第110話 祖父「孕めよ」俺「!?」
控えの間にやってきた公爵と俺達の語らいは終始和やかな雰囲気で進んだ。公爵自身が語ったようにそこには形式ばった儀礼は無く、祖父と孫娘と招かれた客がいるというだけであった。
「ところでお爺様」
「うむ?」
「わたくしを危機や病から救っていただいたキノクさま達への御礼なのですが…」
頃合いを見計らいスフィアが祖父である公爵に切り出した。そもそも俺達がスフィアの故郷でもある公国にやってきた理由、それは彼女を助けた事の謝礼を得る為でもあった。
「勿論じゃ」
公爵も深く頷く。こりゃあ良い、当主である公爵が認めるとあれば褒美がもらえるのは決定したも同然だ。
「当然考えておったが…、スフィアよ。わざわざ話を切り出したところから何か腹案でもあるのじゃな?」
「はい」
「そうかそうか、では遠慮なく言ってみなさい。可愛い孫の願い、聞かぬ訳にはいくまいて…」
はっはっはっと上機嫌に公爵は笑って見せた。何でも言ってみなさいと言わんばかりだ。
「では…。わたくし、キノクさまについて行きたく存じます」
「な、な、な、なんじゃとおっ!!?」
「ええっ!?」
公爵と俺が同時に声を上げ立ち上がった。
「お願いにございますお爺様!!わたくしをっ、わたくしをキノクさまと共に…」
「ぬ、ぬぐうううっ!!ダ、ダメじゃ、ダメじゃッ!考え直すのじゃスフィア!!他の物ならば…そうじゃ、金に糸目は付けぬ。必ずやキノクが満足する額を用意するぞ」
「イヤでございますっ!」
だだだだっ!
スフィアはソファーから立ち上がるとまだ困惑している俺に駆け寄り体ごとぶつかってくるように抱きついてきた。
「ぐふっ!」
金属鎧を着たスフィアに飛びつかれ、その堅い部分が俺の鳩尾を直撃する。立ち上がっていた俺だが肺から一気に空気が抜け生きるか死ぬかのような苦しみに襲われソファーに倒れ込む。声も出せない、ヒュー…ヒュー…と満足にいかない息を吸う音をさせるのみ。
「わたくし決めましたの!!キノクさまはとても素晴らしい男性ですわ。ゴブリンキングにエンペラー…討ち取る事の出来る智勇を兼ね備え、見識広く確かな商いをされております。そしてなにより…わたくしの心はキノクさまのものですの!ですからわたくしの全てをキノクさまへのご褒美に!」
「し、神殿はっ!?神オルディリンに仕えるヴァルキュリエとしての勤めはどうするのじゃ!?」
「還俗(出家して僧籍を得た者が僧籍を返上し、再び世間に戻る事)いたしますわ!」
「バ、バカな事を…!!還俗など…、あれほど深く信仰する神の教えを捨てると申すか!ヴァルキュリエは神オルディリンにある時は騎士として、またある時は巫女として仕える。キノクと共に…、それこそ婚姻を結ぶとなればその加護は失われるのじゃ!!神オルディリン以外の…、夫に仕える事になるのじゃから!それでも良いと申すのかぁっ!?」
公爵は立ち上がり唾を飛ばして叫ぶ。それにしてもスフィアを守る神の加護が消える?そりゃ大変な事だ。
「構いませんわっ!!わたくしにはキノクさまが…。それにわたくしには確信がありますのっ!」
「何の確信じゃ!?」
「キノクさまは…、キノクさまはオルディリン様の…生まれ代わりですわっ!!これは神殿の中の者にしか分からぬ事なんですの!だからわたくし、ついて行きますの!これから先、どんな事があっても」
スフィアは俺に抱きついたまま祖父に首だけを向け強く語る、一歩も引かない…そんな気迫を感じる。
「み、認めん…」
「み、認めてくれなかったらお爺様を大嫌いになりますわよっ!!」
「な、なんじゃとおっ!!」
「良いんですのねっ!?」
「公爵が…公王が…、孫娘の機嫌一つ損ねる事を恐れて大事を見誤れようか!?公爵家の一族たる者、時と場合によってはその身を国の為に投げ出さねばならぬものじゃ!それを…、それを…」
おお、公私混同しないか。さすが公爵、公王閣下!!
「………っ!!」
ぐぐぐっ!!
抱きつき俺の首に回されているスフィアの腕に力が入る。
「だ、大っ嫌いに…、認めてくれないと…お爺様を大っ嫌いになります。一生、口も聞きませんわ!!」
「…う、うぐぐぐぐっ!!み、認めれば…。…み、認めれば良いのじゃなッ!認めれば余を…。余を嫌いにならないでくれるんじゃなっ!?」
「はい!」
「…わ、分かったぁ!!み、認める!認めれば良いんじゃなっ!!」
え?おい!?認めるのかよ!それなんて公私混同?
「きゃ〜、お爺様ぁ!!」
ばっ!!
抱きついていた腕を離しスフィアが跳ぶ。宙を舞ってテーブルの向こう、ゴルヴィエル公爵の元へ。
がしっ!
金属鎧を着て宙を舞ってきた人間一人、公爵はお姫様抱っこで受け止める。結構な高齢な筈なのに…。だが、よく見れば身長もさりながらガッチリとしている。
「大好きですわぁ!!」
「おうおう、そうかそうか!スフィアは余が大好きか!?」
「はい!」
「婚姻を認める!」
「おい…」
俺の困惑をよそに外堀が埋まっていく。
「ボク、こうなる気がしていたニャ」
「…紅茶美味しい。でも、正妻は私がなる」
なんだろう、リーンとアンフルーは平然とこの状況を受け入れている。
「キノク…、いや婿殿」
「むっ、婿殿ッ!?」
「そうじゃ。されど、スフィアは公爵家の者ゆえ今日いきなり嫁がせる訳にはいかぬ。出家し我が家から離れたとは言えそれなりの儀礼、手順を踏む事が必要じゃ。二年じゃ、二年経ったら正式に嫁ぐ事となる」
「………」
「スフィアを…、孫をよろしく頼む」
「は、はあ…」
「む!?そうなるとアレじゃな、近いうちに曽孫の顔が見られるやも知れぬな!ああ、いや、式典も上げぬうちに子が先に出来ては…。いや、曽孫の顔を一日も早く見たいし…」
何やら公爵が一人盛り上がっている、
「やっぱり婚姻前はいかんッ!いや、しかしそれではスフィアに魅力が無い事になってしまう…それは許せんっ!そうなると今夜にでも早速…」
公爵はそう呟くとお姫様抱っこをしていたスフィアを下ろした。
「スフィア」
「はい!」
「孕めよ。…もとい、励めよ」
「は、はいっ!!」
とんでもない事言ってるぞ、この二人。
「スフィア、頬を染めながら大きく頷かないように…」
俺は力なくそれだけを言うのだった。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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ざまあ回予定。




