第115話 リーンの力比べ(ハッサムざまあ回)
「テメー…、荷物持ち…」
プルチンは木製のジョッキ片手にテーブル席を立ち、空いたもう片方の手でこちらを指差しながら睨みつけてくる。
「アンフルー」
「ん」
「換金機の上にある物を部屋に転送しといてくれ。騒ぎのドサクサに紛れてくすねようとする奴がいるかも知れないからな」
「分かった」
俺がプルチン達から視線をそらさずそう言うとアンフルーが転送の魔法を実行する。
『ゼロ』
換金機に乗せていた品物が無くなったからだろう、自動音声がゼロと評価額を伝えた。
「ああっ!12億がッ!」
プルチンが声を上げた。
「何をそんなに落胆した声を出している?お前のモンじゃないだろ」
「う、うるさいっ!!テメーは黙って全部差し出しゃ良いンだよォォッ!!」
「ずいぶんと落ちぶれたな。お前達はパーティ『高貴なる血統』だろう?貴族生まれを鼻にかけた…」
「ぷっ」
俺の言葉にアンフルーが抑揚の無い発音で吹き出して見せた。
「優雅に振る舞えよ、それじゃまるで仕事にあぶれた腕の悪い冒険者…いや浮浪者と変わらんぞ」
「な、なんですって!?私達は貴族の生まれなんですのよ!」
貴族の階級、五爵の中では一番下の男爵家の出身マリアントワが立ち上がった。コイツは貴族家の出身だが一番下の男爵家である事に劣等感が強いらしくやけにですわ口調を使いたがる。
「はあ?貴族ねえ…」
俺はため息を吐きながら煽る。
「貴族だったらせめてワインの一つでも飲んでくれないか?綺麗なグラスに注いでよ…。お前らが手にしているそれはなんだ?乱暴に扱っても壊れにくい木のジョッキ、中身は安酒か?最近はずいぶんと変わったんだな、高貴なる方々が口にする物は…」
「ぐぐっ!」
「それにずいぶんと身なりが薄汚れているじゃないか?プルチン、自慢の板金鎧と大剣はどうした?身に着けてるのはずいぶんとくたびれた革鎧だな。まるで古道具屋で買ってきたみたいだ…」
「厚手の麻の服の方がまだマシだニャ。あれじゃ攻撃を受けなくても岩とかで擦れたら破けちゃいそうニャ!」
「なっ!テ、テメーなんざ鎧も身に着けてねーじゃねーか!麻の服なんざ庶民の防具なんだよっ!」
「麻じゃニャいもんねー」
「はあ?じゃあ何なのよ?アンタの着てるの絹みたいな光沢のある布じゃないじゃん!」
今度はウナが立ち上がり叫んだ。
「木綿ニャ。買ってくれたんだもんね〜、キノク」
そう言ってリーンが俺の胸元に頬擦りする。リーンが身に着けているのは全て木綿の布の服、通販による購入品だ。白いTシャツに藍色のデニムのハーフパンツにデニムのベストだ。
「あったかいし肌触りも良いし丈夫ニャんだよね〜」
「リーンは運動量が多いからな。動きやすくて丈夫なのが良いと思ってな」
「コ、木綿とかあり得ない…」
ウナが驚いている。無理もない、木綿の材料となる綿花の栽培には温暖である程度の降水量が求められる。しかしそんな有用な耕地はまず小麦のような食料の生産に充てられる。それゆえに木綿というのはこの異世界ではまだあまり流通していない。なんせまだ灌漑の技術などが未熟で生産量が少ないのだ。当然高価にもなる、少なくとも冒険者が普段から着るような物ではない。
「ぬうっ!離れんか、女人とそのように触れながら話すなど破廉恥な!」
ハッサムが立ち上がり怒りの表情を浮かべている。コイツは修道士らしく簡素な道着のような物を着てるから大きな服装の変化はないように見える。
「ハッサム、お前を見て確信した。お前ら相当金回りが悪いな」
「な、何を…」
「プルチン達が安酒飲んでくだを巻いているのもそうだが、かわり映えしない服装をしているお前でさえ服のほつれなどを繕ってもいない。それに四人とも足元が汚すぎだ、身なりが薄汚れてるのはごまかそうとしているフシもあるが靴などには神経がいってなかったようだな。俺の故郷にこんな言葉がある…足元を見るってな。相手が困窮してるなら余裕が無いせいで買う物に対して安値でも取引が成立しやすいみたいな意味だ。困ってるから安値でも良いからすぐにでも金が欲しいってな」
