第105話 見せかけの謝罪
「ワ、ワシのせいじゃとおっ!!?」
クソ爺が叫んだ。
「ああ、そうだ」
俺は短く応じた。さらに…。
「この場は俺に全て任せてもらおう、悪いようにはしない。それで良いな?」
俺は仲間達に向かって問いかけた。
「ニャ」
「ん…」
リーンとアンフルーが返事をよこした。それを受けて俺は再びアンドリューとかいうクソ爺に相対した。
「言っただろう、お前の言動に胸を痛めたからこそスフィアは俺達を守ろうとした。だからこそ当てはせずともお前達に向け槍を振るったんだ、あれほどの怒りを見せてな。だが急激な感情の変化は心臓にも大きな負担を与える、それが一気に爆発したんだ」
「ワ、ワシの言動が…。ひ、姫様を…」
がくり…、ジジイが膝を地に突いた。
「た、頼む…、この通りじゃ。ひ、姫様を…」
そのクソ爺が頭を下げている。
「それだけか?」
俺は冷たく言ってやった。
「えっ!?」
「それだけかと聞いているんだ」
「な、何を言うておる…?」
「まずすべき事があるだろう」
「じゃ…、じゃからこうして姫様の治療を頼んでいるのではないか!」
「それ以前にすべき事があるだろう」
「な、なんじゃとおっ!?」
「俺達を殺そうとしただろうが!?」
「い、いや、あれは捕えよとは言うたが…」
「その後どうするんだと言った?梟首の刑にすると言ったな、抵抗するなら斬り殺せともな。確かに言っていたぞ」
「ぬ、ぬぐぐ…」
「さあ、どうする?スフィアを救う手立ては俺の手の中にある。だが、俺はお前の言う事を聞くつもりはない」
「わ、分かった!た、頼む、姫様を助けてくれ」
「謝罪する気は無えのか、ジジイ!!」
「うっ!」
「人を殺そうとしといて後になってその本人に頼み事か!?ナメるんじゃねえ!」
「わ、分かった。この通りだ!謝罪する、だから姫様を…」
アンドリュー場頭を下げた。
「人を殺そうとしてそれだけか!?そんな一秒程度頭を下げただけで許せってか?挙句に言う事聞けと命令付きで!」
「こ、これはその…。すまん!」
ジジイによる今回の謝罪は深く頭を下げしばらく頭を下げていた。
「そんな見せかけの謝罪に何の意味がある?」
「み、見せかけではないッ!!」
顔を上げ反論するジジイ。
「その下げた頭に何の価値がある。さっきまで人を見下し殺せとまで言っていた奴の言の何を信じろと言うんだ!?だいたい、その下げた頭の下、こちらから見えない角度で舌を出していたんじゃないのか?そうとしか考えられない」
「ち、違う。そんな事はないっ!」
「なら証明してみせろ。その言が本当かどうかを…俺を信じさせてみろ。そうでなければスフィアは…」
「ぐううっ。ひ、姫様っ」
「見せかけだけの謝罪などいらん。本当に悔いそれに見合うだけの痛みを伴わなければ何の意味もない。それぐらいお前の頭でも理解出来るだろう?」
正直、俺は聖人でもなんでもない。こちらを害そうとした奴を笑って許してやるほど『デキた人間』じゃない。
「まあ正直、お前には何の期待もしていない。往々(おうおう)にして人の本性とは変わらぬものだ。心入れ替えて更生する…そんな事は絵空事、そんな事が出来るならとうに心なんざ入れ替えてる。そんな物わかりの良い奴ばかりなら…」
日本でだってそうだ。未成年の頃から悪事を繰り返し、それがだんだんとエスカレートしていき取り返しのつかない事になる。だから…。
「俺は口だけの謝罪を信じない。謝罪とは誰の目にも明らかな…お前の本心がどうであれ嫌でも身につまされるような事をもって初めて意味を成す。そうでなければ下げた頭を元の姿勢に戻したと同時にすっかり頭から抜け落ちているだろうからな」
「ど、どうしろと言うんじゃ…」
膝立ちの姿勢のまま半ば怒りを伴った表情で俺を見る相手に対して俺は呆れながら返答した。ああ、コイツは絶対に反省なんかしないなと思いながら…。
「それを自ら考えて申し出る事もせず、恨みがましい目で俺を見ている時点で終わってるぜ、クソ爺」
俺はリーン達の方を向いた。
「どうやらここまでだ。コイツはスフィアがどうなろうとお構いなしのつもりらしい。なら俺がすることは何も無い。おい、兵士のアンタら!」
