がいるんだ。泊まる人間はたくさんいる、だから値下げしたりサービスとかをしなくても勝手に客は来る。むしろ普段より割高でも泊まらざるを得ないんだから宿屋側もそりゃ高くするさ。」
「えっ!?では、どうしてあの人はマスターを宿に案内しようとしたんですか?お客さんが勝手に来るのに…」
「そりゃ、人がごったがえしていない時でもこれがあの男の生業なんだろう。客を宿屋に引っ張っていってそれで金をもらう。それに泊まらせる以外にも金を使わせたらその分も懐に入るんだろう。だから、金がありそうだと踏んだ奴に声をかけて酒だ博打だと誘いをかけてきてるのさ」
「そうなんですか?」
「まあ、こういうのは宿屋も賭場もグルだろうからな。金を使わせるだけ使わせようとしか考えちゃいないだろうし。ボッたくられるたけだろうな」
「お金を使わせる…」
「そうだ、覚えておくんだRGN。名前も知らない俺にあの男は近づいてきた。宿屋で金を使わせる為に。人が訳もなく近づいてくる事はない、何かしら理由はある。善意の場合もあるし、今みたいに自分の利になるからかも知れない。それとモノの価値というのは常に一定という訳じゃない、今みたいに人がたくさんいるなら安くしなくても宿屋に人は集まる。多少高くしたとしてもな」
「それはどうしてなんですか?」
「効率が良いからさ。同じ経費や労力をかけるなら少しでも儲かった方が良いだろう?宿代が高けりゃ客足は遠のくかも知れないが、そんか心配が要らないくらい…いや違うな。むしろ客から泊めてくれとやってくる。買いたい奴が多い時は値が上がる、逆なら下がる。まあ、そうでなくとも泊まる理由なんかないけどな」
「確かにニャ〜。キノクの所は凄く快適、どんな高級宿でもかなわないのニャ」
リーンが言いながらじゃれついてきたので俺はそんな彼女の耳の後ろあたりを撫でてやりながらそれだけが理由じゃないぞと心の中で付け加える。
酒に博打に女の世話もするとあの男は言っていた。そんなモノを用意できる宿だ、少なくとも清廉潔白というような事はあるまい。旅の恥はかき捨てなんて言葉はあるが、この場合捨てさせられるのは金という事になる。せっかく稼いだこの金をわざわざドブに捨てるようなつもりはない、ただそれだけの事である。
「それはそうと…、これからどうする?まだ日暮れには時間がある。宿場町で寄りたい所はあるか?」
「それならギルドに行ってみようニャ。別に依頼を受けなくても色々な情報が聞けるかも知れニャいし」
「私は今すぐキノクの部屋でのんびり過ごしても良い。二、三日ずっと子作りに勤しむのも悪くない」
「よし、リーンについて行くか」
俺はじゃれつくリーンの意見を採用し冒険者ギルドに向かう事にした。