「なンだとッ!テメーが抜けてからちっと運がねえだけだ!依頼は失敗するし、荷物持ちは集まらねえし…。だが丁度良い、ここでテメーから金も身柄も取ってやンよ!いくぞ、ハッサム!」
そう言うとプルチンは木製のジョッキの酒をグイと飲み干し向かってこようとした。
すっ…。すっ…。
それに応じてリーンと、そしてアンフルーが俺の前に出た。物理攻撃が得意な武闘家タイプである前衛のリーンが前に出るのは分かる。しかしアンフルーは魔法使いタイプの後衛だ、前に出るべきではない。
「ア、アンフルー?」
俺は戸惑いながらアンフルーに声をかける。
「問題ない」
「し、しかしお前は魔法を使う後衛なんだから…」
「あの大男はまだマシとしてアイツは極めつきの雑魚。恐るるに足らず、…というより恐れる要素がない」
アンフルーがこちらを見ずに応じた。
「言うじゃねえかよォォ!クソエルフが!だったらテメーは奴隷だ、荷物持ちを捕まえるついでにオレ様の奴隷にしてやンよォォ!」
プルチンとハッサムがこちらに向かってきた。
□
「ハッサムよォ、あのチビ女を先に片付けてくれや。オレ様はエルフをやる」
「心得た」
そう言うとハッサムが前に進み出る。
「どーやらボクをご指名みたいニャね」
そう言ってこちらからはリーンが迎え撃つ形で前に出る。
ガシィッ!!
向かってきたハッサムがリーンと正面から前面に両手を伸ばしがっしりと組み合った。プロレスで言うところのいわゆる手四つ、真正面からの力比べだ。
大柄なハッサム、小柄なリーン。その二人が真っ向からの力比べ。体格で明らかに有利なハッサムは上から体重をかけリーンを押し込んでいく。
「見よ!この筋肉!そして体格差!拙僧は格闘で戦う最高位の職業、 至高修道士なるぞ!お前に勝ち目は無いッ!!」
「勝負は終わってみるまで分からないものニャ!」
「ぬははははっ!この力比べ、耐えるので精一杯ではないかッ!よぉし、プルチンがあのエルフを奴隷にするなら拙僧はお前を奴隷にするゥッ!」
そいえ言ってハッサムは上背を利しぐぐぐとさらに押し込んでいく。
「あーあ、ハッサムは相変わらずロリコンねー」
「まったくですわ」
二人の馬鹿女は余裕を見せながら高みの見物を決め込んでいる。
「おい!ギルドとして止めないのか!?」
俺は受付に向かって大きな声で言った。
「えーっ?知らな〜い。ってゆ〜かぁ…アンタ、プルチンさまに早く出すモン出しなよ!アーシ、分け前もらう事になってんだから」
受付のパミチョが応じた。
「クソだな、ここは。つまりプルチン達と冒険者ギルドはグルって訳だな。まあ、予想通りか。そろそろ良いぞ…遊びは終わりで良い。リーン、やれっ!」
「ニャッ!!」
ぐいっ!
リーンがハッサムの手を掴んだまま真下に振り下ろす。
ずたああああんっ!
派手な音を立ててハッサムの体の前面が床に叩きつけられる。
「うーん、コイツ弱いのニャ」
片付いたとばかりにぱんぱんと両手の平を鳴らしてリーンが言った。
「ぬぐぐっ!!よ、弱いだとぉッ!!」
のそりと起き上がりならハッサムが怒りに満ちた表情でリーンを睨みつける。
「そうニャ。今の力比べで分かったのニャ。お前は体格と腕の力でただ組み伏せようとしただけ、力を発揮するのに足の踏ん張りをはじめとして基礎体力の何もかもが足りないニャ。こんなんじゃボク、負けようとしても負ける方が難しいニャ!」
「こ、この…。言わせておけば…」
「少しハンデでもあげようかニャ?ボク、両手使わないであげるニャ」
そう言うとリーンは胸の前で腕組みをした。
「ぐ、ぐがあああッ!ナ、ナメおってええ!!」
だだだだっ!!
ハッサムがリーンに向かって突進、両腕を使って掴みかかかりにいく。レスリングで言う所の姿勢の低いタックル、リーンの足を捕まえようとする狙いのようだ。
「トロいのニャ!」
ぴょんっ!!
