第123話 断罪の弩(クロスボウ)(ざまあ回)
「テ、テメー、それじゃ今日一日の商人の資格を使って…」
アンフルーによる魔法の蔦に縛り上げられ地面に転がるプルチンが憎々しげに叫んだ。
「そういう事だな。だが、餌に食いついたのはお前だ。良かったな、お前今日から肩書が変わるぞ。最高位冒険者から盗賊とか罪人とか…」
「ちょ、ちょっとぉ!プ、プルチンさまあ、何とかしてよ!そうだっ!き、貴族なんでしょ?それなら法とは無縁なんじゃないッ!?揉み消すとか、無かった事に…。それでアーシも….」
受付嬢のパミチョが言う通り、確かに貴族は単純な法の違反では捕まらない。それは法の保護を受けている商人に対しても同じだ。
「それは無理な話ですわね」
そこにスフィアが現れる。
「貴方、プルチンでしたわね?」
先日とは違いその名を呼び捨てにするスフィア。
「家名を言ってみなさい」
「えっ!?」
「家名を…、名乗れるものなら」
「ど、どういう事ッ!?」
パミチョが割り込んでくる。
「この者は常にプルチンと名乗っていましたわ。それは名前、通常であらば貴族の一員は家名も共に名乗るもの。スフィア・ゴルヴィエル…、今こうしてわたくしが名乗ったこのように」
「確かに子爵家の生まれを自慢してたが、家名を聞いた事は無かったな。なあ、スフィア。それってどういう事なんだ?」
「子爵家としてはこの者の存在を公には認めていないという事ですわ」
「公には認めていない?」
「色々な理由が考えられますが、多くは母親が庶民というのが一番の理由ですわね。それゆえ公には認めない…、つまりはいない事になっているのです」
「でも、コイツは家名こそ名乗らなかったが貴族の出である事は吹聴して回っていたぞ。それは秘密にしなくて良いものなのか?」
「人の口に戸は立てられぬもの…、どこからか噂は洩れていきますわ。ですから固く口止めまではしないものなんですの。いざという時に…、例えば他に後継ぎがいない時に急遽家名を名乗るようになるかも知れませんから。それゆえ、訳あって家名を名乗れなかった子の存在を世間に匂わせておきますの。いきなり赤の他人を当主に…というよりは良いですから」
「ああ、庶子(貴族と庶民との間に生まれた子)を急に正当な嫡子にする訳か」
「そうですわね。ですから、一族から完全に弾き出されたという訳ではありませんの。また、この者は冒険者をしていますから後継ぎにならなくとも別の形で…。例えば、腕を磨き名を上げれば家名を名乗る事を許そう…とか。実際にはそんなところだと思いますわ。そうする事で正式に一族に組み入れる、あるいは分家を興させ騎士にでもするとか…。ですから今は『子爵家の子として公式には認めない、しかし否定もしない』という感じですわね」
「なるほどね」
「それと罪の揉み消しを計るかについてですが…。少なくとも子爵家としても罪人としての疑いがあるこの者を家名を出してまでかばわないと思いますわ」
「ん、どうしてだ?」
「この者に価値があるかという事ですわ。家名を出してまでかばうか…と。….そしてかばわないであろう理由がもう一つ」
「ん?もう一つ?」
「この者の罪はもう一つありますわ。即ち、わたくし達に向かって刃を向け襲撃を加えた事。わたくしは公爵家の一員、子爵家が公爵家の者に刃を向けた、しかも公にその存在を認めていなかった者が…。はたしてかばうでしょうか、そんな一族のはみ出し者を…。公爵家と真正面から喧嘩になっても守りたい…、それだけの価値がこの者にあるのか…。是非、当主に聞いてみたいものですわ」
「そうか。そりゃあ実に…望みが薄そうだな」
「そう言えばもう一つありましたわね。わたくしは神オルディリンにお仕えするヴァルキュリエ、刃を向けたのですから神殿をも敵に回した。やらかしたにも程がありますわ。もっとも、わたくし許すつもりは決してありませんわ」
「ほう、そりゃどうして?下の立場の者にも分け隔てなく接するスフィアにしては珍しいな」
「わたくしの…、将来の夫にとお慕いしているキノクさまに刃を向けたんですもの。その罪、万死に値しますわ」
「お、夫ぉ!?こ、こンな奴を夫だなン…」
「ふんっ!!」
ズゴンッ!!
