第112話 帝都に戻った商人
ゴルヴィエル公爵との面会から三日…。
世界樹のネットワークを使った移動の恩恵もあり早くも俺達はアブクソムに帰還していた。すぐに無事の帰還の報告をする為にオルディリン神殿を訪ねると司祭は涙を浮かべて俺達を出迎えた。
その上でスフィアは還俗の話をする。しかし、結婚するのは二年後、ゆえに神殿から僧籍を抜くのはその時に合わせてで良いのではないかと司祭は応じる。
「確かに嫁がれるのであらば僧籍を離れるは道理。されど今すぐに抜くというものではありますまい」
「司祭様、それというのは?」
スフィアが司祭に問う。
「私の考えではありますが…」
前置きをした上で司祭が話し始める。
一度出家したとは言えスフィアは公爵令嬢だ。対外的には公国の第三王女、恋に落ちて即結婚とはならない。踏まねばならぬ手順やしきたりがある。それなのにせっかくオルディリンを深く信仰しその加護も受けているのだから今すぐそれを失うような事をしなくても良いのではないかと。
「それに…」
司祭は付け加える。
「ここだけの話、婚姻はせずとも恋人を持つ事を戒律は禁じておりませんからな…。婚儀はせずともそのような方がいる…、中にはそういったヴァルキュリエの方もいらっしゃるとか…」
ふうん…、信仰の世界もまた人が生きる中にある…。どこにだって抜け道があるんだな…、俺は何事も表だけではないと改めて感じるのだった。
……………。
………。
…。
神殿を後にした俺達は職人街へと向かう。木工職人のケイウン・ブッシに会うのが目的だ。しかし一つの問題が…。
「うふふ…」
スフィアが上機嫌で俺に腕を絡めて歩いている。
「なあ、スフィア」
「はい、キノクさま。いえ、だ…、だんな様…きゃ〜!!」
「スフィアがすっかりおかしくなってるニャ」
一人盛り上がっているスフィアにリーンが軽く嘆息しながら言った。
「あまりハメを外さないようにな、ここは帝都の往来だ。道行く人の迷惑にならないようにしないと…」
「は、はい。あなた…きゃ〜!!」
「駄目だこりゃ」
祖父であるセルゲイ・ゴルヴィエル公爵に俺との同行(ついでに言えば二年後に嫁入りするつもりらしい)を許可されたスフィアは何と言うか…、時折『若妻モード』というか変なスイッチが入るようになった。そうなると凛とした雰囲気はどこへやら、妙な雰囲気になる。
「絶対に負けられない戦いがここにある」
アンフルーがどこかの日本代表みたいな事を言い出した。
ぎゅ。
スフィアの反対の腕をアンフルーが取った。残念ながらあまり弾力は無い。
「嫁の座は力で掴み取るもの。本気の私はちょっとスゴイ」
「それは分かっているが…歩きにくいぞ」
両腕の自由が無い俺は軽く抗議の声を上げる。
「あー、二人ともズルいのニャ!ボクだけ仲間外れなのニャ!」
ぴょんっ!
リーンが俺の前から飛びついてきた。両腕を俺の首に回し、足は腰に絡めている。両手がふさがっているがリーンがつかまっているので姿勢を保持してやらなくても良いのだが、側から見たらどう思われるか…。
「なんだあいつ、真昼間から…」
「綺麗どころを三人も…、見せつけやがって…」
ああ、やはり要らぬヘイトを引き寄せてる。
「おい、そろそろ離れろ。目的地だ」
「も、もう少し。もう少しだけですので…」
そう言ってなかなか離れようとしないスフィア、それに追随するリーンとアンフルー。
「あっ、キノクのお兄ちゃん!」
聞き覚えのある声。行く先にはしばらくぶりの少女の姿。
「お、アリッサの嬢ちゃん。今、丁度家に行こうとしてたんだよ」
「何!?アリッサ本当か!」
俺の視線の先。目的地の作業場兼住居の中からこれもまた聞き覚えのある声と共に初老の男が出てきた。
「帰ってきたのか、若えの!屋台ともうひとつ頼まれたアレ、出来てるぜ」
「ケイウン、久々だな」
名工とも言われる木工職人ケイウン・ブッシ、アリッサの祖父である。
「おう、久々だ。まあそれはそうと…お前さん…」
ケイウンの何とも言えないと言うような声。
「天下の往来で何やってんだ…?」
両手にスフィアとアンフルー、抱きつきながら俺の首からぶら下がるリーンを見ながらケイウンが問いかけてくる。
「ごもっとも」
我ながら何やってんだと思いながら俺はケイウンに応じた。
□
「今日も隣だな。よろしく頼むぜ」
ケイウンと再会し数日…。俺達は広場にいた。例の自由市である。前回と同じくケイウン達が隣のスペースに陣取っている。
今日売り出すのはいつもの冒険者製応急薬に殺虫剤などの薬品類と綿あめ。さらに新発売が二つある。一つは…。
「ほれ、これを見てくれ。この箱はな、隣の若えのから依頼されて作った『きゅうきゅう箱』だ。中には色々と処方された薬が入ってる。怪我に効く傷薬、腰痛膝痛に効く軟膏、風邪や腹痛に効くのもある。家にこいつがありゃもしもの時に一安心だぜ」
顔馴染みだろうか、ケイウンが知り合いらしき人に新しい商品を売っている。その名も救急箱、俺が作った各種の薬が入った持ち運びしやすいように取っ手をつけた木箱である。
木箱の中は間仕切りされていて傷薬に始まり、各種の症状に対応した薬が入っている。これは屋台を作ってもらう際に並行してケイウンに製作を依頼していたものだ。こうすればケイウンにも手間賃が入る。
「雲の菓子、あと二十人分だ。それ以上は材料がないからな」
俺がそう言うと行列の後方から悲鳴が上がる。
まだ朝九時の開店から一時間程度だが雲の菓子こと綿あめの売れ行きは絶好調だ。正直に言えば材料であるザラメはまだある。では、なぜ販売を切り上げるのか…?それは…。
「おひさまが高くなってきたニャ。キノクが朝に予想した通り、今日は暑くなりそうニャね」
空をチラリと見上げてリーンが呟いた。
綿あめはザラメを熱で溶かした物を風で吹き散らし、冷えて糸状になったところを割り箸でグルグルと絡めとって作る。つまり目の前には熱源があって暑いのだ。
「ほら、最後の一個。完売だ」
作っては売り、作っては売りを繰り返してわずか一時間ちょっとで一稼ぎが出来た。
「おう、もう店終いかい?」
隣からケイウンが声をかけてくる。
「一休みしたらまたやるよ。今度は違うものを売るよ」
「宝石か?」
「いや、食べる物だよ。宝石は最後だな」
「へえ、何をやるんだ?」
「冷たくて甘い物をちょっとな」
俺は一息つきながら応じた。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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キノクが売るのは…?
『天然水仕立ての…』
お楽しみに。