下段狙いの攻撃をかわそうとリーンが軽く跳ねる!
「ふ、ふははははっ!!かかったな、小娘ェッ!!」
ハッサムはそれを見越したように上体を起こし始めている。
「手を使わぬとあれば残るは足しか攻撃の手段は無いッ!しかるに蹴りを出そうとも我が腕の方が長いッ。攻撃が届く前にこの手で掴んでくれるッ!あるいは足を出さずただ回避の為に高く跳ねたなら我が頭突きをもって迎え撃たん!!どうだ、この二段構えの戦法はァッ!!」
リーンは…、高く跳ねている。だが、その高さはちょうど上体を起こしたハッサムの顔の高さと同じ。まずいッ、頭突きが来る!!
「リーンッ!!」
俺は叫ぶ。
「ふはははッ!もらったあッ!!」
ハッサムが全体重を頭に乗せて起こした上体を振り下ろした。
ビシィッッッッッッッ!!
枯れ木を引き裂いたような乾いた破裂音のようなものが響く。
「し…、尻尾!!?」
普段はベルトのように腰に巻き付けているリーンの尻尾がハッサムの横っ面を打ち据えていた。しかもリーンはただ飛び上がったのではない、フィギュアスケートの回転ジャンプのような横回りの回転をしながら宙を舞っている。
くるくるっ…すたっ!
「ふふんっ!!四回転半ジャンプだニャ!キノク、見てたかニャ?」
見事な着地を決めたリーンが俺に微笑んで見せた。
「ば、馬鹿な…」
この一撃が脳を激しく揺らしたかハッサムは足元が覚束ない。
「スキだらけニャ。だから軽く撫でた程度の尻尾打ちひとつでそこまでフラフラになるのニャ!もっともただの尻尾打ちじゃないのニャ!」
「な、なんだと!?」
「お前の頭突きにくる頭部にボクは尻尾でカウンターをしたのニャ!カウンターによる反撃は一撃の威力を倍にするのニャ!」
「ぐぬぬ…。だが、拙僧とお前とでは体格差がある!二倍ごときの威力で拙僧を倒すほど重い攻撃になるはずが…」
ハッサムが悔しそうに反論する。
「ボクが回転しながらジャンプしたのを忘れたのかニャ!回転した分だけ尻尾の速さは増しその威力を倍加するのニャ!つまり四回転半だから…」
「よ、4,5倍ッ!!?」
「さらにカウンターで威力を倍にしてるんニャから…」
「きゅッ、きゅ、きゅ、きゅ、きゅ、9倍ッ!!?」
「そう、これがボクの一撃必殺のカウンター技…、九尾撃ニャ!!もっとも…今思いついた名前ニャけど」
ぺろっ。リーンが片目を瞑り小さく舌を出した。
「カ、カウンターが来る…。こ、これではうかつに攻められぬっ!」
余裕のあるリーンと裏腹にハッサムが後ずさる。
「なら今度はボクの攻撃の番ニャ!」
リーンが腕組みしたまま無造作に近づいていく。
「く、来るな…」
「行くニャ」
「ま、待たぬか…」
「待たないニャ」
「あ、あ、あ…」
シャッ!
目にも留まらぬ速さでリーンが動いた。
「き、消え…ぐえっ!」
次の瞬間、リーンはハッサムの肩の後ろあたりにいて尻尾を使ってヤツの首を締め上げている。
「な、なんという…なんという力だ!」
ハッサムは首に巻き付いた尻尾を振りほどこうと必死にもがく、しかしそれは無駄な努力であった。ハッサムは10秒も耐えられずパタリとギルドの床に倒れた。
「ふう〜、ここまで実力差があると手加減するのが大変だったのニャ。ねえねえ、キノク〜。ボク頑張ったのニャ!だから、今夜はお魚食べたいニャ」
ハッサムに完勝したリーンが可愛く俺に夕食のリクエストをする。こりゃ叶えない訳にはいかないな。
「ああ、リーンの大好きなツナサンドでも作るとしよう」
「ニャ〜!!」
ぴょんっ!!
リーンが満面の笑みを浮かべて俺の胸に飛び込んできた。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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剣と魔法を使いこなす前衛職の魔法剣士プルチンに対するはエルフの魔法使いアンフルー。
しかも後衛なのにアンフルーは接近戦を受けて立つつもりのようだ。
次回、『アンフルーの接近戦』。
アンフルーには勝算がある?