第113話 イレギュラーとただの石コロ
「本日最後の品物は….これだ!」
そう言って取り出したのはやや青みがかった色の一つのキュービックジルコニア、いわゆる人工ダイヤモンドである。
「大きい…、だが何か変わったところがあるのか?」
そう言って商人達が訝しんでいる。確かにパッと見ただけでは分かりにくい。しかし実際には明確な差がある。
「近づいて見て良いぜ。ただし、手は触れるなよ」
そう言って俺は布張りした皿の上にキュービックジルコニアを乗せた物を屋台のカウンターに乗せた。ちなみにアンフルーが結界の魔法を宝石の周りにかけているので盗もうとする不心得者がいたとしても触れる事さえ出来ない。
「これは…中が…」
商人の一人が気づいたようで声を上げた。
「そう、これはな…」
俺は屋台を軽く揺すった。
「み、水か…?」
「間違いない、中空になっててさらに何か液体が…」
屋台の前に顔を寄せ合い俺が展示した宝石を食い入るように見つめる商人達。
「こら珍しい。ちょっと兄さん、早よ競売始めてくんなはれ」
いつも宝石を買う商人が一刻も早く手に入れたいのか急かしてくる。
「そうだな、それじゃ競売といくか。買いたいのなら値を付けてくれ。一番高い奴に売るとしよう」
「手始めに1億や!!」
「1億2千万!!」
「1億5千万だ」
景気の良い声が次々と上がる。こうなると俺は見守れば良いだけ、上がっていく値段に一安心だ。そもそもこの宝石が出来たのは…、俺は昨夜の事を思い出していた。
□
風呂に入り夕食を済ませあとは寝るだけ、リーンが布団を敷きいつものように超低空ヘッドスライディングを敢行するのを見守った。そのまま布団に腰を下ろして胡座をかいて座った、リーンが定位置という感じで膝の上に上半身を預けてきた。
「寝る前に宝石を加工するのかニャ?」
「ああ、魔力が枯渇したとしてもすぐに横になれるからな」
すっ…。
アンフルーが背後から細く白い腕を回してきた、俺の肩の後ろあたりにエルフ族の特徴である長い耳の感触がする。
「私がいる。魔力の補助ならお任せ」
「わたくしもいますわ。多少の魔法の心得はありますもの」
スフィアが俺の右腕を抱えるようにして言った。
「スフィアも魔法を?」
「はい。ですがアンフルーさんのように色々な事が出来る訳ではありませんわ。通常の武器では効果が無い霊体の相手に打撃を与える為に魔力を退魔の魔力を付与したり、味方が恐慌をきたしたりしないよう鼓舞したり…。敵と斬り結ぶにあたって補助となるような魔法が主ですわね」
「なるほどねえ」
スフィアは槍を扱う騎士ヴァルキュリエ、そんな彼女が使う魔法なんだから前衛を務める者にとって有用な魔法を会得しているのも道理だ。それにリーンも魔力がある、これなら今までより色々な合成がしやすくなりそうだ。そんな事を考えた時に変わった合成が出来ないかと試してみる事にした。
具体的には今までは小さな1カラットにも満たない人工宝石をいくつもくっつけて大きくしていくようにしていた。その様子は米粒のように小さな宝石が周りの宝石を吸収しながら徐々に大きくなっていくような感じである。
そこで今回の合成はただ吸収させるようにくっつけ巨大化させるのではなく、中身の具を餃子の皮で包むようなイメージで大きくしていったのだ。すると当然中心部には空洞ができていく。そこで俺は試しに何か入れようと思ったのだが適当な物がなかった。そこで目に入ったのが部屋の片隅にあった電気ポット、合成途中の宝石にお湯を数滴垂らすような感じにして宝石の合成を再開する。
異物が入った事で合成の為の消費魔力が大きくなったような気がするが何とかやり遂げるに至った。そして一つの….中央部に小さな空洞と水が入った宝石が出来上がったのである。
……………。
………。
…。
「3億や!!」
「ぐっ!」
どうやら決着がついたようだ。
いつも宝石を買っていく商人が本日最後の品物であるイレギュラー宝石を競り落とした。
「またシェドバーン商会さんが持ってたか…」
「よく金が続くな…」
競売に負けたり始めから見物に回っていた商人達がそんな言葉を交わしている。
「ほな3億や」
屋台の上で俺は3億ゼニー分のトラベラーズストーン(旅人用宝石)とイレギュラー宝石の引き換えを行う。差し出されたトラベラーズストーンを確認してアンフルーが頷いたので品物を手渡す。
「いつもありがとうな。それにしてもアンタは凄いな、いつも落札していく。周りの商人が言っているがよく金が続いてるな」
「はははっ、ワイは商人やで」