「ぐああッ!!」
スフィアがプルチンの鳩尾のあたりを槍の石突きで激しく突いた。そして槍を半回転、刃をプルチンの眼前に突き付ける。
「口を慎みなさい、賊の分際で!次はその首…、刎ますわよ」
途端にプルチンが、そして周りの連中も押し黙った。ええ…まさか、あんな奴が…みたいな事を言っていたのだがやはり我が身は可愛いらしい。
「じゃ、じゃーさ!!」
大魔導師のウナが話しかけてきた。
「ア、アタシ、ホントはアンタの事気になってたのよ。だからさ、何でもする。愛人ににでもなるからッ!だからアタシは助けて!」
ウナは必死に主張する、そこにマリアントワが…さらにはパミチョが続いた。
「なっ!!ちょ、ちょっと!?わ、私もッ!私も至聖女司祭、きっとお役に…。そ、それにもしお望みでしたらわたくしも…」
「じゃ、じゃあアーシも!アーシ、ギルドマスターの娘だよ!役に立つしィ…。それにアンタ、そんだけ稼ぐんだからオンナなんて何人いても良いっしょ!?ねえ!」
「はぁ?」
言うに事欠いて何言ってるんだ、コイツら。
「そもそもアタシ冒険者で名を上げなくても暮らしていければ良いんだし〜。それに子爵家の娘だよ、アタシ」
「私も至聖女司祭になったのは箔を付ける為で…。それにお役に立ちますわ。それに正教会ともパイプが出来ますわ」
「アーシもゼータクとか言わない!ちょっと宝石とかくれたらそれで良いし…」
ジャキィッ!!
俺は弦を引いたクロスボウをこの馬鹿女三人に向けた。
「ちょ、ちょっと!?な、何?」
「喋んじゃねえ」
「「「え?」」」
「喋んじゃねえ、耳が汚れる」
俺は努めて冷たい声で言った。
「ナメてんのか、テメーら?何が宝石とかくれたら…だ。誰がテメーらみたいなクズを抱え込まなきゃならねえんだ。そもそもテメーらは死刑になる可能性もある事を自覚しろ。それがなんで要求なんかしてやがる、立場を弁えろ」
「「「う…」」」
「それにお前達に何の価値がある?子爵家の娘ぇ?爵位を交渉材料にしてるがそれはスフィアの公爵家令嬢という立場と比べてどうなんだ?かなり下だよな」
「あ…」
「教会とのパイプ、何それ?そもそもいらねーよ。それに至聖女司祭?ロクに魔法も使えないのにそんなモノが高い立場にいるの?とんだ眉唾宗教だな」
「う…」
「厚化粧、お前は何の価値も無い」
「そ、そんな…」
「そもそも俺には彼女達がいる」
そう言った俺にリーン達が寄り添った。
「テメーらに魅力なんてあるのか?リーンの愛らしさ、アンフルーの美しさ、スフィアの気品、どれもテメーらは及ばない。鏡よく見た方が良いぜ、テメーらにあるのは人を不快にする才能だけだ」
「「「な…」」」
「それに自分達がした事を考えろ。俺がテメーらに抱くのは不信感と怒りだけだ。俺が理不尽な暴力を受けているのを笑って見て、挙句には稼ぎの手段である冒険者証を破棄した。つまり俺を平気で傷つけ、稼ぎの手段を奪って野垂れ死ぬように仕向けたんだよ、テメーらはッ!!」
「ち、ちがっ…」
「違わねえよ。もう良いや、死ね」
そう言って俺は馬鹿共に向けたクロスボウの引き金に指をかけた。
「「「ヒッ!!」」」
三人が一斉に息を飲んだが、構わずに俺は引き金を引いた。
ザンッ!!
ギルド内に弦を弾く音が鳴り響いた。