第107話 救済と償い
「ル、ルナ!」
槍で刺し貫かれた孫娘を見てジジイが叫んだ。幼い体にはそんなに体力もないだろう、ルナと呼ばれた孫娘は既に力を失いグッタリとしている。そのままズルリと体が前のめりになると体は重力に従い地面に向かう。体が前に倒れるにつれ槍が自然と抜けていく。そして槍が抜けきるとそのままパタリと地面に倒れた。
「な、何をするッ!よくもよくもっ!!」
孫娘を刺した兵士に凄まじい怒りの表情を向けるジジイ。だが、刺した兵士が言い返す。
「うるさいっ!お前がさっさと刺さないからだっ!刺さなきゃ俺達まで死罪になっちまう!」
「っ!?そ、そうだ!早くしねえと」
「もう片割れのガキもやっちまえ!」
周りの兵士が槍を構えもう一人の孫娘に向かった。
「や、やめるんじゃあ!」
ジジイが離れた所にいる孫娘に手を伸ばす。
「アンフルー、魔法だ。あの子供の周りから人を吹き飛ばせ!」
「ん、ブラスト(突風)!!」
「うごおっ!!」
「わああっ!」
アンフルーの魔法に少女二人の周りにいた兵士達、そしてジジイが吹き飛ばされ地面をゴロゴロと転がっていく。
「結界を解いてくれ」
俺の言葉に従いアンフルーが結界を解く、そのまま俺はポーションを取り出し倒れているルナと呼ばれた少女の元へと駆け寄るとペットボトルのフタを開けポーションを振り撒いた。
「ルナ…、ルナ。おおっ!」
地面に転がったままでジジイが孫娘の名を呼び続けていたが驚きに目を見開いた。小さな体の中にこんなにも血液があるのかと驚くほどドクドクと流れ出していた血がピタリと止まり槍で穴が空いた服の隙間からは真っ白な肌がのぞいている。傷跡ひとつも無い。
「間に合ったようだな。さすがに死んでしまってはポーションも効果が無い」
俺はペットボトルのフタを閉めながら言った。
「し、信じられん。い、一瞬であれだけの深傷を治すなど…。なんというポーションじゃあ!」
そんな声を上げながらジジイがヨロヨロとやってくる。
「ま、間違いない。お前は大した錬金術師じゃ」
「俺のポーション作りの腕が分かったか、ジジイ?」
「おお、すまなんだ。すまなんだ。一瞬であれだけの傷を治すポーション、奇跡としか言い様がない」
「分かれば良い」
俺はニッコリと笑ってジジイを見た。ジジイもつられて笑顔になった。
「ゆ、許してくれるんじゃな。な、ならば姫様の治療を…、さあ早く」
「それとこれとは話が別だ。俺は言ったはずだよな?ジジイ、お前がその懐剣で孫娘二人の胸を突けと。お前はまだやっていないよなあ?」
「えっ…?」
「大丈夫だ、このポーションはまだまだある。まさか自分は何の痛みも無しに俺達の命を奪おうとした罪を許せと?その事を忘れた訳じゃないよな?教えてやる、謝罪とは気軽に終わるモンじゃない。本気で謝るのなら痛みを伴う、それくらいの事をやったんだ。それをやって初めて被害者への償いとなるんだ。例えて言えば足を踏まれるまでその痛みを踏んだ者が分からないのと同様にな」
ジジイが絶望したような表情を浮かべる。
「俺にはお前に対する憐れみの気持ちは一切無い。それだけの事をお前はした。お前への心証は今、マイナスの所にある。俺に頼みたい事があるのならそれをプラスにしないとな」
俺はジジイを見下ろしながら言った。
□
「ふむ…。ま、こんな所か」
俺はジジイとの話を打ち切った。
結果としてスフィアを助けるという事になった。条件はジジイの全財産の譲渡である。その代わりに孫娘を懐剣で突くという事はしなくてよい事にした、交換条件である。
「高くついたな、最初から神妙に頭を下げておけば良かったものを…」
俺は誰に言うとも無しに呟いた。このジジイはこの公爵家で住み込みで働いている。だから住む場所と食う物はあてがわれる。最低限の暮らしは可能だ。だから私財を全て失っても死ぬ訳ではない。
「さてと…」
俺はリーンとアンフルーにスフィアの上半身を抱き起こしてもらい兵士達が黄金色のポーションと評したものが入ったペットボトルのフタを捻った。
ぷしっ!!
発泡音。俺はそのボトルを薄く開いたスフィアの唇にあてがうと軽く傾けた。
こくっ…。こくっ…。
軽く喉が鳴る。
うっすらとスフィアが目を開けた。
「すまなかったな…。長い事ガマンさせちまった」
「…いえ」
小声で囁くように告げた俺にスフィアが同じように小声で応じた。
「ひ、姫様が目を、目を開かれた」
「や、やはりあれはエリクサーだったんだ!」
「エリクサー…。い、一体いくらの値段が付くんだ…」
「一億とも二億とも言われているな」
アンフルーが再び張り直した結界の外で歓声や好き勝手な感想が聞こえた。その声は喜びに満ちている。だがそれはスフィアが再び目を開けた事への純粋な喜びだけではない。これで死罪は免れる、そんな利己的な感情も含んだ歓声であった。
「キノク、私もそれ…飲んでみたい」
アンフルーがポツリと呟いた。
「ああ、後でな。冷蔵庫にまだ入ってるから」
「ん…」
「それにしても一億二億ね…」
俺は先程までの兵士達の話を思い出した。
「勝手な感想とはいえ随分と高くついたなァ…。こりゃただのジンジャーエールさ。百数十円…いや、ゼニーか…それがエリクサーねえ…」
俺はスフィアの手を握った。
「倒れたフリ、命の危険なんて始めからなかった。診察のスキルで見た専門的な言葉で言えば…仮病だったんだから…。そうでなければ普通こんなノンビリ構えてねーよ」
周りには決して聞こえないような小声で俺は呟いた。




