第108話 後始末と謁見
人というものは醜いところがある生き物だ。
普段は聖人ぶってるような奴でも、いざとなれば平気で他人を蔑める。他人を蹴落としてでも自分だけは助かりたいとか、何かで得た共同作業の報酬を自分だけは多く受け取りたいとか…。
この場でもつい先程までそんなやりとりがあった。自分だけは助かりたい、だから年端もいかない少女ルナと、ユエというらしいその妹ユエを兵士達が殺せ殺せと大合唱していた。
これはジジイに対する俺なりの仕返しであった。少なくとも俺達を殺そうとしたんだ、自分でもその状況に置かれてみろと…。だが、ただ追い込むだけでは行って来いでチャラ。俺からすればその責任はごめんの一言で済ませられるほど軽いものじゃない、だから利子を付けてやった。自分の身を切られるより堪えるであろう事を…。将棋で言えば相手にとって厳しい手、それすなわちこちらからすれば良い手である。
「ま、これで少しは懲りたろう」
もうこのジジイに用は無い。後は『勝手にすれば?』というヤツだ、今後会う事もないだろうし。もっともジジイと兵士達の間には大きなわだかまりが生まれている。疑心暗鬼…、憎悪…、そんなものが渦を巻いている。
ちなみにジジイの財産はそれなりにあった。家具のような持ち運びに困る物は除外して持ち運び可能な物は全て回収した。孫に残そうとしたのかそれなりの金銭もあった。ついでに言えばそれで得た金で俺のレベルが1上がった。悪くない結果である。
……………。
………。
…。
騒動が落ち着いた所で別の執事のような年配の男がやってきた。こちらはアンドリューより格が上のような感じがする。後で聞いたところ、こちらは公爵家の当主付きの人で秘書官のような仕事であるらしい。ちなみにあのクソ爺ことアンドリューは秘書官のような事はしていない、あくまでスフィアのお付きのじいやであったらしい。
しかし、スフィアは7歳の頃にはオルディリン神殿に入ったとの事。当初は入信という訳ではなかった、神学を学び聖職者と似たような規律の生活を送る。地球で言えばミッション(伝道・布教)系学校のようなものだろう。だが、そこは剣と魔法の世界。スフィアには槍の才能があり、オルディリン神との魂のつながりが深いのか十四歳の頃にはヴァルキュリエ(バルキリー)と呼ばれる神殿騎士となったそうだ。
あのアンドリューというジジイはスフィアが幼い頃についていた召使いの一人であったらしい。ただ、その他大勢の奉公人よりスフィア付きというように特定の役割がある方が立場的には上だそうだ。スフィアが公爵家からオルディリン神殿に入り十年、時々公爵家に帰る事がある彼女を世話するらしい。
「こちらにございます」
執事のような男の案内により場内を歩き俺達は一つの部屋に案内された。どうやら控えの間というやつだろうか。ここで謁見をする為の準備、あるいは待機をしてこの先に待つ公爵家の当主との面会に向かうのだろう。
「そういやこういう場所での礼儀作法を知らないのだが…」
頭に浮かんだ事を俺の呟く。
「こういう時は右膝をついてかしこまっていれば良いらしいニャ」
「ん、宮仕えでもない私達にはそこまでうるさくは求められない」
そう言いながらアンフルーはリーンの身に付けている武器ククリを転送魔法で俺の部屋に送ったようだ。
「あまりかしこまらなくて大丈夫ですわ。わたくしの後に続いて下さい」
スフィアが槍を扉の横に立つ衛兵に預けながら言った。
□
両開きの扉が開くとそこは謁見の間であった。クラシックコンサートの会場でもなければ普段は見る事もないであろう高い天井、マンションに例えたら三階か四階くらいはありそうだろうか。それでいて中も広い。日本で言うならばスーパーの店舗くらいの広さはありそうだ。奥に当主である公爵らしき人物がいるが、遠いのでその姿はよく分からない。せいぜい年配の人物である事、そのくらいだ。
(こんな馬鹿デカい所を掃除をする人は大変だな)
謁見の間に入ってからそんな事を考えている自分がいる、なんと言うか他人事のような気さえしている。考えてみれば社会的立場の高い人に会う事なんて日本でも俺には無縁の話。スフィアは唯一の例外で公国の三女、つまりはお姫様ってやつだがその辺はあまり関係なく接している。
少し歩いた所で先頭のスフィアが片膝をつく。俺達もそれにならう、左膝をつきそうになったが慌てて右膝をつくようにする。これは一般的に左の腰に剣を佩くから左膝をつき右膝を立て前に出していた方が剣を抜いて斬りかかりやすいので、高位の人物と会見する際には敵意はありませんよというのを示す為らしい。
なぜなら剣を腰の左に吊るすしているんだから右手が当然抜きやすい。しかし、右膝を床につけば左膝が前に来るのが道理。つまりその分だけ武器を抜くのが遅くなる、守る側にしてみれば左右の足の前後を入れ替える一瞬の分だけ猶予が生まれるのだ。その分だけ対処がしやすくなる。
「公爵閣下、スフィアただいま戻りましてございます」
実の祖父である公爵に対し堅苦しくも感じられる言葉でスフィアは帰還の口上を述べていく。俺なんかだったら『じいちゃん、ただいま』ぐらいにしか言えない。まあ、考えてみれば当然か。相手は公爵、対外的には公国の当主。いくら血縁であったとしてもスフィアもまたその臣下の一人、この謁見の間には警護の騎士もいる。守るべき立場とか弁える分というものがあるんだろう。
「よくぞ戻った」
伏せている頭では直接見る事のかなわない声の主が短く言った。それは重厚な威厳に満ちた声、RPGならラスボスをやってそうな声だ。
「アブクソムより知らせは受けておる。短くも試練多き道であったようだな」
「はい」
「随行をした者達も大儀である。スフィアをよく助けこの地まで護衛せし事、ここに褒めおく」
褒めると言われたので俺は頭をさらに一段深く下げた。
「では下がってよい」
え?それだけ?口で褒めるだけなの?礼を言うでもなく、褒めて終わり?褒賞の一つも無いの?俺はそんな不満を抱きながら立ち上がり一礼して謁見の間を後にするスフィアに従った。