第122話 付け加えた罪状
「エクス…?」
「ニャリバー…?」
ギルド内に居合わせた奴らが怪訝な顔をして聞きなれないモノの名前を呟いている。当然この名前はかの有名な聖剣エクスカリバーをモチーフにしており、リーン専用武器の爪にしたので猫っぽい風味を加えた名前にしたのだ。
「これニャ」
キラリ…。
リーンの右手の先…、そこには白く輝く物があった。
「ッ!?宝石?」
受付嬢のパミチョが息を飲んで叫んだ。
「「「ほ、宝石だって?」」」
冒険者共もパミチョ以外の受付嬢達も同時に叫んだ。
「そうだ」
俺は短く一言。
ぴょんっ!!くるくるっ…すたっ!!
ベンド自慢の大盾と鎧をたやすく切り裂いたリーンが軽く後方宙返りをして俺の横に着地する。
「ニャ!」
着地したリーンは俺にスリスリと頬擦り、俺はそんなリーンのネコ耳の後ろあたりを撫でてやった。そして俺は少しの間を置いて再び話し始めた。
「厚化粧女、お前の悪趣味な爪と比べるのもイヤなもんだが綺麗な付け爪だろう?分かりやすくどのくらい硬いかを数字で言えば硬度10、!!いや、今はモース硬度は更新されて15になったんだったか…?硬度約4.5の鉄なんか苦もなく切り裂くダイヤモンドの付け爪さ」
「ダ、ダイヤモンドぉっ!?」
パミチョが目を見開いて叫んだ。周りの冒険者も騒つく。嘘だろ…、信じられねえ…ベンドもその後ろに行列を作っている奴らからもそんな声が上がっている。
「ああ、そうだ。俺の故郷に伝わる聖剣を模したものさ。その姿は光り輝く刃を持ち…ってな。それを俺は爪にしたのさ、リーンは格闘を駆使する前衛だ。打撃や組み技が強い、そして俺はそれ以外の選択肢があったらより良いんじゃないかと思ったのさ、切り裂く…つまり斬撃という選択肢をな」
「な、なんだよ…、ダイヤモンドって…」
「武器ってな折れも曲がりもする消耗品、研ぎ師に出したら研ぎ減りもする。なのにダイヤモンドって…」
「い、いくらするんだよ…?」
冒険者も受付嬢もダイヤの爪に視線が奪われひとまず一触即発の状態ではなくなっているが、いつまたそうなるか分からない。敵はまだ武器を抜いている者もいる、戦いの真っ最中なのだ。ここは先手を取らせてもらおう。
「アンフルー!!」
「ん!この縦一列になった集団、私には死地に立つ愚者にしか見えない!ライトニング(稲妻)!!」
アンフルーが魔法を唱え右掌を突き出すとそこから白く輝く稲妻が発生、前方のベンドを一瞬で射抜く。しかもそれで終わりではない、稲妻はベンドを貫通し後ろに居並ぶ冒険者共を次々に屠っていく。狙い澄ました魔法の一撃であった。
「ぜ、全滅…!?」
唖然とした声でプルチンが呟く。
「ヤバいよ、逃げよう!」
ウナがそう言うとギルドの出入り口に駆け出した。
「お、おう!」
プルチンが、さらにハッサムとマリアントワが続こうとする。
「えっ!?」
「きゃあっ!」
その四人が突然倒れた。足に何やら絡みついている。だがそれは四人だけではなかった。
「な、なんだ!?」
「うわっ!」
ギルド中のそこかしこで悲鳴が上がる。冒険者も受付嬢などの職員も…、一切の例外なく蔓状の植物により縛り上げられている。
「タイラップ・アイビィ(結束の蔦状植物)…、魔法で呼び出したこの蔦状植物からは逃れる術は無い…」
「さすがはアンフルー、一人残さず捕まえたな」
「楽勝。無力化したやつらを縛り上げるだけの簡単なお仕事」
と、そこに外からの乱入者の集団が…。
「ここで乱闘が発生していると聞いて来たぞ!」
「帝国に、そして教義に仇為す輩をひっ捕らえい!!」
バアンど大きな音を立て衛兵やオルディリン神殿に所属する騎士達が殺到する。アンフルーの魔法により敵の全員かま捕縛されているが、衛兵や神殿騎士達は容赦なく槍の穂先を突きつける。少しでも怪しいそぶりを見せたら何の躊躇いもなく刺すだろう。そんな凄味が漂っている。
「お、おい!見りゃあ分かンだろ!?やられてるのはオレ様達だ!」
プルチンが自分達こそが被害者であると主張する。
「黙れ、この痴れ者が!!」
ガツンッ!!
