第109話 公王の顔、祖父の顔
謁見は終わり俺達は控えの間に戻った。
しかし俺は釈然としない。そりゃあそうだろう、恩に着せるつもりはないがゴブリンジェネラルに襲撃されていたスフィアを救出したのは俺達三人だ。
それから発作に倒れたスフィアの生命の危機を救い、重い心臓病に対する治療薬を作ったのも俺達だ。その事はアブクソムのオルディリン神殿で司祭達が確認をして公国に連絡を行なっている。
公国お抱えの典医でも、高名な錬金術師でも治療出来なかった病を治療したのだ。当然その功績を賞されるものだ時思っていたが…。
(所詮、俺達は召使いや農奴と同じって訳かい。国や貴族に奉仕するのが当たり前、何が褒めてとらすだ馬鹿野郎)
帝国では土地も人も皇帝のものである。一応市民権のようなものはあるが有事の際にはその命に従わなければならないらしい。しかし、国民を保護するというかその国内における施策の恩恵を受ける権利はある。だが、俺はこのゴルヴィエル公国に来たのは初めてである。だから今まで何の恩恵も受けた事はない。
それでいて俺達がやった事を褒めるの一言だけで片付けられたとあっちゃ馬鹿にするなと言いたい。これじゃただの奴隷じゃないか。いや、ある意味ては奴隷の方がまだマシと言えるかも知れない。奴隷は自由も権利もなく働かせられるが、すぐには飢え死にしない程度には食い物と水くらいは与えられる。だがこちらは褒めるの一言だけ、麦の一粒すら与えられた訳ではないのだから。
「くそったれ」
誰にも聞こえない程度の小声で俺は呟いた。長く待たされる可能性もあるのだろう。控えの間にはソファーとテーブルがある、俺はどっかりと腰を下ろした。取り出したペットボトルのフタを開け呷るように中身を飲んでふうと一息つく。
「これからどうする?」
俺は言葉少なく尋ねた。正直、ここにはもう用が無い。俺はこの国の民ではないし、生活の基盤がある訳でもない。商売するにも帝国の都であるアブクソムの方が大きな街だし交易する商人も多い。勝手に召喚された街ではあるが、物を売るにはあっちの方が都合が良い。つまりはここにいるべき理由も無いのだ。
「ボクはキノクについてくニャ」
俺の膝の上に上半身を預けているリーンが応じた。
「ん…」
半開きの目でアンフルーも頷く。
「わたくしは…」
スフィアが口を開く。彼女は公爵家の一員、いわゆるお姫様。ここまでは一緒に行動し気心も知れてきたとは思っているが、やはり住む世界が違うだろう。ここで別れてまた三人の生活に戻るだけだ。
スフィアから救出の礼を…という事で訪ねた公爵領だがアテが外れた。ここにいても1ゼニーの得になる訳でもない、不満を騒ぎ立てても兵士に取り囲まれるだけだろう。そうしたら今度こそ討ち取られてしまうだろう。こちらは弱い立場なのだ。
その時、控えの間のドアがノックされた。入ってきたのは場内を案内したあの老執事のような男性。
「失礼いたします。閣下の御成でございます」
続いて現れたのは先程の謁見の間で遠くからチラリと見ただけの人物であった。反射的に俺達はソファーから立ち上がっていた、それほどまでに威厳ある存在だった。
「セルゲイ・ゴルヴィエルじゃ。楽にして欲しい」
声はラスボス、しかし先程より柔らかい口調で公爵は口を開いた。
□
女官達の手により控えの間に紅茶が運ばれた。俺達の前のテーブルにそれを置き、一礼すると彼女達は退出していく。後にはソファーに座る公爵とスフィア、そして対面する形で俺達三人。さらには扉も俺達も同時に見え、かつ目障りにならない絶妙な位置に老執事が立った。
「まずは礼を言わせて欲しい、スフィアの事じゃ」
威厳こそ残っているが今は柔和な笑みを浮かべ俺達に対し気さくに話しかけ、さらには頭を下げた。
「我が孫ながらスフィアは槍の腕は確かで見聞を広めようと日々努めておる。祖父の欲目かも知れぬがなかなか出来た孫娘じゃと思うておる…。神殿に入り今は神オルディリンにその身を捧げておるとしても我が家の大切な者としてな」
神殿に入り神に身を捧げる、これは俗世を離れただ神の為に働く。一言で言うなら出家、一般的には公爵家を離れた事になる。しかしそれは人の世の事。出家した、ハイ縁が切れたとはならない。心情としても、また公爵家という立場からしても。時と場合によってはスフィア自身、その身を外交の為に人質にも婚姻にも使わねばならない時もある。また、現在の神オルディリンに使える神殿騎士ヴァルキュリエの一員として神殿とのコネもあるだろう。
自身の才覚、背景や立場、コネクション…それらを総動員して御家と領を守る。まるで日本の戦国時代の大名家に生まれた姫のようだ。庶民のような食うや食わずの苦労は無さそうだが、上に立つなら上に立つ…その立場ゆえの苦悩も少なからずありそうだ。
「スフィアの危機を二度にわたって救い、また不治と言われた胸の病を治してくれたとも聞いておる。帝国広しといえどもスフィアを治せる者はおらなんだ。せいぜい起きた発作を鎮めるくらい…。余はそれが不憫でならなかったのじゃ、病を抱えながらもあれだけの槍術を修め日々研鑽を積む孫を…、苦しめ続ける胸の病…。これさえなければもっと高みに登る事も…我慢してきた事も出来たであろうと…」
「お爺様…」
顔に刻まれた皺の一つ一つを深くして公爵は語り続ける。
「余はずっと…ずっと…この胸を痛めておった。公爵、公王、いかに呼ばれようとも孫娘一人助けてやれぬ…、自分はそんな非力な存在じゃと…。だからの、キノク…。リーン、アンフルー」
公爵は俺達ひとりひとりに目を合わせた。先程の謁見で俺達は誰も名乗っていない。俺達の名を知っているとすればスフィアが送ったと聞いている魔術師ギルドを通じて送った私信以外にないはずだ。そこに俺達の事が書かれていたのだろう。しかし、それをわざわざ覚えてきたのだろう。
「ありがとう。スフィアの危機を、そして病から救ってくれて」
「閣下…」
「そんな立派なものではない。ここにおるのは孫を持つただの一人の男じゃ」
公王はにこりと微笑んだ。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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なごやかに進む公爵との会談。
そこでスフィアが祖父に切り出したキノクへの褒美の内容とは…?