シェドバーン商会の男は笑いながら応じた。
「買うた品物をそのまま蔵の中に死蔵れとく訳やあらへんで。それを転売がして儲けるんが商人や」
「そうだな、その買い手に品物を届くようにする手間賃…それが儲けだが宝石は安い物じゃない。買い手だって限られてくるだろう?」
「その伝手を作っておくんも商人の仕事やさかい。買いそうなお客はんの顔を思い浮かべてな、いけそうや思たら迷いなく買うたるんや。ほしたら後はどう売るかや」
「どう売るか?」
「せや。仕入れた品物をただ並べて売る、それは誰でも出来る事や。だがそれで得られる儲けは限られてくる」
そう言うとシェドバーンは宝石を布に包むと懐にしまった。そして代わりに一つの小石を宝石と入れ替えるようにして俺に見せた。
「あんさん、これナンボで買う?」
「道端の小石じゃないか。そんなもんを金出して買ったりするもんか」
「せやな、普通はそう言うやろな」
「じゃあなんで…」
「せやけどな、コレよう見ておくんなはれ?この石、斜めにギザギザの筋が入っとるやろ?」
「あ、ああ」
「これはかの始まりの雨を降らせたデウスの雷の名残やで」
「デウスの雷?」
デウスとは神の名だ、この異世界ではメジャーな神であり神殿もある。
「せや!このアイセルは太古の昔、常春の地やった。しかし雨が降らん不毛の地、そこに雷の雷でもあるデウスがこの地を訪れた。デウスは気候は良いのに雨が降らんから草一本生えてへんこの地を見て雨を降らせる事を決意し雨雲を呼び寄せた」
シェドバーンが話しているのはいわゆる世界創生のような神話だろうか?
「雨雲から一条の雷が落ち地上の大岩に落ち粉々にするとたちまち豪雨が降りアイセルの地を草木豊かな地に変えたんや」
「それは分かったが…、その石と何の関係があるんだ?」
するとシェドバーンは屋台のカウンターの上に身を乗り出し俺に顔を近づけヒソヒソと小声で話し始めた。小さな声なので俺も身を乗り出すようにして聞くような姿勢になる。
「この石はな、その始まりの雨が降り出す時に落ちた雷が砕いた大岩のカケラなんや。どこにも無い、世界でたったひとつの石。鮮やかにギザギザの筋が入っとるんは落ちたその雷の名残なんや、もしあんさんがデウス教の熱心な信者ならいくらで買う?」
「それなら金に糸目をつけないかも知れないな。場合によっては全財産とか…」
「せやろ?だから品物っちゅうんは欲しがりそうな所に見せるんや。それからいくら金を積んでも惜しゅうないっちゅう客なら最高やな。ほんで最後に一工夫、聞いたら欲しゅうなるような小話でも挟めたら最高やな」
「小話?」
「今のデウスの始まりの雨の話や」
「どういう事だ?それはデウスが雷が落として砕いた岩のカケラなんだろ?」
「あんさん、考えてもみいや?太古の昔に砕けた岩のカケラやで。そんなんとうに風化しとるがな、こりゃただの石やで」
「な、何!?」
「肝心なんはこっからや兄さん。ただの石コロ、せやけど見る者が見たらいくら金銭積んでも惜しゅうないモンになる!そういう風にもっていくんも商人の腕の見せ所なんや」
「なるほどな」
「だから今日の宝石も身なりをキンキンキラキラに飾り立てる貴族家にでも売ろう思てんねん。特に仲の悪い…ゼータクで張り合うてるようなトコの両方の鼻先でくすぐったろと…。そっから後は土産話の出番や…。せやな…デウスの愛人の一人とされる女神が石と涙に縁が深いっちゅうのあったからそれと結びつけて…。女神の涙が宝石に閉じ込められてみたいにもっていけば…」
「随分とたくましいな…。だけど良いのか?そんな事を教えちまって」
「かめへん、かめへん。あんさんからは儲けのニオイがする。せやから一つ、これからも末長う付き合いを頼んまっせ」
「だが俺は…」
「知っとる、ここに居を構えてる訳やないって。あんさん、前に言うてたがな。だが、安心しとくんなはれ。ワイはいろんなトコに店を開いとる!あんさんが他の街に行ったかてワイには問題あらへんで」
「ふむ…」
このシェドバーンという男はクセはありそうだが金払いは良い、せっかく売り物を作っても買い手がつかないんじゃ意味が無い。そうなると伝手があるのも良いかも知れない。
「分かった、こちらも良い買い手がつくのは歓迎すべき事だ」
「おお、ではこれからもあんじょう頼んまっせ」
俺達はガッチリと握手を交わした。
「ところで…」
シェドバーンが口を開いた。
「しゃべり過ぎて喉が渇いてもうた。あんさん、何か飲み物でも出してくれへんか?」
食えない奴だ、そう思いながらも俺は飲み物が何かなかったかと考えていた。