神殿騎士がプルチンを槍の柄で殴りつけた。
「グガッ!!な、何しやがる!?」
「先日はスフィア様を窮地に陥れ、さらに嘘の報告したお前達に対し腹に据えかねるものがあったが証拠が無いゆえ神殿から叩き出すにとどめた。しかし、今この場で言い逃れ出来ると思うなッ!」
「い、言い逃れなンて…」
「明白ではないかッ!?スフィア様を取り囲み、あまつさえ武器を向けておるではないか!公爵家の…、対外的には公王家の姫君、さらには神オルディリンにお仕えする巫女としてのお立場にあるスフィア様に!!
「え、ええっ!?」
「わたくし、生きた心地がいたしませんでしたわ。このように何十人にも取り囲まれ金品を寄越せ、リーンさんやアンフルーさんも肉体を寄越せと言われ、さらには武器を向けられて…」
スフィアが怯えた様子で言う、…芝居が下手すぎるぞスフィア。本当は怯えてないのが分かっちゃうぞ。
「い、いや、スフィア様はおられなかった…」
プルチンが否定しようとする。
「スフィアはずっと俺達と一緒にいたぞ。お前、何嘘を言ってるんだ」
「な、なンだとッ!!」
「まさか、都合良くスフィアだけいませんでしたなんて言うなよな」
「ッ!?」
スフィアはいた、しかし気づかなかったのだ。アンフルーによるインビジビリティ(姿隠し)の魔法によりその姿を見えなくしていただけで。
「他にもこのギルドには山賊や盗賊と言った一味が根城にしていると訴えがあってやって来たが、どうやらそれも事実のようだな!!言い逃れは出来んぞッ!」
見回りの衛兵隊、それの隊長だろうか。他の衛兵より少し立派な鎧を着た中年男性がギルド内を見渡して言った。
「ち、違えよ!」
「俺達は冒険者だ!盗賊なんかじゃ…」
「商人の俺を襲い金品を奪おうとした、さらにはその家族を拐おうとした。衛兵さん、それって盗っ人や山賊、盗賊の類だよな」
「うむ、間違いない」
中年の衛兵が俺の言葉に応じた。
「ま、待ってくれ!!物売りってだけで商人とは言えないだろうが!商人ってのは商人ギルドに加入して初めて公式に認められるモンだろうが!それには多額の加入金が要る、…それにアレだ!既に会員になっている商人とか有力貴族の紹介も…。何より加入が認められるまで審査や何やらで時間がかかる!だからソイツはモグリの商人、ただの平民じゃねえか!だからコレはただの揉め事…、そうただの揉め事なンだ!」
プルチンは必死、ただの揉め事であると主張する。だが、それは無理も無い。ただの平民への揉め事ならいざ知らず、商人を襲い金品等を奪う事はアイセル帝国内では厳しく罰せられる。
それと言うのも商業ギルドは国から商業活動を保護される代わりに多額の税を払う。その税と言うのはギルドが個々の商人から国に代わって取り立てて納めているのだが、商人側もただ税として金を巻き上げられている訳ではない。国内で商人はある程度の保護もされている。帝国としても財源である商人は有用なのだ、ゆえに抑止力の為に商人を襲えばすなわち賊の類。最悪、縛り首など死刑になる事もあり得る。
「認められてるぞ」
「な、なにィ!?」
俺は服の内側から首に紐でぶら下げた標を取り出した。
「これは今日一日、広場で自由市(フリーマーケットのようなもの)に参加する為の物だ」
「だ、だからどうしたッ!?」
プルチンが唾を飛ばして応じた。
「分からんのか?」
「な、何がだ!?」
「自由市に参加する者は庶民には決して安くはない参加費を払っている」
その額は大人一人が重労働をして得た金額に匹敵する、その代わり…。
「ゆえに自由市に参加する日は正会員と同じように保護されている。言い換えれば一日商人と言ったところか…」
「アッ!」
「いやあ、良かった。今日お前に会えてよ…。何しろ今日じゃなかったら商人を襲ったという罪状を付け加えてやれないんだから…」
俺はニヤリと笑って今日ここに来た理由を話してやった。