第112話 天然水仕立ての…
「あ、忘れてたな…」
「ん、どうした?藪から棒に」
綿あめの販売を終え一休みしている俺の呟きにケイウンが応じた。
「いや、昼くらいから売り出すものに必要なモンなんだが…あっ!?」
「ん、どうした?」
「ケイウン、あんた木工職人だよな。こういうものを作るのにどのくらい時間がかかる?」
俺はレポート用紙に簡単な絵を描きながらケイウンに尋ねた。
……………。
………。
…。
職人のケイウンは決断と行動が早い。俺の描いた絵と話を聞いてすぐアリッサを自宅に走らせた。手の空いた弟子の職人を数人呼び寄せる。
「おう、仕事だ。これと同じモンを作るんだぜ」
そう言ってケイウンは親指と人差し指につまんだ物を見せた。アリッサが職人達を連れてくる間に手早く作った物だ。
ケイウンが作った物…、それは日本のスーパーなどでアイスクリームを買った時についてくる木ベラ。それのやや縦長の物である。さっそく職人達は作業に入った。
「キノクのお兄ちゃん、これ何に使うの?」
職人達を呼んできたアリッサは可愛く小首を傾げながら尋ねてくる。走ったからか、額にはうっすら汗が浮かぶ。
「ああ、売り出す前に少し作るか。走ったから暑いだろ?」
そう言って俺はアンフルーをチラリと見る。
「ん…」
アンフルーが魔法で品物を取り寄せる、鉄で出来た調理器具に少し大きめの箱。
「なあに、これ?鉄の塊?」
取り寄せた器具を見てアリッサが率直な感想を述べた。
「ああ、確かに鉄で出来てる。暑い日が増えてきたからな、使えると思って手に入れていたんだ」
「キノク、コレをどう使う?」
取り寄せてくれたアンフルーだが実際に使用した事は無いので何に使うのか興味があるようだ。
「それはな…」
俺は器具と共に取り寄せた箱を開け中の物を取り出す。
「それは…氷?」
「ああ、これは昼くらいから売り出す物に使うんだ」
俺は国語辞典くらいの大きさがある氷の塊を手にそう言った
□
「冷たくて美味し〜い!!」
「甘いのニャ〜」
紙コップに盛られたカキ氷を口にしたアリッサとリーンが喜びの声を上げた。赤みのあるシロップをかけたいわゆるイチゴ味のカキ氷だ。
「甘い物はあまり得意じゃねえが、暑くなってきた今時分に食うには良い甘味だな」
元々甘い物好きのアンフルーとスフィアは言うに及ばず、酒飲みのケイウンにも好評だ。他にもアリッサが連れてきた職人達も渇いた喉にコイツは良いと好評だ。
「気に入ったようで良かったよ。暑い中、急かして木ベラを作ってもらったからな」
「なあに、こんな端材をちょっと手を加えたら稼ぎになるんだ。喜んでやるぜぇ」
ケイウンが応じる。そんな俺達を物珍しそうに見ていた野次馬からそれは売り物かと問い合わせが入る。
「ああ、売り物だ。正午から作り始めるから欲しいんなら待っててくれ。代金は500ゼニーだ」
「わ、分かった!」
正午まであと十分程度、人々が並び始めた。
「よし、みんな。作業の準備だ。ケイウン、行列になり始めたから増産を頼むぜ」
「おうよ」
俺は綿あめを売る時に使っている立て看板にマジックで走り書きしたレポート用紙を貼った。
『暑い日にオススメ、冷たく甘い雪のお菓子』
それを見てさらに人が集まってくる。
「雪のお菓子だって」
「あの屋台、雲の菓子を売ってる店だな」
「ちょっと暑くなってきたし冷たい物ってな良いな。並んでみようぜ」
実際には氷を削っているのだが、企業秘密という事で行列から作業場所が見えないようにアンフルーが姿隠しの魔法を使っている。大聖堂の鐘が鳴る、正午を告げる音であった。
「じゃあ、雪の菓子を売り始める」
俺は昭和レトロな大きな鉄製器具に氷を乗せてハンドルを回し始めた。
しゃりしゃりしゃり…。
削られた氷の粒が紙コップに積もっていく。それにアンフルーがシロップをかけスフィアに手渡す。スフィアは出来たばかりの木ベラを差してリーンへ、リーンは客から代金を受け取りカキ氷を渡す。
「冷てえ、美味え!!」
買った客がさっそく一口、声を上げた。暑さも手伝ってか売れ行きも上々、どんどん売り上げていく。
「それにしても…」
俺は思わず呟いた。
「飲める温泉水で作った氷、まあ天然水仕込みの氷ってなるのかな。だけどそれを削ってシロップを少しばかりかけて500円…じゃなかった500ゼニーか」
高校の時、模擬店でカキ氷を売った時の事を思い出す。
「原価がかかったのはシロップくらいか。それだって500ゼニーもしてないし」
俺は1リットルサイズの牛乳パックの形をしたシロップの入れ物を見る。あれをカキ氷一杯につき20ミリリットルくらいを消費する。つまりは50人前くらい作れる。
カキ氷を売ってるような出店はなく、甘味もまたこの中世のような異世界では貴重極まりない。カキ氷は飛ぶように売れていく。カキ氷一杯でケイウン達への手間賃を抜いても400ゼニー以上儲かるのだ。
「水商売ならぬ氷商売だな、こりゃ」
そんな事を口にしながら俺は氷を削り続ける。行列は途切れる事を知らず、時々休憩を挟みながら自室より水を汲み出してきてはアンフルーが魔法で凍らせて販売を続けたのだがいかんせんシロップを使い果たしてしまった。6パックも買っていたのだが残念ながらここで売り切れである。
「な、なあ、あんさん。今日は宝石の販売はあるんか?」
名前は知らないがこれまで何度か人工宝石を買いに来る商人が声をかけてきた。どうやらカキ氷の販売終了まで声をかけるのを待っていたらしい。
「あるよ」
たちまち商人達が集まり始め宝石のオークションが始まった。
商人達も心得たものでカキ氷を食べながら気長に待っていた者もいたらしい。買えなかったとしても綿あめやカキ氷は話のタネになると笑っている者もいて、買えなかったら買えなかったで何か商売に役立てるようとする独特のたくましさを感じた。
様々な宝石に続いて今回はアクセサリーもお披露目した。シルバーのチェーンにキュービックジルコニアのトップが付いたネックレスを10本売ったところで俺はお開きが近い事を伝えた。ちなみにネックレスは通販で取り寄せた千円もしない物だが商人達はこれにも高値を付けた。
それというのも宝石は言うに及ばずシルバーのチェーンにも注目が集まったからだ。機械による大量生産品だが彼らの目にはそれがとても価値ある物に映ったらしい。均一な作りのチェーンはドワーフの老練な職人でも中々に骨が折れる作業との事、だからそれ以外の職人ではとても作れないらしい。そんな訳で60万ゼニーの値が付き10個全て完売、一万ゼニー足らずの仕入れでこれは嬉しい。
「さて…。アンタ達、購入ありがとよ。俺が用意した品もあとひとつを残すのみになった。だがちょっと変わった物だ、アンタ達…」
俺はそう言っていったん言葉を切り商人達をぐるりと見回した。
「良い値をつけてくれよ?」
ニヤリと笑い俺は一つの宝石を取り出した。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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キノクが取り出したのは…?
次回、『イレギュラーとただの石コロ』
お楽しみに。