俺がそう声をかけるとジジイ以外の騎士や兵士の奴らがこちらを向いた。
「上にはちゃんと報告した方が良いぞ。そうしないと夕方にはアンタらの首がここで胴体と離れる事になるぞ。このままスフィアに何かあったらアンタら…、間違いなく責任を問われるだろう?スフィアが倒れたのはこのジジイのせいなんだから」
「な、何を…」
クソ爺が口を挟もうとするが俺は構わず続けた。
「さっきも言ったよな、スフィアが倒れた原因」
俺は辺りを見回しながら言った。
「このクソ爺の人を人とも思わない言動にスフィアは心を痛め、そのせいで昂った感情が胸を締め付け一気に病み上がり心臓への負担になった。そのせいで発作を起こしたのだ。俺はそれを治す手段を知っている。お前らが何の咎も無いのに殺そうとしたこの俺がな」
コイツらには今の状況をしっかり分からせる必要がある。
「アンタら、ヤバいんじゃないのか?スフィアになんかあったら…」
「「「「「ッ!!?」」」」」
「姫様のお命を縮めたなんて事になったら無事に生きてられんのかい?このクソ爺が俺達を殺すような命令をしなければ…。あるいは俺の許しを得られればスフィアは確実に治る。フフ…、お前達どうする?そのクソ爺に指示され仕方なく刃を向けたんだよな?」
「そ、そうだ!わ、我々は仕方なくッ!」
「アンドリュー殿の指示ゆえ…」
「姫様がお連れした方だ、本来なら丁重にお迎えしているッ!」
次々にそんな事を言い始める騎士や兵士達。そりゃあ巻き添えになって責任取らされたくないもんな。虫唾が走るよ、コイツらにも…。
「さて、どうするんだクソ爺?奴ら、ああ言ってるぜ?…まあ、謝罪するつもりはどうせないだろうからな。リーン、アンフルー、行くか?あとはコイツらが処分されるだけだろうしな」
俺は踵を返した。
「ま、待ってくれ。ひ、姫様を…どうか…」
ジジイが地面に手を付き言った。
「な、何でもする!何でもするから…」
「ほう…?」
俺はジジイに半身だけ振り返る。
「何でもする…か。確かにそれは良いな…、口先だけの謝罪より余程誠意を感じられる。心の中がどうであれな…。確認するぞ、スフィアを救う為なら何でもするんだな?」
「す、する!だから…」
「ふむ…。ならお前に家族はいるか?嫁とか子供とか…」
「な、なんじゃと?」
「いいから言え!!必要な事だ、言わなければスフィアを治さんぞ!」
「う、うう。妻には先立たれ…」
「子供は?」
「息子が一人いたが三年前の流行病で…その嫁共々先立たれたのじゃ…」
「他に血縁は?」
「その息子が遺した孫が…。孫娘がおる、二人…。まだ幼いからワシが引き取り一緒に暮らしておる」
「それは良い。それならスフィアは助かるかも知れん。急いでここに呼んでこい。二人共だ、足の速い奴をやれ」
「わ、分かった!おいっ!」
ジジイはそう言うと兵士の中から若そうな二人を呼びにやらせた。
「その孫娘二人が来たらジジイ…、お前にもやってもらう事がある。そうでなければ何でもすると言ったのは偽り…、今度こそ俺は帰らせてもらう。この結界は槍で突こうが魔法を当てようが決して消えない、そのままそこの城門から帰らせてもらう」
「何でもする、じゃから…」
「連れて来たぞ!!」
声をした方を見ると兵士二人が幼い少女二人を連れて来た所だった。いや、連れてきたと言うよりさらって来たと言うべきか…。肩に担いで全力疾走してきた、まさに誘拐犯のようである。
「ま、孫じゃ!!それでワシは…、孫達は何をすれば良いのじゃ!?は、早く教えてくれ!姫様のお命をお救い出来るならワシは何だって…」
「何だってする…か。よし、ならジジイ命令だ」
「う、うむ…」
立ち上がったジジイは身を乗り出して俺の次の言葉を待つ。
「その孫娘二人を…」
ちらり…、俺は兵士達が連れてきた幼い少女二人を見た。四歳か五歳か…、見た感じ小学校入学前くらいに見える。二人はなぜここに連れて来られたのか分からずキョトンとした表情を浮かべている。
「ジジイ、お前の持っている懐剣で突き殺せ」